Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』1回目 3等A席前方センター

2006年06月04日 | 歌舞伎
歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』1回目 3等A席前方センター

『君が代松竹梅』
10分程度の長唄の平安の貴人と姫の雅な舞踊。短いので堪能する前に終わってしまう…。衣装の色が華やか。翫雀さん、愛之助さん、孝太郎さんの上方系の役者が三人揃ったせいか、どことなくはんなりとした空気が流れる。翫雀さんと孝太郎さんの踊りがとても綺麗でした。翫雀さんはおおらかさがありながら体のキレがよく要所要所での形が美しい。孝太郎さんは全体にふんわりとしながらキリッとした姫。手の使い方が柔らかで目をひくのですよね。愛之助さんはすっきりと丁寧。

『双蝶々曲輪日記』「角力場」
『双蝶々曲輪日記』のなかでは親子の義理人情話が中心の「引窓」がよくかかりますが「角力場」は濡髪が事件をおこす発端になる場の一部。江戸時代の大阪の相撲世界の風俗を描いていて華やかで歌舞伎らしい芝居。満員御礼の相撲小屋の入り口に人が溢れんばかりになっていたり、取り組みが終わったあと小屋を後にする客がわらわら出てきたり、当時の相撲の人気の高さを窺わせます。こういう細かい演出も楽しいのですよね。そういえば行司の口上の声が染ちゃんだったような気がするのですが、どうなんでしょ?

今回の「角力場」はなんといっても幸四郎さん@濡髪、染五郎さん@放駒の親子競演が見もの。角界NO1の関取の濡髪の大きさと素人力士の放駒の若々しさの対比がよく出ており見ごたえのあるものになっていたと思う。

染五郎さんは素人力士・放駒長吉と濡髪を贔屓にする若旦那・与五郎の二役。線が細いのでは?と心配していた放駒長吉が非常に良かった。愛嬌も華やかさもあり血気盛んでやんちゃな放駒はとてもキュート。勝ったと浮き立ち、関取のようにどっしり歩こうとマネをするものの所詮は米屋の丁稚と言って軽やかにスタタタタと歩軽やかに歩いていく様など、まだまだ素人力士の小物ぶりをみせながらも愛嬌が勝る。おおっ、いいじゃないですかっ。また贔屓筋から贈られた派手な着物を着て得意そうにしながら濡髪との格の差、小ささを気にしてなんとか対抗しようとしたり、そんなイチイチの仕草が可愛らしくやんちゃな雰囲気。また勝ちを譲られ頼みごとをしてくる濡髪に怒る様がなんとも若々しく青臭い一本気な部分がよく出ている。腰が入った低い見得の体の線の美しさには感嘆。睨み合うタイミングの良さは親子ならではか。ほんとにピッタリ揃うので観ていて気持ちが良いです。

早替わりでみせる若旦那・与五郎のほうははすっかりこの手の役を手中に収めつつあるかも?なつっころばしぶり。もう愛らしくて愛らしくどーしようかと思いました(笑)。1年前の忠兵衛の時より上手くなっているじゃないですか!ふわぁ~とした大らかさが出てきた感じですかね。ほけ~と立っている姿にふんわりとした色気があり、トンと軽く突かれてよたよたと転んでしまう様には可笑しみがあって、まさしく「つっころばし」の風情。またウキウキと浮かれた様子も観客がニコニコしてしまうような雰囲気があって楽しい気分にさせてくれる。それにしても濡髪ラブな風情が女の子っ。大好き光線がキラキラしちゃって、しかも妙に色っぽくて、濡髪の隣に座ってベタベタ?してるとこなんて、どことなく妖しい雰囲気でしたよ…。吾妻(恋人)がこれ見てたらヤキモチやくだろうなあとか思ってしまった。こういう惚れぷりだもん、濡髪もついつい与五郎のために何とかしてあげたいとか思ってしまうんだろうなとか(笑)

幸四郎さんの濡髪はとにかく大きかった。うわー、すごい。いつもの倍ぐらいに見えた。役者オーラで大きく見せているんだよね。なんというか風格があっていかにも清濁飲み込んだが大きさがある。しかし関取らしいおおらかさは少なくちょっと真面目くさった雰囲気。怒らせたら怖そうなところがあって最終的に人を殺めてしまう部分がちょっと見えるところが幸四郎さんらしい造詣かな。ちょっと堅そうな雰囲気があるから、染五郎@与五郎のふわふわぶりが生きたのかも。にしてもあんなラブな雰囲気はそうそう出ないよなあ…(笑)。幸四郎さん、黒の衣装におおぶりな鬘と赤の化粧がよく似合ってかっこよかったです。横顔がお父様の白鸚さんにとっても似てきましたねえ。

高麗蔵さん@吾妻はすっきりとした美人さん。もう少し色気があってもいいかな。でも与五郎さんに会いたくて駄々をこねるとこは可愛かった。

幸太郎さん@郷左衛門と錦弥さん@有右衛門の小物な悪役ぷりも良かったです。このいかにもな雰囲気を出すのも案外難しいんですよね。

『昇龍哀別瀬戸内 藤戸』
吉右衛門さんが書き下ろした新作舞踊劇。羽目もので『船弁慶』や『土蜘蛛』などの舞踊劇のような構成になっていました。シンプルな構成だけに役者の力量も問われる舞台だと思いました。

