Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

大阪松竹座『七月大歌舞伎 昼の部』 2等2階後方センター

2012年07月21日 | 歌舞伎
大阪松竹座『七月大歌舞伎 昼の部』 2等2階後方センター

今月、つくづく丸本物の脚本の強さを思い知る。長年生き延びてきた芝居だもの、練り上げられているし良いに決まっているんですけどね。かといってそればっかり上演されても飽きちゃうのも事実。古典と新作、いいバランスで上演していってほしいなあと思います。

『双蝶々曲輪日記「引窓」』
アンサンブルがとてもよくて見応えがありました。

南与兵衛後に南方十次兵衛@梅玉さん、若い時分に廓で遊び人を殺めたという与兵衛にしてはマジメすぎる雰囲気でしたが優しく可愛気のある与兵衛で母に対する情の部分に説得力がありました。マジメさゆえの使命感のなか母を思う気持ちがさりげなく自然に滲み出る。押し出しが強くないのにその佇まいや台詞廻しから南与兵衛の心のうちが浮かび上がる。端正な芝居というのはこういうことを言うのでしょう。

濡髪長五郎@我當さん、膝がお悪いので大丈夫かしら?と思っておりましたが拵えも立派で朴訥な雰囲気のある濡髪でとても良かったです。動きは辛そうでしたが輪郭の太い真っ直ぐな芝居や心情溢れる台詞でその部分をカヴァー。不器用に真っ直ぐに生きてきた男がひょんなことから道を外してしまったことがよくわかります。母への想いがとても切なく迫ってきました。我當さんの哀しみを表現する際の声が好きです。

母 お幸@東蔵さん、このお役はすっかり持ち役になりましたでしょうか。前回拝見した時より母が子を想う気持ちがより深く表現されていてとても良かったです。成さぬ仲の与兵衛と実子の長五郎を想う気持ちが等価にあるバランス。それゆえにお幸が核になる家族の絆というものがそこに浮かんできていました。本当に良かったです。

女房お早@孝太郎さん、明るくしっかりものの可愛いお早です。家族を明るく明るく守り立てていこうとする気概がそこにあるように思いました。姑との仲の良さが孝太郎さんお早の特徴のような気がします。表情が豊かなのも良いです。でも個人的にはもう少し与兵衛らぶな柔らかな甘える雰囲気があってもいいかな~と思ったりも。

平岡丹平@進之介さん、個人的に上方役者のなかで心配してた進之助さんが少し見ない間に出番は少ないけど芝居がだいぶしっかりしてたなあというのが印象に残った。彼も地道に成長しているのね。私は我當さんの朴訥としたなかに悲しみを含ませる台詞回しが好きなので継承していただきたいんだけどな~。

『棒しばり』
『棒しばり』は楽しい舞踊ですよね。私は久しぶりに拝見します。三人ともノビノビとした品のよい気持ち良い踊りでした。身体の表情だけで楽しませる。

次郎冠者@又五郎さん、この方の踊りは芯が本当にしっかりしています。また余計なぶれがない。前はそれで踊りを小さくまとめてしまってる感があったのですが夜の部の『吉野山』含めて大きさが出てきたな~と思います。余計な力が入らなくなったのかもしれません。ゆえに観ていて気持ちがいい。すっとぼけた愛嬌も滲みでて見応えのある次郎冠者でした。

太郎冠者@染五郎さん、次郎冠者を持ち役とされていますが今回は太郎冠者。端正にしっかり踊っていきます。動きが制限されているなかでの足裁きにメリハリがあります。染五郎さんは色んな部分で緩急をつけるのが上手いと思います。また酔った姿がふんわり柔らかな風情とてもキュートでした。

