Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『六月大歌舞伎 夜の部』 3等B席センター下手寄り

2007年06月09日 | 歌舞伎
歌舞伎座『六月大歌舞伎 夜の部』 3等B席センター下手寄り

旅行明けなので疲れてたらパスするつもりのチケットでしたけど、無理矢理にでも行って良かった。観たら元気になっちゃった(笑)今日の夜の部、とっても良かったです!!

『御浜御殿綱豊卿』
まずは高麗屋の新人、錦二郎くんチェック(笑)多分、判ったと思う。次回しっかり確認するぞ。

仁左衛門さんの綱豊卿が超素敵。やっぱ華があるよねええ。それと台詞回しの緩急、情感が細やか。今回、助右衛門@染五郎さんと対峙する時にかなり鋭さをも出してました。そういう部分で、かなり助右衛門に対し容赦なく迫る。かなり前のめりな綱豊卿。赤穂浪士の心情を見極めようとする気持ちが強く、自らの立場に孤独感をもっている雰囲気でした。孤高の人。『御浜御殿綱豊卿』は新歌舞伎なのですが仁左衛門さんは台詞廻しにリズムを乗せ、たっぷり聴かせるのでいわゆる歌舞伎味を加味した舞台となっていました。

そしてその綱豊卿@仁左衛門さんに対する染五郎さんがこれまた良い!負けじと全身でぶつかっていく。本当にまっすぐで情熱溢れる助右衛門。台詞の一言一言が明快で、切っ先鋭い刃物のごとく向かっていき綱豊卿との問答では火花が散ってるかのようでした。声が直ってきたのか、台詞の通りが非常に今回良かったです。仇討ちにかける情熱が見事に表現されていました。また浅野家再興を願いでると言う綱豊の言葉に切羽詰り必死になる様、絶望した心情が痛いくらいに伝わってくる。まっすぐなゆえの不器用さ。

仁左さんと染五郎さんのコンビ、『荒川の佐吉』の時も思いましたが、この二人だからこその独特の世界をもうひとつ、現してくる気がします。なんというか裏表の鏡のようなんですよ。それぞれのキャラクターが目の前にいる立場の違う人物に一瞬入れ替わることが見える。その憧憬を見ようとすると見えてくる。そしてそれ故にお互いの人物像が際立ってくるかのようです。

お喜世の芝雀さん、とても可愛らしい。うきうきした若さがあって、とっても品が良い。また芯の強さを秘めてているという部分がきちんとある。仁左さんとのカップル度も思った以上によくて、綱豊の愛妾ぶりがよくみえました。やっぱり芝雀さんは着実に良くなってると思う。

江島の秀太郎さん、優しく非常に世長けた知的な女性。御祐筆としての大きさがきちんと見えるのがさすがです。

新井勘解由の歌六さん、やはり上手い。人物像が明快。台詞の中身がよくわかる。


『盲長屋梅加賀鳶』「本郷木戸前勢揃いから赤門捕物まで」
本郷木戸前勢揃いは3階からだと見えないのが悲しい。声だけで役者を判断していました。残念ながら全員はわからず。今回、渡り台詞が調子よく渡りとても楽しかったです。

幸四郎さんは2005年1月に演じて以来2回目となる梅吉/道玄。前回拝見した時よりだいぶ肩の力が抜けてノビノビとしてきた感じで楽しく観ることができました。梅吉は鳶頭としての大きさはあるんだけど、大きすぎ?鳶頭というより大旦那のほうが似合うよね…。あとなんつーか粋な感じがあんましないのよねえ。道玄のほうは幸四郎さん独自の愛嬌をうまく加味させて「役者の味」で見せるのではなく「芝居っ気」で見せる。幸四郎さんにはどうも世話物特有の「市井の人」の空気が身に付いていないのですよね。人の小物さ加減を見せるのは上手いと思うのですが歌舞伎の世話物となると柄が邪魔する。なので今回も愛嬌のある小悪党とまではいかない。かなり凄みの効く道玄です。しかしながら前回のしたたかな緻密さがあった部分が消え、根っからの悪党ではあるがその場しのぎの間抜けな部分があってラストの捕り物への展開に無理がない。少し顔の作りを前回から変えたかな?按摩風情が今回のほうがあった。しかしこういう拵えをすると八代目のお父さんや叔父さんの二代目松緑さんに似てる。

