Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場所『六月大歌舞伎 夜の部』 1等B席1階後方花道寄り

2011年06月25日 | 歌舞伎
新橋演舞場所『六月大歌舞伎 夜の部』 1等B席1階後方花道寄り

『吹雪峠』
いつも書いていますけど宇野信夫作品は好みではありません。むしろ嫌いです(きっぱり)。『ひと夜』も『人情噺小判一両』も『堀部彌兵衛』も『神田ばやし』も面白いって思った芝居が一つも無い。この人の作品は私と相性がかなり悪い。今回の『吹雪峠』も「面白くない…」で終わってしまいました。好きではない真山青果『頼朝の死』のほうがまだマシと思うほど宇野信夫の戯曲がとにかく好きじゃない。しかも私のなかではかなり低レベルな比較でです(苦笑)。昭和の新歌舞伎というジャンルはそろそろ見直したほうがいい。

戯曲自体がまったく好みじゃないのでなんとも言えませんが孝太郎さん、愛之助さん、染五郎さんの三人はそれなりに演じてはいましたけどハマっていたとは言い難い。役に合ってないというよりむしろ役に入り込めておらず戯曲の世界観に入れてない感じを受けました。なので結局、どこか中途半端な芝居だったなと。しかし、この三人だったらもっと別な芝居があったんじゃないですか?とつい思います。

おえん@孝太郎さん、自分の欲望に忠実ながらいじらしい可愛らしさがある女性でした。女のしたたかさ、という部分もそれなりには演じていたと思いますが「女の底の部分に渦巻くしたたかさ」の部分は弱かったと思います。

助蔵@愛之助さん、気弱で流されつつもどこかずるさのある助蔵を丁寧に演じようとしているなという感じでしたがどうも、そこにみえるはずの「弱さゆえの愛嬌」はあまり無くどうもハマってなかったような。愛之助さんは骨太な役のほうが似合うんでしょうね。

直吉@染五郎さん、声質は弱い染五郎さんですが台詞の通りのよさが際立っていました。骨太に真っ直ぐで一本気な気性の直吉という部分はしっかり演じてきたと思いますが、そのなかにある、おえんと助蔵への複雑で屈折したものは表現しきれてなかったなと。


『夏祭浪花鑑』
随分とどっしりまったりな『夏祭浪花鑑』でした。本来の『夏祭浪花鑑』の短絡的なちんぴらの義侠心とプライドゆえの破滅という物語の部分は伝えきれてなかったです。役者を楽しんでくださいというところでしょうけど、私が拝見した日は吉右衛門さんも仁左衛門さんも動きにキレがなく役者の芸の部分の吸引力もあまりない感じ…。二人揃った時の立ち姿にはさすがの華やかさはありましたけど。この芝居には「勢いと熱気」が必要だと思うので、物語をみたい私には物足りなかったです。

団七九郎兵衛@吉右衛門さん、5年前に演じた時に存在感の重さですでに柄に合う役ではなくなっていましたけど、それでもどこか力技で観客をねじ伏せるだけの力がありました。しかし今回はあきらかに動きにも台詞にも「キレ」がなく残念ながら存在感だけでは団七を演じきれなくなってるなと…。色んな部分でお疲れなんだろうなぁ…という感じで。押し出しの強さで舞台面はさすがに華やかですし、キメがひとつひとつが絵になっているという部分は流石というしかないのですが、それでも鮮やかに決まったとは言い難い。また、所詮チンピラの団七のなかにある若さゆえの芯にある熱気、短絡さ、義侠心という名の見栄に追い詰められるある種の刹那さと切なさ、なんてものが欠落している。

一寸徳兵衛@仁左衛門さん、立ち姿がさすがの華やかさ。さらっととしたなかにもどこか粘りのある台詞廻しもカッコイイ。しかしながら昼の部の『連獅子』でお疲れなのか、立ち回りが…。膝に力が入らない感じで下半身が作れてない…。いつもだったらスパッときまるキメの部分が弱くて…。ちょっとそこが残念でした。

