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詩客、相沢正一郎エッセーです。

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ことば、ことば、ことば。第25回 猫3 相沢正一郎

2015-03-16 10:58:01 | 日記
 《あるとき、ねこは 王さまの ねこでした。ねこは、王さまなんか きらいでした。/王さまは せんそうが じょうずで、いつも せんそうをしていました。そして、ねこを りっぱな かごに いれて、せんそうに つれていきました。/ある日、ねこは とんできた やに あたって、しんでしまいました。》と、100万回も死んで、100万回も生きた猫の絵本が、佐野洋子の絵本『100万回生きたねこ』。
 《あるとき、ねこは ○○の ねこでした。ねこは、△△なんか きらいでした》と、○○に、①王さま、②船のり、③サーカスの手品つかい、④どろぼう、⑤ひとりぼっちのおばあさん、⑥ちいさな女の子のことばがはいり、△△に、王さま、海、サーカス、どろぼう、おばあさん、子どものことばがはいります。そんな文章が100万回くりかえされるといいのですが、残念ながらすごく分厚い絵本になるからでしょう、たった六回(残念、というのは、佐野洋子の絵をもっともっと見ていたかったからです)。
 もっとも主役のこのトラネコ、なんとも生意気で傲岸な面構え。猫が死んだとき、猫の飼い主の王さまも船乗りも泥棒も、みんな泣いたのに、猫は平気。それがページをめくっているうちにその恐れを知らぬ雄姿にだんだん魅力さえ感じてしまいます。ところが、《あるとき、ねこは だれの ねこでも ありませんでした。/のらねこだったのです。/ねこは はじめて 自分の ねこに なりました。ねこは自分が だいすきでした》の文章の絵に、月と街燈の光りの滲む都会、ドラム缶の上で食べ散らかした魚のそばで仰向けに寝そべったトラネコが自由を満喫している。まるで①の王さまのよう(ここから、ものがたりの後半になります)。
 さて、この絵本、読者によっていろんな読み方ができます。また絵本をひらくたびに新鮮な謎に出会います。なんども読むことで謎が解ける、というものでもありません。100万回読んだとしても、100万回の謎が生まれてきます。今回読んで、こんなことを考えました、というぐらいの気持ちで思ったことをここに書いてみましょう。
 主人公のトラネコが自分自身の王さまになった途端、ものがたりが転調します。前半と後半は同じページ数でまっぷたつに分かれています。夢や芝居、オペラや映画のように日常から離れたドラマチックな前半のカラーからモノクロの日常へと。絵本の真ん中で劇的な夢をみたトラネコが、都会の片隅で目覚めた、とも読めます。そして、前半と後半はシンメトリーになっているんじゃないか、ということです。そして、ものがたりの前半を後半なぞっている――と、あくまでも一つの読み方ですが……。
 前半、②船乗りの猫だったときの絵に、船の下に三匹の魚が泳いでいましたね。後半、主人公のトラネコのお嫁さんになりたくて、たくさんの雌猫がプレゼントやお土産をもって集まってきます。その中におおきな魚をもってきた雌猫がいました。《おれは、100万回も しんだんだぜ。いまさら おっかしくて!》と、だれよりも自分が好きなトラネコは相手にしません。それなのに、トラネコはとても気になっている白い猫の気を引こうと三回宙返りして(③)《おれ、サーカスの ねこだったことも あるんだぜ》と言います。
 ④の泥棒のお話で(犬に猫が噛み殺されたとき)泥棒は金庫をこじあけダイヤモンドを盗んでしまいましたね。後半では白い猫が子猫を生みます。⑤のよぼよぼのおばあさんの膝の上でよぼよぼに年を取って死んだ猫のお話は、子どもたちがおおきくなってどこかへ行って、白い猫もおばあさんになったお話と響きあいます。《ねこは、白いねこと いっしょに、いつまでも 生きていたいと 思いました》。それから、⑥のちいさな女の子が猫を人形のように文字通り「猫かわいがり」して、とうとう《ある日、ねこは、女の子の せなかで、おぶいひもが首に まきついて、しんでしまいました》お話の女の子の無邪気さと不気味さ、残酷さは、なんだか死の女神みたいでした。後半の最後、白い猫が死んでしまったとき、《ねこは 100万回も》泣く。それから、白い猫のとなりで死ぬ。《ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした》。
 さて前半、王さまや船のりや手品つかいや泥棒やおばあさんや女の子はトラネコが死んだとき主に庭の木の下(放浪していて庭のない船乗りは港町の公園の木の下、手品つかいはサーカス小屋の裏)に埋めました。後半、絵の舞台は都会から草原に移り、柵のむこうにまるで猫の心象風景のようなおおきな家とおおきな木(前半では、舞台の背景に猫が溶け込んでいたのに、こんどは家も木もだんだん離れていきます)。最後のページ《ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした》の文章の絵は、家と木がちいさく遠ざかり、草花がいきいきとひろがっています。
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