Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

大阪松竹座『七月大歌舞伎 夜の部』 3等席/1等席

2010年07月18日 | 歌舞伎
大阪松竹座『関西・歌舞伎を愛する会 結成三十周年記念 七月大歌舞伎 夜の部』3等席/1等席

7/17(土) 3等3階前方センター 『双蝶々曲輪日記』のみ
7/18(日) 1等1階前方上手寄り

大阪に観劇遠征に行きました。夜の部は2日続けて観ましたので感想は一つにまとめました。

『双蝶々曲輪日記』
今回、三段目「井筒屋」、四段目「米屋」、五段目「難波裏」、八段目 「引窓」の半通し上演の半通し上演です。『双蝶々曲輪日記』は二段目「角力場」と八段目「引窓」はよく上演されますし何度も観ていますが半通しは初めて観ました。やはり、通しでやると人物関係や物語がしっかりわかって非常に面白いです。どうしても単独上演だときちんと人間関係が見えてこなかったりしますから。上演が絶えた場はわりと面白くないこともありますが、『双蝶々曲輪日記』はどの場面もよく出来ていますし面白いです。今回の半通しで「角力場」と「引窓」だけではわからなかった濡髪の男らしい優しさがわかり、濡髪長五郎という人物が物語の核にあることがわかり、彼の人生が描かれたものという印象も強く残りました。

出来れば二段目「角力場」も付けて上演していただければもっと物語として面白かったんじゃなかと思いますが今回の半通しだけでも、それぞれに人物像が明快になり深みもでていました。よく拝見する「引窓」もそこに到る流れが見えただけで全然見えるものも違いました。この演目、もっと通し上演するべき演目だと思います。そのくらい通して観たことが面白かったです。配役も想像以上に良かったという部分も大きいかもしれません。それぞれの役者さんたち説得力がありました。

●三段目「井筒屋」
「引窓」での南与兵衛の妻のお早が都という遊女として登場します。またその都の妹分として濡髪を贔屓にしている与五郎の恋人、吾妻がいることがわかりました。これで「引窓」でなぜお早が濡髪を見知っていたのかが知れました。それと南与兵衛が濡髪のことを知っていたということも。にしても実はこの時、南与兵衛も与五郎のために殺人を犯しているんですね…。濡髪が「引窓」でつぶやく「人を殺して運の良いのと悪いのと」の意味がここでハッキリと。

都@孝太郎さんはしっかり者で好いた人のためならば、という気の強さを持ち合わせ女性でした。にしても恋に一途な女は何でもしますね(笑)。

吾妻@春猿さん、綺麗です。春猿さんのしなしなっとする風情がこの場にはよく合ってました。

与五郎@愛之助さん、大阪弁がネイティブということもあり、いかにもつっころばしといった若旦那風情がありました。にしても与五郎が悲劇の元凶なんですねえ。

●四段目「米屋」
濡髪長五郎と放駒長吉のお互いの贔屓のためにした喧嘩の決着と付けようという場から、喧嘩ばかりしている長吉を心配した姉おせきと、その同業の人々の人情、そしてそれを傍から見ていた濡髪長五郎の義侠心からの放駒長吉との義兄弟の契りが描かれます。

●五段目「難波裏」
話が急速に展開。吾妻を勝手に連れ出した侍たちとのやりとりのなかで行きがかり上、殺人を犯してしまう長五郎が描かれていきます。

濡髪長五郎@染五郎さん、最初にこの配役を聞いた時は「えっ?この役合うかな?」と思いましたが、これが非常に役に似合っていてビックリ。拵えがまず似合いまなんともいえない美丈夫ぶり。そしてとても大きく見え(勿論、着肉をなかに着こんでおりましたが今までこういう役を演じた時より大きく見えました)、なにより存在感がありました。しかもどことなく色ぽいのが染五郎さんらしい雰囲気。また台詞廻しは声を低めに抑え関取らしい線の太さを表現していました。三段~五段にかけての濡髪は辛抱役。どっしり落ち着いた品格のある関取風情のなかに芯のある義侠心が表現され、また情に篤く色々なものを自分の身に引き受ける男として存在していました。そういう体も心も大きな男のなかに家族のない身の寂しさも漂わせ、その先の濡髪の哀しい運命の切なさがあったように思います。

放駒@翫雀さん、ちょこまかした感じがいかにも素人の相撲取り。翫雀さん独特の愛嬌と動きの若々しさで短期で乱暴ものながらそのなかに一本気で素直な青年を表現されていました。根が真っ当な男という部分がよく出ていて良かったです。

おせき@吉弥さん、しっかり者で優しい放駒のお姉さんでした。乱暴ものの弟をかかえながらしっかりと店を守ってきたんだなという落ち着きもあり、弟のために色々と画策する様に説得力がありました。

