Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『三月大歌舞伎『元禄忠臣蔵』昼の部』 2回目 3等A席前方上手寄り

2009年03月21日 | 歌舞伎
歌舞伎座『三月大歌舞伎『元禄忠臣蔵』昼の部』2回目 3等A席前方上手寄り

昼の部2回目の観劇です。家の事情で一幕目『江戸城の刃傷』は未見。梅玉さんの浅野内匠頭をもう一度観たかったので少々残念。昼の部、1週間前よりまとまりが良くなってて全体的に締まっていたと思う。

『最後の大評定』
大石内蔵助@幸四郎さんが前回より泣きを押さえた芝居で非常に良かったです。泣きを抑えたことで大石の懐の深さが際立ち大きく見えました。それゆえに大評定の場の先の運命を見据えた決断の意味の深さ、覚悟の深さがひしひしと伝わってきました。私は幸四郎さんの大石内蔵助が好きです。受けの芝居での存在感が格別。また『元徳忠臣蔵』の大石は誰にでもとっても丁寧な言葉遣いをしますが、幸四郎さんの大石はそれが本当にハマってるというか、「~しましょうぞ」とか「~してくださるか」などの言い方がとっても温かみのある丁寧な言葉遣いになっていてそこが妙に好きなのです。また人として良い生き方とは「平凡に生きる事」と心の底から思っている人物像であることが好きなのです。それが出来なくなってしまった自分の運命をひたすらに受け止めている大石内蔵助で井関親子との合わせ鏡のような関係性もより明確になっていました。ラストの花道での覚悟の言葉がとてもとても深かった。決断したからにはその道を行くしかないのだと。そこに主人のための単なる仇討ちというだけでなく元禄の世のどこか狂ってしまっている政道批判をもしよう、という論理がみえました。

井関徳兵衛@歌六さんの不器用な生き方のなかでの悲哀が前回より深くありました。それを押し隠し、どこか飄々としたものを見せてきます。単純なようで内面の複雑さのある井関徳兵衛でした。「武士」としてしか生きられなかった男の末路が「死」です。それは武士として赤穂藩に殉じることしかできない最後まで城に残った浪士たちの魁としての存在だったのかもしれません。

井関紋左衛門@種太郎くん、紋左衛門はいわば最初の犠牲者なのですよね。武士としての誇りを植え付けられてしまったがゆえに「平凡な生」を否定し「死」 を選んでしまう。その哀れさ。

『御浜御殿綱豊卿』
この場はやはり華やかですね。先週拝見した時より全体的な流れに緩急がよりついた感じです。

綱豊卿@仁左衛門さんは若干、疲れがみえる部分はあったけどやはり圧倒的。いつも以上に華やかなオーラが出ています。綱豊卿の人物像に前回あまりみえなかった厳しさが今回加わっていたような。鋭いなかにも非常に柔軟で可愛らしい部分がある綱豊卿のなかも今回は精神的なストイックさがプラスされてた。そのため、なぜ「仇討ち」をさせたいのか、という部分が際立っていたと思います。綱豊卿はご政道に不満を抱いている。それを表に出せないことへの苛立ちを抱えつつも、「今」それを表に出す時節ではないことも重々承知。一筋縄じゃいかない手ごわい綱豊卿でした。

助右衛門@染五郎さん、先週拝見した時もなかなか良い出来とは思ったんですが今回、芝居の緩急を上手くつけてきてかなり良い出来。ただひたすらまっすぐ演じるだけじゃなく、押して引いてがしっかり出来ていました。その部分で「面白い男よの」の部分の魅力的な助右衛門なっていましたし、そのなかで染五郎という役者の色が付いてきた感じです。また、そのおかげで押しの部分がより前に出てきて、綱豊卿を思わず本気にさせるだけの対峙の強さがあり単なる未熟者というだけじゃなくなっていました。若者らしい命懸けのなか、負けない強さでしっかりと綱豊卿@仁左衛門さんに喰らい付く。仇討ちに賭ける強さと共にそのなかに政道とは何かという部分への想いがしっかり伝わる。かなり良い出来だと思う。心配だった声もかなり出ていて、丁々発止に迫力がありました。前回、線の細さがあり、お喜世@芝雀さんの弟にしか見えなかったのだけど今回は骨太な無骨さというものが出てきたのできちんと「兄様」に見えた。観客の染五郎さんの助右衛門への反応がかなり良かったです。今月の染五郎さんの成長ぶりは見事でした。

新井勘解由@富十郎さんが先週よりかなり良くなってました。台詞が弱々しかったんですが今回はしっかりと聞かせてきました。欲を言えば綱豊卿の言葉を受ける存在というだけではない、学者としての信念みたいなものが垣間見られたらな、と。本来ならそこまで出来る役者さんだと思うのですが。