Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『 六月大歌舞伎 昼の部』 1等1階前方上手寄り

2012年06月16日 | 歌舞伎
新橋演舞場『六月大歌舞伎 昼の部』 1等1階前方上手寄り

初代 市川猿翁 三代目 市川段四郎 五十回忌追善
『六月大歌舞伎』
二代目 猿翁、四代目 猿之助、九代目 中車 襲名披露
五代目 團子 初舞台

かなり久しぶりに演舞場に活気があったような。いわゆるハレを楽しみたい客層が多かったような感じ。さよなら公演の頃の歌舞伎座の客層に近い。中車さん効果かな。客層含めてとても良い襲名披露公演だったと思う。襲名披露にしては演目立てが薄いかなと思ったんだけど十分満足しました。

『小栗栖の長兵衛』
岡本綺堂作の新歌舞伎です。映像の世界では実力派と認められているものの歌舞伎役者としては白紙の中車さんがどこまで演じられるかという試金石となる一幕です。義太夫や舞踊の素養が必要な丸本物や羽目物はさすがにまだ無理でしょうからそこを必要としない新歌舞伎を当てたのは必然だったと思いますがまずは良い演目持ってきたなと思いました。周囲の大きな助けもあり「新歌舞伎」として違和感のない出来だったと思います。アンサンブルが非常によくてシニカルさがありつつもどこか牧歌的な楽しい芝居。『小栗栖の長兵衛』という演目は意外なほど襲名披露興行の幕開けとしてとても良い芝居でした。

長兵衛@中車さん、思った以上に健闘。乱暴者で大酒飲みのどうしようもない男なれどどこか愛嬌があって憎みきれない長兵衛をしっかり造詣。また口跡がよく台詞廻しも素直。舞台経験はかなり少ないはずですが芝居の勘所が良いのでしょうね。ヘンに作り過ぎていなくて素直な芝居なのが非常に良いし芯の華やかさもある。所作はまだかなり甘いけどそれはこれからの精進次第でしょう。歌舞伎の初舞台としては花丸の合格点をあげたいです。

また、脇を固める澤瀉屋の面々とそのなかに入った門之助さんが素晴らしい。皆がほどのよいしっかりとした芝居をし中車さんをしっかり支えて盛り上げている。一人も漏れがないのが凄いですね。にしても馬士弥太八@右近さんが色々な部分でやっぱり上手い役者さんだと思いました。

『口上』
団体襲名披露の口上です。面子が面子だけにアットホームな感じでした。彌十郎さんの口上が優しく暖かで良かったです。秀太郎さんがさすが松嶋屋な口上。 四代目となる新猿之助さんは自信に満ちた良い表情をしているのが印象的。中車さんの真摯さには胸打たれました。團子ちゃんは声がよく通るだけじゃなくしっかり抑揚をつけてた。團子ちゃんは新猿之助さんの小さい頃に似ているそう。先が楽しみ。

二代目猿翁さんの口上は「隅から隅まで~」の一言のみ。我知らず涙が出てきてしまった。なんだかんだと少なからず拝見してきた身としてはこの方は芯から役者なんだというあの目力に色々と胸が衝かれてしまった。口上の時、目線をもらえたと信じている。

『義経千本桜「川連法眼館の場」』
新猿之助さんの『四の切』は3年連続して拝見。着実に進歩させているのが見て取れる。狐忠信の動きにキレが増し思い切りの良い動きっぷりで舞台が弾んでいる。まさしく子狐のような愛らしさ。親を慕う心持ちの部分もどこか無邪気さを湛える。鼓を貰い受けてからの喜びの爆発ぶりに猿之助さんらしさが一番に出てると思う。早替わりのケレンではまだ二代目猿翁さんに及ばないものの後半の立ち回りの柔らかさ身軽さは二代目猿翁さんには無かったものです。弾むような高揚感は新猿之助さん独自のものでしょう。

狐言葉の部分で少しばかり。猿之助さんは台詞をまず前に出すことを意識しているのだと思う。亀会での初演時と二度目の明治座上演時では明らかに呼吸方法や発声方法を変えていたけどそれがしっくりいったのか今回もちょっと独特のその発声方法を駆使して伸びのある台詞廻し。それがちょっと独特。いわゆる義太夫の狐言葉から外れている部分が多々でまだ台詞廻しをどうしていくか試行錯誤中かな?な技術先行なとこも感じます。語尾の部分とか感情表現の部分とか。そういう部分で親を想う一途さ哀切さの部分、表現しきれてないかなと。二代目猿翁さんは身体能力の高さもさることながら親を恋い慕う表現が素晴らしかったですからやはりそこを目指していただきたいです。猿之助さんが今後どう持っていくかに期待。

猿之助さんの狐忠信、台詞廻しはまだ未完成だとは思いますが狐の獣性表現や宙乗りの見せ方も含めて非常にレベルが高いとても良い狐だと思いますまた本物忠信がだいぶ線が太くなってきたのも良かった。大きさはまだ足りないとこもあるけど動きにメリハリが出てきたしなにより動きがスムーズになり綺麗でした。

義経@藤十郎さん、静御前@秀太郎さん、このお二人、上方らしいまったり濃厚な芝居で息がよく合っている。動きや台詞も多少まったりだったけど存在感の濃さ、情味の濃さで舞台に華を添える。藤十郎さんの衣装が凝ってて素敵だった。

川連法眼@段四郎さん、ご病気で休演が続いておりましたがお元気に舞台に立たれてなにより。存在感と芝居の上手さで舞台の空気を作っていきます。妻飛鳥@竹三郎さん、黒髪で若い作りがお似合いで芯の強さのある奥方をさりげなく提示。

駿河次郎@門之助さん、亀井六郎@右近さんのお二方もしっかりとした芝居で舞台に厚みを与えます。

荒法師たちのレベルがかなり高かった。あそこの立ち回りはヘタすると集中度を欠けさせるんだけどそれがまったくなかった。お見事。

私は観た日はどうやらちょっと大道具に少しトラブルがあった模様。腰元連中の場面最中に御簾内で人がワサワサ動き結構大きな指示してるような声が…。大変だとは思うけど、仕掛けが多いセットなので舞台が始まる前に十分に点検していただきたい。