「詩客」エッセー 第2週 

毎月第2土曜日に、遠野真さんの連載エッセー全13回、藤原龍一郎さん、北大路翼のエッセーを各1回掲載いたします。

いちばん美味しい星の食べかた 第2回 サワダのこと 遠野 真

2016-01-31 16:40:16 | 日記
「頭悪いやつのほうがおもろいに決まってるやん」と彼は言った。
 僕と高校時代の同級生だったサワダ(仮名)は、ノリがよくおしゃべりで、イケメンではないけれどスポーツ万能、誰が見ても学年の人気者、という感じの男子だった。
 僕の通っていた高校は、Ⅰ類、Ⅱ類、Ⅲ類というふうに、出願の時点で学力別にクラスが決まっているのだけれど(数字が多いほど賢くて生徒数が少ない)、部活動に関しては全クラス合同なので、Ⅰ類の彼とⅡ類の僕は同じバドミントン部で知り合うことが出来た。
 バドミントンというのは地味なスポーツだから、入部するメンバーも自然と地味になる。女子には日焼けの心配がない運動部として人気だったけれど、男子はどこの学校でもまぁひどいもんである。はっきりとそのせいだとは言えないけれど、半年もしないうちにサワダはバドミントン部を見限り、硬式テニス部に転部してしまった。
 退部して以来、部活帰りの自転車置き場や、休み時間の廊下で、サワダがテニス部の垢抜けた連中と楽しげに話し込んでいるのをよく見かけた。いろいろと波紋は呼んだけれども、彼の転部は正解だったのだ。
 進級を控えた春休み、久しぶりにサワダを交えて、バドミントン部のメンバーで遊ぶことになったのだ。そこで彼と話した時に、冒頭の言葉が出た。
 それまで特に上とか下とか意識せずに付き合っていたサワダに、完全に打ちのめされて、僕は返す言葉に詰まり、黙りこんだ。当のサワダはそんな僕の様子など全く気にしていないふうだったのが、なお恐ろしい。
 つまりサワダは、「お前は俺よりつまらない人間だ」と言ったのだった。
 後から考えてみると、たしかに彼の言ってることはものすごくざっくりとした条件をつければ正しいと思えた。でもその場で反論する余裕はなかったし、そんなことをしてもサワダの人間観は変わらないだろう。とにかく、僕にはサワダを説得する力量がなかった。

 二年生になった春、やむを得ない事情で僕はひとり暮らしを始め、それに合わせて部活を辞めた。サワダと僕は実力的に部のツートップになることを期待されていたから、顧問やキャプテンを失望させてしまったかもしれない。でも、仕方ないことだった。
 ひとり暮らしは事前に考えていたほど忙しいものではなかったし、掃除や料理を終えればかなりの自由時間が出来たので、それまでの人生で一切縁がなかった読書を趣味にして、詩を書いたり、美術館に行ったりするようになった。それら全てが一人でちまちまとすることだったから、僕は自分と対照的な存在として、ときどき、サワダのことを思い出した。この文化的で地味な遊びの楽しさはたぶん、彼の言う「おもろい」の埒外なのだ。その埒外をそもそも全く相手にしないで、自分が面白いと感じるものを素直に信じて、自分とはこういうものだと他者に表明する。それだけのことが十六歳の時点でできているサワダは、僕より大人だったのだかもしれない。
 反対に僕はいまだに自分の「おもろい」を疑ってばかりいる。あれもできそう、これもできそう、でもあれも違う、これも違う、で八方塞がり、流れ流れてたどり着いた短歌でたまたま賞に選ばれただけの宙ぶらりん人間だ。僕は、サブカルの世界にどっぷりと浸かることもできないし、リア充の世界にもぐりことも出来ない。どちらかを選ぶということは、どちらかを捨てるということだ。「おもろい」を恣意的に限定することなく、サブカルとリア充を両立している人間を僕は知らないし、おそらく存在しない。みな何かの価値観を棄却したり下に見たりすることで、自分を正当化して生きている。それでも、僕はどちらの(どの)可能性も捨てたくないのだ。
 サワダも僕も、スマブラとドッジボールしかすることがないような小学生だったのに、片方はリア充まっしぐら、片方は文芸の、それも短歌という小さなジャンルで新人賞を獲った。
 「そちら側」から、文芸の世界に攻め入ることができたことは、今後、僕のアイデンティティになるのかもしれないけど、文芸と真剣に向き合うほど、それは先々弱点になるという予感がある。バイオリンの奏者が練習を始めた年齢で区別されるように、文芸もまた、幼い頃から本に親しんできた人とそうでない人には、抗し得ない力の差があるというのが、短歌の世界に入って一年経った僕の率直な感想だ。
 何かを両天秤にかけて、片方がダメになったとき、もう片方に色気を見せるのは人情というものである。ある日、録画した「こじらせナイト」を見ていたら、能町みね子が「運動できるんだから、普通にEXILE聴いてりゃいいのに」と言っていた。
 まったく。

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