Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『四月花形歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』 昼の部』 1等A席前方花道寄り

2012年04月01日 | 歌舞伎
新橋演舞場『四月花形歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』 昼の部』 1等A席前方花道寄り

花形の『仮名手本忠臣蔵』昼の部初日を拝見。とても良かったです。皆が凄い気迫で見応えありました。初日でこれだけの出来とは。確実に次の世代が育っているなと感じました。

とにかく役者皆から『仮名手本忠臣蔵』という芝居を大事にしっかり伝えようという気構えをひしひしと感じられました。そしてその方向性で皆が一つになっていた。まずはそこに感動しました。まだいっぱいいっぱいでですし、必死すぎて緩急の緩が全然効いてないなど細かい部分を言えば粗は勿論あります。でも役をしっかり捉え、場の空気を作り観客を引き込ませることができていた。まったくだれることがなかった。皆、ここからがスタート。もっと良くなっていくでしょう。その先がきちんとみえました。

大序はまだ緊張のほうが強かったようですが三段目からどんどん良くなっていきました。芝居の密度の濃さは四段目が一番だったかな。道行は華やかで四段目の緊張から解き放たれホッとする場となっていました。

大序の様式美が私はとても好きです。今回はさすがに人形ぶりの部分はまだまだ。人形に生気が宿り、そこから物語が始まっていくという過程の部分がハッキリしない。あそこの場、難しいんですね…。しかし、生気が宿り物語が始まると役者が活き活きと立ち上がってきました。役柄をよく捉え物語の発端をよくみせていたと思います。三段目ではそれぞれのキャラクターの思惑を丁寧に演じしっかりと流れを作っていきます。四段目では物語の核になる緊張した場面を緻密に張り詰めた空気を最後までしっかり保って濃い空気を作っていく。個人的に非常に難しいと言われている四段目をあそこまで見せて来られたことに感動しました。判官@菊之助さん、由良之助@染五郎さんの集中度が凄かったように思います。そしてピンと張り詰めた四段目から一転華やかな道行。たっぷりとした踊りを見せて良い追い出しに。それにしてもほんと皆が役に体当たりして取りこぼさない。そこに熱があってとっても良い舞台になっていました。花形歌舞伎は時に若さが傷になることがありますが今回は良い方向にいっていると思います。またポイントポイントでベテランの役者さんがフォローし締めてくださっていました。色んな意味で芸の継承を感じさせる舞台でなんだか涙が出そうになってしまいました。

由良之助@染五郎さん、まだいわゆる出からいかにも由良之助といったオーラはまだあまり無いものの、出のところから気迫十分。判官切腹を目の当たりにし、辛そうに悔しそうに平伏する姿に判官への想いが溢れておりました。そしてその溢れる想いを押し殺し真正面からしっかりと判官の気持ちを受取り、複雑な思いを飲み込み腹を決める。代々続いた主君「塩谷家」の重みを背負っての覚悟の大きさと遣り遂げるという決意の鋭さがそこにあり、家臣を纏めるだけの品格の大きさを醸し出しておりました。引っ込みの場の抑えた思い入れもよく表現していたと思います。拵えも工夫していたのでしょうがしっかり由良之助でした。染五郎さんの由良之助はお父様の幸四郎さん写しですけど、声質のせいかほんのりと叔父さんの雰囲気もどこか漂う。またそれだけでなく、おじい様の白鸚さんの姿が透けてみえる部分がありました。声か雰囲気か、それにはちょっとビックリしました。幸四郎さんの由良之助には白鸚さんを感じたことがありません。しかし染五郎さんの由良さんにはほんのりとそのエッセンスがありました。

塩谷判官@菊之助さん、品がよくおっとりと爽やか。優しげな風情で高師直と若狭之助の間でハラハラと見守る風情が優しげ。三段目では丁寧に判官の心持の変化を表現。戸惑いから怒り、お家大事よりプライドが傷つけられた悔しさを少しづつ表情に出していく。怒りの表現が菊ちゃんにしてはかなりストレートでそこがとても良かった。四段目は覚悟を決めた儚さとともに切羽詰った感があって、由良之助へ想いを託す部分の切実さがよかった。揺れ動く情感をしっかり出していてお父様の菊五郎さんかと見間違いそうになること度々。菊之助さんはどちらかというとおじい様の梅幸さんを思わせることが多いですが今回はお父様写しでした。

高師直@松緑さん、老けで位取りの高いお役なので難しかったと思いますがよくこなしていたと思います。高師直の下世話さと憎々しさをきちんと出していましたし、判官@菊之助さんよく追い詰めている。高師直という役のキモの部分をわかって演じてるのがまず良い。また身体の使い方も丁寧で老け役のなかに大きさを出していてこれは大健闘。しかしちょっとこの役をやるには若すぎるかな、若さが時々ひょっこり顔を出します。高師直にある位取りの高さが自然に出てこないのと高師直の風雅からくる愛嬌はまだこれからですね。とはいえクセのあるお役をここまでしっかりこなせたら大したものです。あと台詞廻しの緩急をもう研究していただきたいな。松緑さんもこのお役ではほんのりとおじい様がみえたような気がします。

若狭之助@獅童さん、まずは拵えが良く似合っていました。また今までの獅童さんからすると想像以上にしっかりやっていました。若狭之助の熱血漢ぶりをよく表現している。相変わらず腰高で所作がバタバタしてしまっていますが、それをうまく若狭之助というキャラに転化できていました。台詞廻しも今まででしたら棒になりがちでしたが今回はそこにしっかり感情も入っていました。獅童さんはもっと所作事を勉強すればもっと伸びると思います。

勘平@亀治郎さん、まずは居住まいが華やかで色気があり二枚目風情も出ていました。踊りはとても丁寧に勘平の心持ちを表現していて的確。立役ですとまだ大きさがそれほど出なくて小ぶりなのがちょっと残念かな。また鋭い知が見え隠れして勘平のダメンズオーラがあまり出てない感じで若干、道行の忠信ぽいかも…まあ私の先入観も手伝ってしまっているかもしれません。個人的に踊りの柔らかさについ今の亀治郎さんにはお軽を演じて欲しかったなという思いをかえって強くしてしまいました。

お軽@福助さん、何度も手がけていらっしゃるお役なので手の内に入った踊り。丁寧に勘平を思うお軽を表現していきます。また勘平@亀治郎さんをしっかり立ててるのがさすが。いつもより抑えた踊りぶりだったように思います。ただ福助さんのお軽だと正直なところ若手ばかりのなかではバランスが悪い…。夜の部を拝見しないとわかりませんが福助さんはすでに芸格があがっていらっしゃるしベテラン役者のなかでお軽を演じてこそ光る役者さんだと思います。

顔世御前@松也さん、まずは品よく丁寧に丁寧に演じているのが良かったです。また憂いを帯びた佇まいが顔世御前らしい。久ぶりの女形でしょう、まだ体を作りきれてないかなという大ぶりさを感じましたが少しづつこなれていくでしょう。

足利直義@亀寿くんの、品よく丁寧にこなし存在感を失わなかった。

石堂@亀三郎さん、清潔感と情味があってとても良かったです。相変わらず良いお声です。

薬師寺@亀鶴さん、愛嬌が先にたつ。

原郷右衛門@薪車さん、抜擢といっていい配役だと思いますが十二分に応えました。無念の想いを胸に秘めつつ信頼できる存在としてしっかりそこにいました。

他に斧九太夫@錦吾さん、鷺坂判内@橘太郎さん、本蔵@幸太郎さんなどベテランがポイントポイントでしっかり演じてくださり若手を盛りたててくださっていました。