「詩客」エッセー 第2週 

毎月第2土曜日に、遠野真さんの連載エッセー全13回、藤原龍一郎さん、北大路翼のエッセーを各1回掲載いたします。

いちばん美味しい星の食べかた 第9回 邦題のとなりに 遠野 真

2016-08-31 00:48:23 | 日記
 さいきん海外のオーディション番組The Voiceにハマったせいで、洋楽を聴くことが増えた。昨シーズンまで審査員を務めていたファレル・ウィリアムスのウィキペディアを何の気なしに読んでいたら、
「ブラード・ラインズ~今夜はヘイ・ヘイ・ヘイ♪」
というタイトルが見つかった。彼が2013年にプロデュースしたロビン・シックの楽曲 ”Blurred Lines” の邦題である。
 今回は、これを読む皆さんが、このタイトルの波ダッシュ以降に何らかのヤバさを感じること前提で、ダサい邦題について書いてみる。

 好意的に読めば、波ダッシュ以降の言葉を付したのは、原題をそのまま横文字にしても意味が通じないから、という配慮なのかもしれない。しかし、その付け加えられた部分もよく考えると意味がわからない。
「~今夜は(呼びかけ)・(呼びかけ)・(呼びかけ・四分音符)」。
 今夜はヘイ・ヘイ・ヘイ、と発話することは日常生活ではありえないから、平常のテンションを離れた事態がこの曲の世界にはあるという遠回しなプレゼンなのかもしれない。ともすれば醒めた客観に覆われがちな現代社会の中にあって、ショービジネスという非日常の世界がまだ生きているというメッセージがこの放題には込められている……という評をする、かもしれない。もしこれが短歌だったら。
 ともあれ、いったい誰がこの冗句を考え、認可しているのだろう。映画や音楽でこの感じの邦題を見ると、無反省に「昭和」のラベルを貼ってしまうのだけれど、じゃあその世代が死んでしまったら、いずれは「この感じ」もなくなってしまうのだろうか。それはそれで寂しい気もするし、一刻も早く死に絶えてほしい気もする。
 でも、思うのだ。こういったダサいとすぐにわかる言葉遣いがあってこそ、「かっこいい」言葉が規定できると。悪いものなくして良いものはありえないし、ある表現を美しいと感じるとき、そのすぐ下には無数の「~今夜はヘイ・ヘイ・ヘイ♪」が蠢いている。たとえそのセンスが滅びても、人は新たな「~今夜はヘイ・ヘイ・ヘイ♪」を作り出すのだ。

 ところで、このタイトルから生じるヤバさは、日本の古典文学を「日本語」だと思って読んでいる時の感覚と似ている。「いとをかし」と「~今夜(略)」はどちらもある種の異言語だし、現代語からすればどちらもアブノーマルである。言葉の意味は通じるにしても、「~今夜はヘイ・ヘイ・ヘイ♪」語の話者はどこにもいない。どこにもいないけれど、僕達の日本語に刺ささったまま、つながっているのだ。何か書くということは、「~今夜はヘイ・ヘイ・ヘイ♪」と接続することだ。見方によっては詩もヘイ・ヘイ・ヘイも同じだし、仲間である。……仲間なのだ。
 実は、このタイトルを目にした時、ダサい、ない、とバカにしつつも、僕の心は温まってしまっていた。おぞましいことに、このタイトルをタイトルとして素直に喜んでいる自分がいるのだ。この上は、僕だけではなく、みなさんもそうであることを期待するしかない。
 
 締め方がわからなくなってしまったので、リンクを貼ってお茶を濁そう。邦題のセンスの酷さはしょっちゅうネタにされているけれど、モノに触れてからタイトルに戻ってみると、惨めさが倍増する。
(https://www.youtube.com/watch?v=yyDUC1LUXSU)
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