義平次@段四郎さん、少しばかりまったりぎみではあったけど、上手い。とにかく上手い。段四郎さんは改めて思いましたがほんと凄い役者さんです。どこにでもハマってくるんだもの。今回はまさしく因業じじいだったし、貧乏をしてきたことでの屈折を感じさせる。また体のつくり、仕草、表情がもうなんというか、義平次を体現してる。うへえ、ちょっと脱帽。

釣船三婦@歌六さん、思った以上に線が太くハマっててよかったです。情に厚く、それでいてカラッとしている。以前拝見した段四郎さんの三婦がかっこよすぎたので、まあそこを求めると、まださすがにそこまでではなかったけど、でも良い男ぶりでした。

お辰@福助さん、う~ん、過剰すぎるかなあ。いかにも「女」らしい可愛らしさはあるし、「惚れるはここじゃない ここでござんす」は照れと恥じらいを感じさせてこういうやり方もいいなとは思わせてくれたんですが、でも男勝りの伝法さがまったくないのもどうかなあ。観客が求めるスカッとしたものが無い。

お梶@芝雀さん、スッキリとした女ぶりなかに情味があり、存在感もしっかりあって素敵でした。

磯之丞@錦之助さん、いかにも世間知らずで金も力もないのに自覚がなく周囲に甘えて平然としているサマがよく似合い上手い。

琴浦@孝太郎さん、ほんのりした色気と可愛らしさ。

市松@金太郎くん、品がよすぎるけど(笑)可愛かった。

おつぎ@芝喜松さん、ちょっとおせっかいな可愛らしい女房でとても良かった。またさりげなく当時の細々した生活を垣間見せてくれた。


『色彩間苅豆「かさね」』
陰惨な殺し場で終わる『夏祭浪花鑑』の後の追い出し狂言に陰惨な怪談の舞踊を持ってくるのはどうか?と少し思う…。個人的には明るい華やかな舞踊を持ってきてほしかった。とはいえ今回の舞踊はとてもレベルが高く見応えはありました。

時蔵さんと染五郎さんの組み合わせ、年齢差が出すぎするかな?と少し心配しましたが思ったほどはバランスは悪くなかったと思います。二人ともとても丁寧に『かさね』という舞踊劇の世界感を描き出し、かさねと与右衛門の関係性が非常にわかりやすかった。ただ『かさね』にある情念の部分は少し薄めだったかな。全体的に非常に綺麗な舞踊という印象。もう少しドロドロな濃い情念の部分も観たかったかな。

累 (かさね)@時蔵さん、前半は品のよい可愛らしい腰元ぶり。しっとりと美しく踊っていく。クドキの場は品が良すぎて情の濃さがもうひとつ。恋に溺れて与右衛門にすがるだけの情念が体から発してない感じ。後半、顔が崩れても品を崩さず哀れさのある姿。意地でも与右衛門を離すまじといった女の強さがここでは出る。執念の強さが怖い。ただ愛ゆえの嫉妬心などの情念の部分はやはり抑え気味。個人的にはもう少し女の底にあるはずの醜いどろどろしたものがあるほうが好みかな。体が不自由になった累になった後、足運び、首の傾げ方など人形振りぽい踊り方してたのがちょっと面白かった。情念に硬質さを感じさせたのはそのせいだろう。この時蔵さん累でしたら幸四郎さんのようなタイプの与右衛門相手のほうがより活きたかもしれませんね。

与右衛門@染五郎さん、黒の着物が似合いいかにも色悪な風情。自分のことしか考えていない酷薄さのなかに色気を醸し出す。染五郎さんの与右衛門は所詮は小悪党な情けなさもありつつとことん、目先の自分のことしか考えてない。そしてどこか悪事もどこか他人事。さらりと累を捨てる。醜くなった累に鏡を突き付ける冷酷さに微塵の情もない。 時蔵さんの累を受けるにはもっといかにもねっとりとした悪党風情のほうが合うような気がするので、そこらへんは少々バランスが悪かったかな。情味の濃い累相手だと染五郎さんの心無い与右衛門といい対比になりそうな気がしますね。いつか亀治郎さんの累と染五郎さんの与右衛門の組み合わせで観てみたいものです。後半のキレのよい動きと形の美しさは見もの。 連理引きでは本当に操られているかのよう。