Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

三鷹市民会館『公文協 松竹大歌舞伎 中央コース 昼の部』S席

2009年07月12日 | 歌舞伎
三鷹市民会館『公文協 松竹大歌舞伎 中央コース 昼の部』 S席

三鷹公会堂は一度前に来たことがあるのですが、改めてやっぱり古い建物だわと思いました(^^;)。椅子が良くないし、どうやら空調が壊れたらしく効いてないし…。劇場内がどんどん暑くなっていって…舞台上はさぞかし暑かったことでしょう。演者さんたち大変だったんじゃないかしら。さて、会場はよろしくなかったけど、出し物はかなりの充実ぶり。巡業でこれを観られるってかなりのお得感。本興行で掛けてもいいのでは?ってくらい二演目とも充実していました。

『伊賀越道中双六』「沼津」
初役が二人いて吉右衛門さんもかなり久ぶりという「沼津」ですが、かなり完成度の高い芝居でした。さすが芸達者が揃っただけあります。前半の面白味のある場と後半の悲劇へのメリハリがあって2時間という長さを感じさせませんでした。

丸本物は筋が複雑なのが多いですが『伊賀越道中双六』も人物関係が複雑。通し狂言で観たいなあと思いました。「沼津」の段は仇討ちに図らずも巻き込まれてしまった家族の悲劇を描いています。

十兵衛@吉右衛門さん、商人らしい腰の低さのなかに男気のある十兵衛。商売に成功した勢い、大きさも感じられます。28歳の若さにはどうしてもみえなくて押し出しは強いのですがかといって吉右衛門さん独特の可愛らしい茶目っ気で大旦那というほどの貫禄をみせないのが上手いです。前半のほのぼのしたオーラから後半、平作とお米が幼い頃に分かれた父、妹と判ってからの男気の見せ方がとても素敵でした。とても情があって、十兵衛の苦渋が手に取るようにわかります。ことさら、表情で見せるという感じではないのに心の動きがよくわかるんです。これこそハラでみせるということなのでしょう。

平作@歌六さん、このところ老け役が続きますね。芸達者な方ですから、今回も平作という人物像をしっかり見せてきます。老けという部分で作りこみやすいキャラクターだったせいでしょうか、先月よりかなりしっくりきていて初役とは思えないほどの大健闘かと。演じたかったというだけあり、かなり工夫してきた感じです。まずは台詞廻しが良いです。70にそろそろ届く年といのが違和感ありません。またそのなかで朴訥とした感じや、根の優しさ、そして芯の強さを感じさせます。荷物担ぎのヨロヨロさはちょっと作ったような部分もありますがやりすぎずにいい塩梅で笑わせていきます。また、らしいのが十兵衛が子と知れた驚き、そして娘の難儀ために意を決意しての命懸けの強さ。この人ならやる、という説得力があります。ただ、しみじみと泣かせるまでにはいかないかな。やはりどうしても歌六さんの若さが邪魔をする部分がいくつかはありました。強さのほうが勝るんですよね。親としての弱さみたいな部分がもっと出るといいなあとか。また年を重ねたものがみせる独特の枯れた雰囲気や丸み、そのなかの大きさみたいな部分はまだまだこれからでしょう。

お米@芝雀さん、初役とは思えないほど非常に良かったです。とても可愛らしく楚々としていながらもどこか艶やか。夫のためにという強い意志を心に秘めたお米さんでした。その健気さのなかに悲哀が込められ、クドキの部分、聞かせ泣かせてきます。またクドキの時の上半身の動きがいつもより柔らかで綺麗でした。切なさが動きでも表現されています。台詞廻しはお父様にとても似ているなあと思いましたが、筋書きを読むとお稽古をつけてもらったのは魁春さんなんですね。あの柔らかな動きは魁春さんの手ほどきでしょうか。非常に印象的に映えていたと思います。

池添孫八@歌昇さんは、この場だけだとご馳走という感じです。いきなり出てくるので、どういう人物像かもわからずじまいなキャラクターですが存在感があるので、そこにいることに違和感がないのが凄いなあと思いました。