老母藤波と悪龍になった漁夫の霊の二役の吉右衛門さん、気合が入っていらっしゃるのが三階からも見てとれました。老母藤波は気が体の中に凝縮している感じがしました。女形は苦手とおっしゃる吉右衛門さんですが、実はとてもお上手だと思います。大柄ではありますが角ばったところのない女の形になれる方です。今回もしっかり老母のお姿でした。また手の動きがとてもたおやかなのです。そしてただ外見動きが老母というのではなく、何よりも子を亡くした母の哀しみが全身から滲みでておりました。

後半の漁夫の霊では気を発散させ、大きさを見せておりました。怨みの強さという部分が若干足りないかなとは思いましたが非常に迫力のある作り。踊りが上手な方ではないのでキレはないのですがその分は勢いでみせてくれました。花道の引っ込みで見せ場があったようなのですが残念ながら3階からは拝見できず。次回を楽しみにしたいと思います。

盛綱役の梅玉さん、凛々しい武将姿がお似合いです。私、この方のこういうお役が大好きなものでついつい梅玉さんのほうに目が行きがちでした。爽やかで凛としたお声が武将としての責務を真っ当しなければならなかった盛綱に説得力を与えてしまうのですね。また所作の美しさもこういうお役だと特に際立ちます。梅玉さんの所作ごとはやっぱり好きだわ。

間狂言の歌昇さんと福助さんの踊りがとても華やかで目をひきます。前半の老母藤波の場はあまり色を感じさせないのですがこの間狂言で色がつく感じ。もう少し観たいなと思うところで終わりなのが残念でした。


『江戸絵両国八景 荒川の佐吉』
仁左衛門さんの当たり狂言ですので楽しみにしていました。『荒川の佐吉』はかなり久しぶりだったのですがこんなに長くて、転換がこんなに細切れでしたっけ?場が多すぎるような気がするんですが…。初日近くなので転換がまだスムーズじゃないにしても、場面場面で盛り上がった気持ちが途切れてしまう~。せっかくのいいお芝居なのにもったいないわと思う私。歌舞伎以外の演劇も観るようになったせいかこういう演出の部分が気になるようになってしまったのかもしれません…。

それにしても後半、ダダ泣きしてる人が多かったです。特におじさま方が嗚咽をこぼして泣いているのにはかなりビックリ。まあ、子別れの芝居にはいつも泣く私ではありますが、それでも任侠ものの「男の義」の部分にそれほど心動かされないので、『荒川の佐吉』はウルッとは来ても泣けないんだよなあ。特に今回はなぜか「女房(辰五郎)、子供(卯之吉)を置いていっちゃうのかよ、あの二人はお前さん(佐吉)が傍にいるのが幸せなんだよっ」とかバリバリ現代人の感覚?で見てしまいましたし…どちらかというと辰五郎と卯之吉が可哀想だわ~とウルウルしてました(笑)

佐吉の仁左衛門さん、当たり役だけあります。最初の場で三下奴のいきがった部分がありながら根がまっすぐなといった佐吉像をしっかりと印象づけます。そして少しづつ人して成熟していく姿を過不足なく演じてみせてました。義理人情に誠実で子供が大好きで、人としての大きさがあるのにその自分に気がついてない、そんな佐吉でした。子供への情愛の深さある姿が非常に説得力がありました。子供への接し方が本当に優しいんです。

佐吉の親友、辰五郎の染五郎さんが非常に良かったです。唯一、カタギの人間なんですけど、決して「任侠の世界」に惹かれることはないであろう素朴な真直ぐさと優しさのある辰五郎。江戸っ子の大工らしいちゃきちゃきな物言いのなかに絶えず佐吉と卯之吉を思いやる優しさがこめられているんですよ。世話女房的な献身さに佐吉を兄貴分として慕っている姿があって、もうなんというかとにかく良いです。あまりの甲斐甲斐しさに、どうしても仁左衛門さんとは年齢差を感じてしまうので親友同士というより夫婦?に見えちゃったり(笑)。にしても辰五郎の優しさが一番強いと思うのよね。相手のためだけを考え、その時、その時で最良と思うことをしてあげられる人だ。染五郎さんは仁左衛門さんの佐吉を絶えず立て、控えめにそれこそ女房役に徹しながらも辰五郎というキャラクターの懐の深さを見事に印象づけたと思う。

卯之吉役の子役もとてもよかったなあ。けなげで可愛らしくて。目が見えないという演技もしっかりできていました。

敵役の成川郷右衛門に段四郎さん。か、かっこいいんですけどっ。黒の着流し姿になんと色気のあることよ。独特の存在感と艶があります。

相模屋政五郎に菊五郎さん。さすがでございます。出た瞬間、場が締まりました。貫禄がでるかしら?なんて思っていたのですが、いやあ素晴らしい貫禄でした。親分としての大きさが見事に出てました。菊五郎さんの出の瞬間のあのオーラ、ひさびさに見せていただきましたよ。低めにとった台詞回しが非常に素敵でした。

お八重の孝太郎さん、ああいう気の強い役をみることが少ないので新鮮でした。結構こういう役にお似合いかも。

お新の時蔵さんはひたすら哀れ。そういや『荒川の佐吉』に素敵な女性はいない。あくまでも男の世界なのだよね。

白熊の忠助の團蔵さんの悪役が似合いすぎでした。上背もあり眼光鋭いので迫力があります。しかしすっかり悪役が板についてしまってていいんでしょうか。もう私のなかでは團蔵さん=悪役(^^;)