「詩客」エッセー 第2週 

毎月第2土曜日に、遠野真さんの連載エッセー全13回、藤原龍一郎さん、北大路翼のエッセーを各1回掲載いたします。

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いちばん美味しい星の食べかた 第6回 個人戦はヒトの本領じゃない 遠野 真

2016-05-29 11:45:56 | 日記
 ついさっき、アトレティコが負けた。チャンピオンズリーグの話だ。

 レアル・マドリーとの決勝戦は九十分での決着がつかずの延長戦へ突入、消耗しきった両チームから脚を引きずる選手が続出したが、その頃には残った交代枠もなく、かといってピッチを出て休める状況でもないから、それぞれが痛みや悪化の恐怖を無視して走りまわっていた。選手とクラブこの試合に勝つためにサッカーをやっているようなものだから、毎年ここでしか見ることのできない熱がある。野蛮で必死だけど、熱くて美しいのだ。特に、戦術とモチベーションの両面で密に組織だてられ、ピッチを駆けずりまわるアトレティコの選手からは、宗教的な狂気すら感じられた。
 けど、それでも負ける。
 PK戦の末に泣き崩れたアトレティコの選手を見て思った。どうして、決着がつくというそれだけのことが人を、敗者をこんなに美しくするんだろう。どうしてこんなに感動してしまうんだろう。僕もこんなふうに美しい世界の一員になりたい。負けてもいいからなりたい。

 いま書きながら考えたことだけれど、たぶん彼らがそんなにも美しかったのは、彼らが限界近く力を発揮しようとしたからで、たぶん、人間の持てる能力は、規律の行き届いた集団がある特別なシチュエーションに置かれた時に最大限発揮されうるのだ。
 個人戦はヒトの本領じゃない。

 この決勝戦に比べてしまうと、どうにも文芸は行為や行為者そのものへの感動から遠くおもえてしまう。勝敗もなければ、作者の熱や必死さを直接見ることもできない。
 見える部分といえば、ピッチを走り回るかわりに近所を散歩することくらいである。そこに美しさや熱狂はない。あるとしても脳みその中だけで、そんなの誰も知ったことではない。
 書くことは個人戦の極地だから、勝敗を措くことが簡単にできてしまう。勝ち負けの符号を避け、さじ加減ひとつでどうとでも言える所への逃避を、選手である作者に許してしまう。
 たとえそれが文芸の本質だとしても、そうではない隅っこで、勝ち負けがつく何かがあればいいと願ってる。
 本が売れるということも考えたけど、それは人生の勝者なのであって、たくさんの作品が出会う一度きりの勝負形式ではない。何より本が売れること自体に勝負の熱狂はない。
 誰でも見ることが出来る、形式的な勝負の場があってほしい。
 書くことは自分を一人にする行為だから、勝負という基準から逃げることがいくらでもできでしまう。でも、それではいつまでたっても名誉ある勝者や、美しい敗者が生まれない。
 人を美しくする勝負が、文芸の世界にもあっていい。勝負の場自体が俗っぽくても一向に構わない。場の性質がどうだろうと、真剣な戦いさえあれば、それが人間の美しさの底を見せようとするから。
 新人賞でも、歌合わせでも、詩のボクシングのようなものでもいい。
 書くことや読むことを、もっと勝負の形式で、祭りのように楽しみたい。
 言葉で何かをあらわそうとするときに、内面に深く潜ることを誰だってするけれど、そのことと、書くということに興行として外から盛り上がりの要素がついてくることは、まったく 別のことだし、矛盾しないはずだ。
 僕は去年、ちいさな新人賞で勝った。
 次の受賞者も数ヶ月後には決まっている。
 その時には、文芸上では貴重な勝負の場として、勝者と敗者を見ていたい。

 ここまで書いて、一度勝ち取ってしまうともう出すことができないのは、変だなという気もしてきた。サッカーには連覇がある。将棋のような個人戦にも永世位がある。それが文芸にはない。新人という縛りを取り払って、過去の受賞者がもう一度出していいというルールの賞があっても面白い。
 とにかく僕は今朝のアトレティコのような、大勢の感情が渦巻いて異常な熱をなすような状況に、文芸の世界で出会ってみたいのだ。自分が参加者なら最高だけれど、立ち会えるならそれだけで幸せだから、傍観者でも結構だ。
 文芸が自分本位の物差しで満足できてしまうことに、僕はもう倦んでいるのだ。
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