最初に出てくる錦弥さん、京珠くんのラブラブ夫婦が可愛かったです。ほんとに仲良さそうで、観ていてニコニコしてしまいます。為所の多いお役で二人とも頑張っていました。京珠くん、もう少し妊婦らしく足を広げて歩いたほうが、らしくなるかも?おなかももっと膨らませてもいいかな。


『奴道成寺』
華やかでとっても楽しかったです。巡業の簡略バージョンにでもしてくるかと思っていましたら、舞台装置も鳴り物も本興行並に揃えてきていました。染五郎さんの舞踊は観ていて気持ちがいいし観ているうちになんとなくウキウキしてくることが多いです。とても好みです。

白拍子花子実は狂言師左近@染五郎さん、初役とは思えないほどよく踊りこんでいたと思います。特に三つの面の演じ分けが見事でした。

まずは花子の能装束での出。この衣装からすぐに狂言師に見現すので顔の拵えが少々きつめになっていますね。ここは娘道成寺と同じような流れ、七三での鐘を見込むところは形が良く、また恨みもよくみえて良い感じです。中央に出てからは衣装のせいもあるでしょうが固い感じですね。まだこの辺、こなれていない感じがしました。以前、『船弁慶』の静御前の舞で艶やかを感じさせた染五郎さんですからもっとここは華やかさがでて欲しいなあと思いました。

所作が男ぽくなり、烏帽子が取れ狂言師左近と見現した後は非常に良かったです。すっきりとした男前な左近で、一気に華やかな雰囲気に。常磐津、長唄の掛合いがまた華やかでいいですね。染五郎さんは毬つきの手捌きがとても柔らかでふんわりとしていながらも勢いもあります。ぽ~んと跳ね上がる鞠が見えるかのようでした。そして中腰での鞠つきの移動がなめらかで滑るかのよう。頭の位置が見事に動きません。しかも舞台を大きくめいっぱい使い動きます。よほど足腰を鍛えているのでしょう。

それから一度引っ込み、「おかめ(傾城)、お大尽(客)、ひっとこ(幇間)」の三つの面での踊りに入っていきますが、ここの踊り分けが初役とは思えないほど良かったです。とにかくまずは「おかめ」がなんとも可愛らしく非常に良かったです。愛嬌があるだけでなく傾城の艶もきちんと表現し、とても柔らか。怒った様子も拗ねた感じで愛らしさを保ちます。これは見事だと思います。また、「お大尽」がいかにも田舎者の大尽という感じでちょっと威張った様子に朴訥さがあっておかめと良い対称になっています。ひっとこの仲裁役はオロオロ風情の気弱い感じ(笑)。面の付け替えが早くなってもきちんと踊り分けができていてお見事。面の付け替えは初日周辺は手順でいっぱいいっぱいだったそうですが、後見とのコンビネーションも良くだいぶこなれてきていたと思います。見ていてワクワクしました。

ここでまた引っ込み、次が山尽くしで、鞨鼓を打ち鳴らしながらの所作ダテ。花四天と立ち廻りながら華やかに踊ります。とても勢いがあって一気に行く感じです。かといって踊りが流れるわけでなくひとつひとつ丁寧にきっぱりと決めていく感じ。ぶっかえって鐘の上の鏡を取り決まります。後半に行くにつれ勢いが増して観客の目を舞台にどんどん引き寄せていきました。初役でここまで踊れれば大したものです。もっとこなれていけば、洒脱な雰囲気ももっと出てくるでしょうし、華やかさも増すと思います。確実に持ち役になっていくでしょう。個人的には三津五郎さんもやったことだし染五郎さんの『京鹿子娘道成寺』も見てみたいです。

花四天のトウづくしは三鷹にちなんでジブリ美術館、でいきなり『崖の上のポニョ』の主題歌を歌い出したり、『ルパン三世 カリオストロの城』(正確には宮崎駿作品だけどジブリ作品ではありません)の台詞を言い出したり(笑)とかなり無理矢理なトウ落ち(笑)。アニメ好きとしては楽しかったけど~(笑)