詩客 ことばことばことば

詩客、相沢正一郎エッセーです。

ことば、ことば、ことば。第26回 本当の事を云おうか 相沢正一郎

2015-04-19 10:20:18 | 日記
 《人生は歩きまわる影法師、あわれな役者だ……》(小田島雄志訳『マクベス』)など、シェイクスピアの名言の豊饒さにびっくり。それに比べて、ベケットやピンター、別役実以降のあたらしい劇作家には、一読、観客(読者)の記憶につよく刻み付けられる「ことば」がありません。おなじようなことが小説にも詩歌にも言える。こんなにキャッチコピーが飛び交う時代なのに……いや、だからでしょうか。わたしも自分の作品に名句らしいものが混じると、全体のなかでそこだけ手触りがちがうような気がして落ち着きません。
 「名言はあったほうがいい」とか、「いまではリアリティーを感じられない」といった議論をしたいわけではありません。(わたしは名文句が好きで意識的によく引用しますが)。谷川俊太郎の連作「鳥羽」の1の《本当の事を云おうか》は、一読こころに焼きつきました。その後、このことばに大江健三郎の小説『万延元年のフットボール』で出会いました。(つかこうへい劇団の名役者、風間杜夫にも同名の本がありました)。村上春樹の小説『1973年のピンボール』は、大江の小説の題名に触発して書かれたんじゃないか、とも思うんですが――このようにことばは響きあって、世界にひろがっていく。さて、「鳥羽1」ではこのフレーズの後は、《詩人のふりはしているが/私は詩人ではない》。
 谷川、二十一歳のときに出版した処女詩集『二十億光年の孤独』(一九五二年)に《あの青い空の波の音が聞えるあたりに/何かとんでもないおとし物を/僕はしてきてしまったらしい》(「かなしみ」)という作品があります。それから三年後の『愛について』に《ここで一緒になわとびをしよう ここで/ここで一緒におにぎりを食べよう/ここでおまえを愛そう/おまえの眼は空の青をうつし/おまえの背中はよもぎの緑に染まるだろう/ここで一緒に星座の名前を覚えよう》という作品がありますが、「地球へのピクニック」という題名と照らしてみますと、そのあとの潮干狩や「ただいま」「お帰りなさい」の挨拶、熱いお茶を飲んだり涼しい風に吹かれたり、といった些末な日常をおくっている《ここ》が新鮮でふしぎな場所に変わります。
 《本当の事を云おうか》のあと、「○○のふりはしているが/○○は詩人ではない」の○○に人間と入れてみたくなるのが『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(一九七五年)の「芝生」《そして私はいつか/どこかから来て/不意にこの芝生の上に立っていた/なすべきことはすべて/私の細胞が記憶していた/だから私は人間の形をし/幸せについて語りさえしたのだ》。DNA理論とも重なるし、なにかユングをも感じさせます。また、こうした「宇宙の孤独」とでもいった感覚は、村上春樹、スティーブン・スピルバーグなど「ひとりっ子」と関係があるような気がします。
 《みみをすます/きのうの/あまだれに/みみをすます》ではじまる『みみをすます』(一九八二年)に収録されたタイトルと同名の作品。やわらかい「ひらがな」が雨だれのように読者の耳に沁みこみます。《はだしのひたひた》や《しんでゆくきょうりゅうの/うめき》などの音を目をつむって耳をすましているのは誰でしょう。わたしには、宇宙の時間・空間に眠っている子ども(キューブリック監督『2001年宇宙の旅』)――そんなイメージがありました。こうした宇宙の眼差しは、日常の些末な出来事を愛おしく変え、どんな悲劇でも喜劇にしてしまい、そして喜劇の饒舌の底に孤独の沈黙をひろげる。
 作者が作者自身を《私は背の低い剥頭の老人です》と戯画化して描いた「私」(『私』(二〇〇七年))にも、詩人と詩のあいだに宇宙の眼差しがあります。はじめにベケットやピンター、別役実など「不条理劇」と呼ばれた作家をあげましたが、アイデンティティーを失った登場人物に、現在では逆にリアリティーを感じてしまいます。現実的に考えてもずうっと同じアイデンティティーのほうがよっぽど不自然。たとえば講師の「私」の場合、学生、友人、妻、子どもに向きあっているとき、ひとりでいるときでは、当然ちがう顔をしている。先ほどの《本当の事を云おうか》のつぎの○○は、みんな時間、場所によっていろいろです。谷川俊太郎は、ピカソのようにスタイルを変えます。また、詩人、作詞家、翻訳家、絵本作家、脚本家などの顔をもっていますが、そっちのほうが自然なのかもしれません。
 『日本語のカタログ』(一九八四年)に収録された「人達」には、事務員、会社役員、バーテンダー、漁師、フリー・ライターの年齢のちがう五人の男女を作者が演じています。また、前述した「私」のほかにも、一見私小説風な「世間知ラズ」(『世間知ラズ』(一九九三年))などの自画像も、詩人が楽しんで「谷川俊太郎」を演じているようにも思えます。
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