●八段目 「引窓」
家族の情愛、絆が描かれる「引窓」の場。この場単独でも非常に見ごたえのある良い場だと思いますが通して観た時になおいっそう深いものが浮き出てくる場だなと。とても感動的な場になっていました。それぞれ相手を思いやって、という情愛がより強く感じられた「引窓」でした。

与兵衛@仁左衛門さん、色んなことを経てきたからこそ持ちえた優しさを持った情の深い与兵衛でした。母や女房に出世した姿をウキウキと見せる様が本当に可愛らしく、またそこがなんとも素直な表現で仁左衛門さんらしい与兵衛。図らずも出世できた身への感謝の念も強く、そのために濡髪召捕の命を全うしようとする厳しさを見せる。その表情の切り替えの見事さ。仁左衛門さんはことさら家族に見せる与兵衛の顔と十手を持った南方十次兵衛の切り替えをするわけではなく、自然の流れのなかでの感情をとても細かく表現されていきます。母を想う気持ちの強さと共に濡髪への共感しっかりと見せた与兵衛@仁左衛門さんでした。台詞、表情の緩急の巧さがさすがです。また決まりの姿が相変わらず美しいです。

濡髪長五郎@染五郎さん、この場では覚悟を決めた人生への悲哀を感じさせる切ない濡髪長五郎を演じていました。前段までは押さえた表情で静かに様々なものを身に引き受けてきた姿を見せただけに、母に会えた喜び、そして母を苦しめてしまった苦渋の表情などが印象に残ります。濡髪はいつでも相手のためを思って行動をする男なんだなんと改めてこの場でも。ただひたすら母のために母の言うことを聞きそして諭す。そこをしっかり演じてきたのには感心。染五郎さんは丸本物ものでの台詞がこのところとても良くなってきたと思う。母への細やかな感情が表現されていて、母そして与兵衛とお早への気遣い、感謝の念がしっかり伝わってきました。そういえば、ここの場での染五郎さんは前段まで手足に着込んでいた着肉は外しておりました。

母お幸@竹三郎さん、今年二月に博多座でも拝見していますが感情の輪郭がくっきりしているお幸です。また二月に演じた時より、母としての情愛を細やかに演じてきたような気がします。なんというか自身のお幸像を深い部分まで表現されていたかなと。母としての実の子供への体の底から沸いて来る愛情や、義理の息子への切実な義理などを感情豊かに真っ直ぐにより切なく表現されてきます。とっても納得がいき、胸に迫ってくる母親像でした。

お早@孝太郎さん、通したことで遊女としての過去がわかるのでお早の言動の色々納得がいきます。孝太郎さん、とても丁寧に演じてきます。家族を大事に思う気持ちがしっかり伝わってきて良かったです。もう少し緩急がつくとお早の女性としての可愛らしさがもっと出てくるかなと思います。

『弥栄芝居賑』
関西・歌舞伎を愛する会結成三十周年記念のための口上の場です。構成は病気で倒れられてからリハビリに励んでいらっしゃる澤村藤十郎さん。初日には特別出演されたとか。澤村藤十郎さんは関西歌舞伎を盛り立てる一役を担った方でもあります。いつか舞台復帰されることをお祈り致します。

さてこの一幕は芝居小屋前に様々な人たちが集い、という流れになっています。役者の皆さんがとても楽しそうで座組みの雰囲気のよさとか感じられました。

個人的には仁左衛門さんのカミカミの口上が可愛かったり竹三郎さんの女形らしいお茶目さが可愛かったり、翫雀さんの丁稚が似合いすぎて可笑しすぎたり、膝の怪我でずっと休演していて最近復帰された段治郎さんが本当に楽しそうな笑顔だったりしたのが印象的。

仁左衛門さんは関西での歌舞伎興行が1年中できるようにと切実にお話されていました。苦労されてきたことがわかります。翫雀さんと愛之助さんは関西の役者として頑張りたいとのご挨拶。

関東の役者側は左團次さんがいつもの真面目な顔して飄々と半分冗談めかした口上。それでも歌舞伎がお好きなんだなというのが感じられたりするのが左團次さん。若旦那姿の染五郎さんははんなりした風情でふわふわしていました(笑)ご挨拶の時はしっかり自分アピール。若手の澤瀉屋さんはこの場に居合わせることができて幸せと一様に。