松蔵の吉右衛門さん、やはり鳶頭というには少々大きすぎますが「粋」という部分で断然吉右衛門さんに軍配があがります。また物語への吸引力があります。死体に躓きのあたりでしっかりと印象付けて、伊勢屋での捌きに説得力を持たせます。にしても伊勢屋での幸四郎さんと吉右衛門さんのやりとりの間の妙が見事です。この二人が揃うと一気に熱を帯びて俄然面白くなる。

お兼の秀太郎さん、色ぽくてしたたかで可愛げで。崩れきった女じゃないのがいいです。この女の人生が垣間見える。

鐵之助さんのおせつがただ弱すぎるだけの女じゃないのも良かったです。

宗之助さんのお朝。久しぶりに女形を見ました。相変わらず純朴な娘ぶり。拵えはもうちょっと綺麗な顔にしてもいいんじゃないかと思う。


『新歌舞伎十八番の内 船弁慶』
染五郎さんの『船弁慶』は3年前に大阪松竹座で観ている。その時は知盛は勢いがあってとても良かったのだけど、前シテの静御前の舞が硬すぎて手も足も出てない感じだった。ただかろうじて静の切々とした心情が踊っているうちに乗ってきていたのが救いだった。

その時に較べて、ということではあるが格段の進歩。まずは顔の拵えからして可憐な表情。また謡も声がだいぶ良くなったきたのだろう、思った以上に朗々と聴かせてくる。能がかりの舞台なので謡は地声で十分だがきちんと女を意識しての声をある程度ではあるが作ってもいた。踊りのほうは能がかりのほうは足運びがやっぱり硬い。でも「春の曙」の部分は流れるように丁寧で端正に踊る。ふんわりとした艶やかな柔らか味という部分はまだ足りないのではあるけど、捌きがしなやかになり華やかさも加わってきた。そして何より静御前としての切々とした哀しみがしっかりとその所作のなかで表現されていた。3F席へもじんわりと伝わってきました。

そして後シテの知盛。前回も勢いがあっていいとは思ったのだけど今回かなり大きさが出ていた。歌舞伎座の広い舞台をところ狭しと突っ込んでいく感じ。ひとつひとつの動きがダイナミックでキッパリと決めてくる。恨みの情念が強い知盛。生霊のごとく生々しく激しい。その反面、哀れさ凄みはまだまだかな。豪快な引っ込みは次回までお預け。

今回、知盛が薙刀を振りまわしている最中に刃の部分が壊れてしまった。かなり驚いたけど、後見の幸太郎さんがすぐに代わりの薙刀を渡し刃を片付けていた。染ちゃんも落ち着いて素にもどることなく続行していました。アクシデントへの対応は歌舞伎役者さんたち、いつも素早いですよね。

弁慶は幸四郎さん。道玄で立ち回りまでこなし、たった15分の休憩ですぐに弁慶で出演なさるのに頭が下がりました。しかも世話物からがらりと格調高い羽目物へ見事に空気を変えてきます。しかも能がかりでの所作、台詞廻しが見事。幸四郎さんの大きさが活きて歌舞伎座の大舞台の空気が一気に濃密になる。歌舞伎座の舞台の広さをまったく感じさせなかったのは染ちゃんの成長ぶりも大きいとは思うけど、弁慶で付き合ってくれた幸四郎さんの力もかなり大きいだろうと思いました。幸四郎さんは羽目物が非常に似合う。狂言仕立てのにも出演してみては?と思ったり。

義経の芝雀さん、最近義経役を手がけているだけあって、品のある公達風情がしっかりと。優しげな雰囲気は芝雀さんならでは。優しい視線で静御前を見守ります。知盛と対峙する時にもっと格がでるとなお良い出来になるんじゃないと思います。

舟長三保太夫の東蔵さん、上手い。踊り手としての実力を見せてくださいます。キレが非常に良いし情景が見事に立ち上がる。

舟人の亀鶴さんが丁寧。