Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎 昼の部』 3等B席下手寄センター

2008年11月15日 | 歌舞伎
歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎 昼の部』 3等B席下手寄センター

風邪で、調子が良いとはいえない状態での観劇。『盟三五大切』で体力の限界だったので『廓文章』はパスしてしまいました…。『廓文章』に出演の役者さんたちには申し訳ありません。

『盟三五大切』
この演目は観たのがこれで3回目。役者それぞれの解釈方法や芝居の方法がまったく違ってて面白いです。近年になって復活させた芝居ということと、生世話で型にハマりすぎてない芝居なので役者が工夫する幅があるのでしょう。

私は2003年に観た源五兵衛@幸四郎、三五郎@菊五郎、小万@時蔵の『盟三五大切』がとても好きなんです。とにかくこの時の芝居はいまだに映像がチラつきます。「とんでもないものを観た」という感覚を覚えた芝居のひとつ。これがもうデフォルトになっている、ということもあるのと、私の体調の悪さという部分がかなりある、ということを念頭にしておいて読んでください。

今回、きちんとした芝居を観たという感じで面白かったには面白かったのですが正直物足りなかったです。何が物足りないってエロスと得体の知れない狂気。

まず三五郎@菊五郎さんが枯れちゃった~~~(涙)と思ってしまいました…。2003年の時に感じた、とんでもなくエロスを感じさせた色気が見えない…。もちろん、菊五郎さんのああいう小悪党風情な役にある色気は健在です。でも直裁的なSEXを感じさせるエロスというものは今回なかったです。あっさりだよ、あっさりすぎるよ。年齢とかあるのだろうか?。なんというか少々分別のある雰囲気が出ちゃってたような。以前演じた時はもっと自信過剰な能天気なガキ大将的な三五郎だったんだけどなあ…。「ああ、ばかだね、こいつ」って感じで。だからそんな無分別な男が父親のために死んで行くという、そのギャップというか、結局は「忠義」かよ、なばかばかしさが際立ってシュールな感じになっていて、その雰囲気が好きだった。今回は、「忠義」のためにの心持のほうが強くて、そこを掛け違っただけな雰囲気。筋が通り過ぎて、そのすんなり感がどうにも物足りなさの一因かな。

そして源五兵衛@仁左衛門さん、なにかが違う…理詰すぎる。私の好みからすると仁左衛門さんの源五兵衛は人として一貫性がありすぎ。最初から最後まで「小万に惚れちゃった不破数右衛門」でした。だまされた悔しさ、に突っ走る。私からすると狂気に入り込んだという感じがしない。刹那的じゃないんだよね。だから私は殺しの部分が怖くなかった。得体の知れない不気味さを感じなかったのだ。歌舞伎の殺しの場の美学に昇華されすぎてる感じもした。仁左衛門さんはとても美しい。凄惨な横顔は絵のようだった。確かに恐ろしい姿ではあった。でも私は「どこかおかしい…パーツがどこか狂ってる?」と思わせるような歪んだものが見たかったのだ。仁左衛門さんは「盟三五大切」なら三五郎のほうが似合うし、なにより南北なら「四谷怪談」の伊右衛門のほうがニンだろうと思う。仁左衛門さんを見ながらずーっと「伊右衛門だ」「ニザさんは伊右衛門だ」と思ってた。

私はこの芝居には前半と後半に落差が欲しいのだ。江戸の生活のなかの表と裏、陽と陰。ただの大量殺人者だったものが赤穂浪士としてヒーローとして名をあげる、そんな歪んだ世界をもっと体現してほしかった。私は5年前にその歪んだ空間に触れてしまったのだと思う。たぶん、2003年の座組みを今やってもあの空間を感じることはできないかもしれない。だから追い求めるのはやめよう。違う芝居を観るのだと思ってこれからは「盟三五大切」を観ていこう。ただ、源五兵衛は個人的には今のところ幸四郎さんが一番のニンだと思う。

さて、個人的に二人の主役は物足りなかったのだけど、すごく良かったという役者さんも勿論いた。

小万@時蔵さん、この役は本当にニンに合っているのだと思う。小万@時蔵さんは婀娜な雰囲気と女房の雰囲気が混然としている。それが小万という人物を端的に現していると思う。源五兵衛が入れあげてしまうほどの芸者然とした姿のなかに三五郎の女房としての顔がしっかりある。ただの悪女ではないということが伝わるからこそ、殺される場が哀れなのだ。子供を自分の手で刺すことになる時の悲痛に胸が痛む。時蔵さん独特の静かさのあるオーラが際立った美しい小万だった。このところ、役者として乗ってるなあと感じる。

八右衛門@歌昇さんも良かった。いかにも実直な家臣。主人思いという部分にぶれがなく八右衛門の台詞のひとつひとつが真っ直ぐに伝わってくる。

小万の兄の弥助@左團次さんが一癖ある家主を演じて印象的。確かこの役、いつも左團次さんが演じてらっしゃるかな。滑稽なほどの強欲さをうまく体現なさっていて感心します。

全体的に役者は粒ぞろいだったという印象でまとまりのある芝居ではありました。