Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『吉例顔見世十一月大歌舞伎 夜の部』 1等1階席上手寄り前方

2007年11月24日 | 歌舞伎
歌舞伎座『吉例顔見世十一月大歌舞伎 夜の部』 1等1階席上手寄り前方

『宮島のだんまり』
大薩摩、今回のほうがハリのある良い演奏だった。

それにしてもやっぱり全部の役者を見ることは不可能。目がウロウロしてしまいます。歌江さんの存在感ってやっぱり凄いわ。桂三さん、若い奥さん貰ったんだからますます頑張ってねえ~と思わず応援。芝のぶちゃん、ほんと女の子にしか見えないよ。父が「さっきの誰?女性?」とかのたまいました。芝のぶちゃんは男の人だからネ。亀寿くん、結構目立つ顔してるのよね。高麗蔵さん、今月やたらと綺麗。團蔵さん、でかいわ怖いわ(笑)。

んで、袈裟太郎の福助さん、いやん素敵。前回少しばかり疲れた顔をしてたけど今回は綺麗というか、特に男顔した時がもうハンサムさんでかっこよかった~。今回、花道を堪能できたので、ニタリ顔がこれまたいいお顔で。六方はよく体を動かしていましたが、やっぱり傾城の足運びのときのほうが艶があって良かったです~。


『仮名手本忠臣蔵九段目 山科閑居』
やっぱり仮名手本忠臣蔵はどこ切り取っても面白いよなああ。何度観ても飽きないし。しかし今回、やっぱり大舞台だと思う。隙がないというか、前半の女の物語と後半の男の物語が同等の重さがあった。配役のバランスがほんとに良かったんだと思う。それと、後半のせいか役者の思い入れがたっぷりになっていて、それぞれの想いが明確に伝わってきた。

まずは本蔵家族のお互いへの情愛をストレートにみせ、家族の繋がりの強さが前回以上に強くなっていました。本蔵、戸無瀬夫婦の子可愛さの愛情。また本蔵の戸無瀬への完全なる信頼。戸無瀬の強さを信じているからこその、というのがあった。

次に力弥と小浪と恋心。前回、目を合わす場面がひとつくらいで力弥が小浪をどう思っているのか見えにくかったのですが、今回、お互い恥ずかしそうに何度も目線を合わせていて、若い恋というのがよくみえてました。これだったら小浪ちゃんも一夜限りの妻でも本望でしょう。

そして由良之助とお石。最後の別れの部分の手の握り合いにかなり熱がこもっていました覚悟を決めているからこその冷静さのなかに、一瞬見せるお互いの激情。信頼しあっている夫婦なんだなって伝わってきました。

戸無瀬の芝翫さん、時代物の武家の女なのに世話に落ちてるとも言われていますが、元々前段「八段目 道行旅路の嫁入」で煙草を吸いつつ、これから嫁入りする小浪に艶話を語る女でもありますから手強さだけじゃなく、娘を想う情愛が前面にでる戸無瀬像があっていいと思うのです。芯の強さは十分に感じさせてくださいますし、その上で娘一途な想いからの優しさ弱さがあって、芝翫さんならではの戸無瀬でした。台詞の一言一言がじんわりと伝わってきました。

小浪の菊之助さん、ほんとに可愛いったら。少し痩せたようでますます可憐で可愛らしくなってました。やっぱり萌え萌え。本蔵、戸無瀬夫婦が娘を溺愛するのもよーくわかる。力弥様じゃなきゃいや~と切々と嘆くとこ、台詞回しが工夫されてよく伝わってきました。今回、超音波少な目だった。

お石の魁春さん、前回ほんとに良い出来と思ったんですがますます良くなっていました。キリッとした静けさのなかに心ならずもの部分がさりげなく出ている。そして今回、由良之助の妻としての情愛がしっかり見えました。吉右衛門さんの由良之助とのバランスが良くなったというか。

本蔵の幸四郎さん、九段目はやっぱりこちらが本役だと思う。本蔵の人となりがこれほどよく見えてくる本蔵は初めてです。主人のために賄賂も厭わず、義よりも守るべき人を守ることをする人間であり、ゆえに今度は娘のためだったらなんでもやる男なのだ。「父がなんとかしてやるから」と言わんばかりに小浪を見る目の、声の優しさがそれを物語ります。また力弥に槍に刺されるのも、力弥と見定めてから自ら槍を持ち腹に刺す。「子故に捨つる親心」がなんともストレート。台詞もいつも以上にかなり明快でした。役への心情の重ね方がピタリとハマった感じでした。