曽根松兵衛@錦之助さん、羽目物の殿風情がお似合い。崩しすぎず丁寧に次郎冠者に相対して舞台を品よくまとめていきます。

『荒川の佐吉』
やっぱり『荒川の佐吉』は演目として苦手…。どうしても物語に入り込めません。今年3月演舞場で花形での舞台を拝見した時はそれでも登場人物たちの若さや人としての未熟さゆえにという等身大の部分がみえたように思えてなんとなく納得させられたんですけど…。今回の座組みは大顔合わせゆえに芸の部分の充実さとは裏腹に登場人物たちの行動原理が身体からは立ち上っておらず物語としての説得力には欠いたかなと。ベテランの芸を楽しむという部分では充実していたとは思います。また演技方法が役者によってかなり違うんだな~と改めて意識しました。特に女形さんが特に感情のもっていき方が違うなあと。ふと「美保さんの演出」から離れたらどうなるかちょっと観てみたいかもと思いました。

荒川の佐吉@仁左衛門さん、前回歌舞伎座で拝見した時も感じましたが芸格がありすぎていて三下奴の佐吉というキャラクターにしっくりそぐいません。仁左衛門さんの『荒川の佐吉』は仁左衛門さんという役者を楽しむ芝居になってしまっている感じです。物語としてみようとすると破綻がおきてしまいます。いくらみすぼらしい感じで登場しても最初から親分格にみえてしまうのです。もうしっかり自分の足で立っている男なんですよね。なので佐吉の三下奴気質ゆえの悲哀がない。とはいえやはり仁左衛門さんという役者の緻密な台詞廻しは見事だと思いますし情味を際だ出せる芝居の上手さにも唸ってしまいますしラストは無条件でカッコイイなと。

辰五郎@又五郎さん、本来は旦那大事やらアニキ大好きみたいなこういうお役がお似合いで色々と持ち役になさっています。辰五郎もモチロン持ち役になさっていました。今の仁左衛門さんには年齢的にもちょうど良くバランスがよかったです。しかしなんと仁左衛門さんと同様に又五郎さんも芸格があがっていて無邪気に佐吉をアニキと慕う雰囲気ではなくなっていました。これにはビックリです。非常に精神的に大人で仁左衛門さん佐吉と同格の友人としての辰五郎でした。頼りになる友人風情は十分ですし子供に対する優しさもごく自然で行動原理は十分にわかるいい辰五郎ではあります。しかし仁左衛門さん佐吉と又五郎さんの辰ですとしっかり生活してそうで苦労の部分がみえずらくなったかな~と。

相模屋政五郎@吉右衛門さん、この方の親分格のお役は有無を言わさぬ存在感があります。理不尽な頼みでも説得させられてしまいそうな大きさと芯の鋭さがありますね。吉右衛門さんが出てくると一気に場が締まります。

鍾馗の仁兵衛@歌六さん、このお役にはまだ若すぎるような気がします。腕が利かなくなっても落ちぶれる事はなさそうな意思の強さや気質を持っている。この方が演じる任侠の男は格好良すぎるくらい格好良いんですよ。その道に生きる機微を知っている頭の良さがそこに現れるんですよね。老け役も上手い役者さんですが今のところ仁兵衛の柄ではないかな~と。

成川郷右衛門@梅玉さん、今年3月演舞場で初役でこのお役を演じていらっしゃいますが、合わないのでは?と思われたこのお役が予想外の良さ。今までの成川郷右衛門像としは違うものを醸し出して印象的です。前回は虚無感のほうが前に出たと思いますが今回は浪人である身分への屈折の部分をみせてきた感じがしました。いつも思いますが梅玉さんと真山青果作品は相性が非常にいいですよね。原作にある頭でっかちな無理矢理な人物像をさらりと納得させるキャラクターとして立ち上げる。

お新@芝雀さん、あまりに真っ当でやくざの娘で芸者あがりの女にはみえません。元々がきちんとしたところの女性のよう。とはいえ子を手放した後悔ややるせない悲痛な思いが十分に伝わってくる台詞廻しは見事で合わない役でもしっかりみせてきているのがベテランだなと思いました。

お八重@孝太郎さん、プライドが高く気の強さが先に立つお八重ちゃんです。そのなかに少し弱さをみせていただけるとお八重ちゃんの造詣に深みが出ると思う。にしてもお八重ちゃんは可哀想です。こうでもなきゃ生きていけませんよね。謝る必要なし!