手ぬぐい撒きがありましたが私は残念ながらGet出来ず。


『竜馬がゆく 風雲篇』
2008年9月に初演された『竜馬がゆく 風雲篇』の再演です。再演と言っても初演で重要な役を果たした中岡慎太郎が今回出て来ず、その代りに武市半平太や以蔵らを出してきたのでかなり脚本が違います。たぶん通し狂言を見越してエピソードを新たに付け加えたというところでしょうか。ただ、初演の中岡が出てくるシーンがかなり重要だった&完成度が高かっただけに、そこを切って新たなエピソードを付け加えた部分がちょっと唐突というか中途半端な感じがしてしまいました。

半平太、以蔵という「竜馬がゆく」に大事な人物が登場したのは面白くはあったのですが、この二人はまずは竜馬が脱藩する前のエピソードとして出さないと「目指すところが変わってしまった二人」という部分が活きてこないかなと。

また、中岡が出てくるシーンをバッサリ切ったことで竜馬とおりょうの出会いも描かれないということになるので面白味が減ったかなと。竜馬とおりょうの出会いの場で社会情勢やら人の命のことが語られるからこそ、ラストの「生きとるっちゅうことは、ありがたいのう」とか「ハニムーンぜよ」が活きてくるんだと思うんですよね。

あと歌舞伎座上演のときは生演奏だったテーマ曲『宙へ』の尺八の音色が録音だったのもチト残念。まあ歌舞伎座上演時の生演奏が贅沢だったのかもしれないけど…。

と、不満をまずは書いてしまいましたが、『竜馬がゆく』ではいつも思いますが、若手の役者さんたちが本当に活き活きと芝居されていてそれを拝見するのがとても楽しいです。脇の配役が「おっ!」という新鮮さがあったりしますし。

竜馬@染五郎さん、本当に魅力的です。自由闊達でとてもキュート。芯に熱い気持ちを秘め、柔軟な感覚で前へ前へと進む竜馬を表情豊かにキラキラした瞳で演じます。何度も演じるううちどんどん「竜馬」という人物にハマってきてる気がします。ヒーローではない等身大の竜馬なんだけど、皆が愛さずにはいられない魅力的なカッコイイ竜馬でした。

おりょう@孝太郎さん、とっても可愛いおりょうでした。初演では亀治郎さんが演じた役です。八金八鷹の男勝りな気の強さがある女性という感じは亀治郎さんのほうがあったと思いますが、孝太郎さんのおりょうは竜馬が大好きでたまらないオーラが出ていて、なんだか観ていて気持ちがほんわかします。イメージとはちょっと違ったけど孝太郎さんのおりょうもキュートで良いなあと思いました。やはり役者が違うと同じ役で同じ台詞でもだいぶ受ける印象が違ってきますねえ。この役を観て久しぶりに染五郎さん&孝太郎さんで『封印切』が観たいなと思いました。

西郷@猿弥さんも初演とは違います(初演は錦之助さん)。猿弥さんはずっしりとした雰囲気を作り、なかなか腹の底をみせないタイプの西郷を演じてきました。

武市半平太@愛之助さん、すっきりとした容姿が似合っていました。半平太もまた信念の人、という部分がハッキリしていて良かったと思います。

以蔵@喜之助さん、大抜擢という感じでしょうか。風貌がまず以蔵らしく、また以蔵の翳りをきちんとみせてきてインパクトがありました。

三吉慎蔵@松次郎さん、初演でもとても良い味を出されていましたが今回もとてもよかったです。前回より表情も細かくて芝居が断然よくなっていました。


2 コメント

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見応えありましたね (スキップ)
2010-07-24 06:48:40
雪樹さま
ご無沙汰いたしております。
大阪遠征されていたのですね。
今年の松竹座の七月大歌舞伎は本当に見応えありましたね。
私も『双蝶々曲輪日記』の半通しは初めてで、おっしゃる通り、前後のつながりや人間関係や、濡髪の人物像がとてもよくわかりました。雪樹さんのご感想を「そうそう、そうそう!」と大きくうなづきながら拝読いたしました。
染五郎さんの濡髪、10年ぶりだそうですが、本当によかったですね。
見応えありましたよね! (雪樹)
2010-07-24 22:57:58
スキップさん、お久しぶりです(^^)
書き込みありがとう~。

はい、遠征いたしました。久しぶりの大阪、とっても楽しかったです。

今月の松竹座、期待していた以上に見応えがあって遠征してよかった~~~、と思いました。懐が許せば今週もまたひょっこり大阪へ遠征しちゃってたかも。

『双蝶々曲輪日記』、通しで上演したからこそ、色々わかったことって多かったですよね。ぜひ東京でも通しで上演してほしいと思いました。染五郎さんの濡髪、素敵でしたよね~~。また拝見したいです。

スキップさんと私って芝居を観る時の感覚が似てることありません?私もスキップさんの感想、いつも「そうそう、そうなの」と思うことが多くて楽しみにしているんですよ。

また気が向いたらコメントくださいねえ。