由良之助の吉右衛門さん、やっぱりいい。包容力があり存在感たっぷりの大きさ。本蔵への共感がしっかり見えるのがほんとにいい。また屋敷の絵図面をもらってからの高揚感や、そしてお石、力弥へのさりげない情が非常に自然。

力弥の染五郎さん、非常に良くなっていた。凛としながらも若衆の初々しいさ柔らかさがある。終始神妙ながらも瞬間瞬間でみせる小浪への淡い想い、また絵図面を前に討ち入りに逸る気持ちがきちんと伝わってきた。由良之助の息子としての佇まいがやはり明快。そこはかとない色気、鋭さもありいい出来。ほとんど台詞がない受けの芝居でここまで見せてくるのはなかなか難しいと思う。まあ欲を言えばもっと前のめりな存在感を見せちゃってもいいんじゃないかとは思う。


『土蜘』
前回、菊五郎さんが少し無理してるかなあ、という感じを受けたのですが今回はとても充実した踊りを見せてくださいました。出からどこか不気味さを湛えていましたが今回、特に良かったのは正体を見破られた後。源頼光@富十郎さんと対峙するときの鋭さと恨みの気、そして花道引っ込みの時の不気味さ。とにかく集中度が素晴らしく大きく見えました。またそのなかにやはり艶があるのですよね。そして声が一段と太く響いていました。後ジテでの土蜘の精も大きく、華やかな立ち回り。絶好調だったのかしらと思いました。

頼光の富十郎さん、小柄なのを感じさせない品格の大きさと爽やかさを見せてくださいます。やっぱり声に惚れ惚れ。

音若の鷹之資くんが本当によく頑張っていた。お父さんに似て口跡もいい。

胡蝶の菊之助さんは前回より柔らかさが出てきたかな。端正な踊りです。


『三人吉三巴白浪 大川端庚申塚の場』
面白かった~~。何かが変わってました。舞台上の空気が濃くなった感じかな。今回の三人の配役でそのまま通し上演したら、とそう思いました。芸としてはかなり若いしまだまだな部分も多いのですが、確かに江戸末期の闇に住まうどこか不安感を抱えた寄るべない三人の若造たちでした。

お嬢吉三の孝太郎さん、どちらの方向でキャラクターを作りこんでくるのだろうかと思っていたのですが、あくまでも男性の心根でのお嬢でした。男と女の切り替えの鮮やかさ、凄みの利いた声色、世をすねた表情、小さい頃から泥水を飲んで這いつくばって生きてきたんだろうと思わせる根の太い魅力的なお嬢吉三でした。台詞もたっぷりと謳いあげイキイキと演じていました。孝太郎さんの七五調台詞には少し粘りがあるのですが、そこに底辺を生きてきた強さを感じました。

お坊吉三の染五郎さん、お嬢吉三とは正反対のキャラクター。苦労知らずの甘さのある刹那的なお坊です。闇に落ちても根の育ちの良さが抜けず、どこかぬくもりを求めているような感じ。和尚に義兄弟になってくれろと素直に言い出し、嬉しそうにするお坊。義兄弟の契り、お坊が言いだしっぺなのがよくわかるキャラクターでした。お嬢に「貸してくれろ」とほろ酔い加減でのたわごとぶりも色ぽくて良かったです。甘すぎて凄みが少々足りない気もしますが通しで観た時に納得しそうなキャラクターのような気がしました。台詞廻しはやはり吉右衛門さんにソックリです。独特の陰があるのですよね。この台詞廻しを染ちゃんがやると腹の底が見えない突拍子のなさになって地に足がついてない雰囲気を醸し出していました。

和尚吉三の松緑さん、兄貴分の貫禄はさすがにまだ無いのですが独特の明るさが喧嘩に割って入る気性のキャラクターに合ってて良いです。お坊、お嬢がなんとなく和尚に惹かれるのがわかります。また性急すぎかなと思っていた台詞回しにメリハリがついてました。個人的にはもう少したっぷりやってもらいたいのですが、これはこれでいかにも下町に生きてきた江戸っ子風情を醸し出していいのかもしれません。大きさ、いわくありげな雰囲気などを身に付けていけたら持ち役にできそう。