「詩客」エッセー 第2週 

毎月第2土曜日に、遠野真さんの連載エッセー全13回、藤原龍一郎さん、北大路翼のエッセーを各1回掲載いたします。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

いちばん美味しい星の食べかた 第13回 ポッピンQとナマの記号 遠野 真

2017-01-08 11:39:47 | 日記
 アニメの視聴には決まり形をなぞる気持ちよさがある。乙女ゲームが何百もの作品に渡って、ある共通したキャラカテゴリを生み出してきたように、萌えキャラが髪の色で分類されるように、別の人(作品)が代わる代わるそこを押してくれる限り、同じツボを何度押されても快感が尽きないということにアニメの良さの一つはある。とはいえ、ツボさえ押さえてくれればそれでよくて、脚本や絵の出来栄えを気にしない視聴者がたくさん存在することもおそらく事実で、今のテレビアニメは、荒唐無稽なツボの押し合いということもできる。
 受け手と作り手の共犯関係のなかで、ツボという記号は氾濫し、オリジナルを失し、独り歩きをはじめた。それら氾濫した記号のどれを選び、どう調理するかということに、動かしがたい「良さ」の基準はある。
 さて、最近のアニメ業界だが、円盤バブル崩壊後の不況や、原作の弾切れに並行するマンネリの深刻化、放送落ち・過酷な制作環境の周知などネガティブな話題に包まれていたようだ。
 記号は氾濫期を終えた。既存の形態で作られ、放送されるテレビアニメはもうやり尽くされた。かねてからの疑念が事実に変わりつつあった2016年の最後に、問題作「ポッピンQ」は出てきた。
 ストーリーを概観すると、女子中学生が異世界に連れ去られて、同い年の女子5人とダンスで異世界を救いつつ、それぞれの失敗や弱さを乗り越えるという王道をゆくものだ。だが、そこはそれ東映60周年記念作品、侮るなかれ、今のアニメを分解してすし詰めに再構築したようなツボ連打ぶりがすごいのだ。いちど視聴してみてほしい。このアニメを楽しめるかどうか、どのように楽しむかで、なんとなく創作物と自分の立ち位置や関係性が見えてくるのだ。
 主人公以外のヒロイン四人は、見た目と性格と、乗り越える葛藤以外の情報は削がれているし、尺もほとんど用意されていない。でも、楽しめてしまう。他作品や実人生でつちかわれた補完能力が、いかに価値判断から筋書きのよしあしを置き去りにしてしまうのだ。
 個人的には、これも記号化されたキャラクターである「謎の小さい生物」が、「同位体」という、「女子中学生がダンスで世界を救う!」にはそぐわない、ラノベの設定資料がそのまま顔を出したような固い名前で呼ばれていることがいちばん面白かった(けなしているのではない)。
 他にも様々、主人公がおばあちゃんにされたり、文字通り「クスッ」と笑うメガネ男子が出てきたり、友情が異世界にいる間だけだったり、娘の心情をメタってくるお母さんのちょっとしたセリフが妙に同時代的だったり、語るネタが押し寄せてくる90分だった。打率をあげようとするのは作る側の努力だけれど、見る側の気分はまるでストライクゾーン全部を覆えるバットでぶっ飛ばされた硬球のようだ。(人によってはピンポン玉くらいかもしれない。)
 ともあれ、自分を試すアニメ体験を、ぜひ味わってみてほしい。
 うろ覚えだが、劇中のセリフを引いてみる。
「人はまばたきをするくらいの時間しか生きられない。僕は君たちに成長してほしいんだ」
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« いちばん美味しい星の食べか... | トップ | エッセー タクシードライバ... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。