錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

中村錦之助伝~映画界入り(その3)

2012-11-16 11:32:43 | 【錦之助伝】~映画デビュー
 まず、ひばりの妹の佐藤勢津子はこう語っている。

――中村錦之助さんの写真を、姉と私たちは間坂の家のお茶の間で初めて見ました。家族全員が「可愛い~!」の一言。凛々しい錦兄のプロフィールに、姉はいっぺんで気に入った様子でした。

 これは、福島通人が錦之助に会って出演交渉する前のことだったと思われる。福島からもらった錦之助の写真を観て、ひばりと母喜美枝がオーケーを出し、それで福島は急いで本格的交渉に入ったにちがいない。
 その時ひばりと家族がみんなで見た錦之助のブロマイド、いわばお見合い写真が「姉・美空ひばりと私」(一九九二年十月発行 講談社)に載っているので、転載しておこう。



 錦之助が二十歳の頃の歌舞伎若手時代のブロマイドである。甘いマスクの、確かに若い女性が見たならば、うっとりと見惚れてしまうような写真である。
 その時、ひばりも母の喜美枝もぜひとも錦之助が出演している歌舞伎座の舞台を見たいと思ったのだろう。数日後、わざわざ暇をさいて、上演中の「明治零年」を見に行った。錦之助が新撰組の隊士をやっている芝居を、である。


「明治零年」の舞台 右端が錦之助(島田魁)

 この「明治零年」に出演した時の錦之助は、新聞でも取り上げられ、褒められた。錦之助が立役で初めて評価されたのだったが、これが歌舞伎界で飾る有終の美になろうとは公演の中日あたりまでは思わなかったであろう。
 ひばり母娘が歌舞伎座へいつ行ったのかは分からない。十一月はひばりが松竹大船で『お嬢さん社長』を撮り始める頃で、それがクランクインする前後のことだと思う。歌舞伎座公演は一日から二十六日までなので、その期間、それも後半だと思う。この時はすでに福島が錦之助との出演交渉を終え、ひばりの相手役に錦之助が決まっていた。

 ひばりと母喜美枝はわざわざ錦之助の楽屋を訪ねた。この頃ひばりは飛ぶ鳥落とすほどの大スターである。二人が表敬訪問するというのは異例のことだった。その時のことが、大下英治著「美空ひばり」(平成元年7月発行 新潮社)に書いてある。何を参照して、あるいは誰に取材して大下英治がこの部分を書いたのかは不明である。その後の「ひよどり草紙」撮影時のエピソードも出てくるが、区切りの良いところまで引用しておこう。

――共演が決まり、ひばりは、喜美枝といっしょに歌舞伎座に錦之助を訪ねた。たいていの共演者は、ひばりが挨拶に訪ねると恐縮するものだが、彼ははソッポをむいた。
 喜美枝は、引き揚げるとき、ひばりに吐き捨てるように言った。
「生意気な人だね」
 しかし、いざ撮影に入ると、おもしろいことばかり言って、ひばりを笑わせた。
 ひばりは、映画界の先輩として、歌舞伎界からやってきた彼に、メーキャップの仕方や、歩き方まで細かく教えた。
 そのあとで、ひばりと喜美枝は錦之助と撮影所の食堂でいっしょになった。
錦之助は、
「おれは、この世の中で苦手ってものがないけど、ひばりちゃんだけは、またく苦手だぜ。いろいろうるせぇしさ」
 そう言って、高笑いした。
 それまでの共演者であったら、「こんな失礼な共演者は、お断り」と、ひばりと喜美枝が硬化するところだ。が、あまりにもあけっぴろげな、カラッとして竹を割ったような錦之助の性格に、ひばりも喜美枝も、逆に好意を抱いてしまった。
 ひばりは、錦之助のことを「錦兄ィ」と呼び、慕うようになった。


 会話の部分は、大下英治の創作であると思うが、ひばり母娘が錦之助を気に入っていく過程はいかにもこんな感じだったのだろうと思わせる。ただし、ひばりが「錦兄ィ」と呼ぶのは、ずっと後年になってからで、このころは「ボンボン」と呼んでいたはずである。


「ひよどり草紙」美空ひばり、錦之助

 ひばり自身はこの頃の錦之助について、こんなことを語っている。(昭和29年11月発行「平凡スタアグラフ 中村錦之助集」)

――今度の相手役は歌舞伎の中村時蔵さんの息子さんですよ、といわれて、きっとコワイ方にちがいなワと、ひとりで想像しちゃったんです。ところが、歌舞伎座の楽屋で初めて会ったときから気軽でキサクないい人だなァ、と思っちゃった。

 美空ひばりが錦之助に好意を抱いていく過程は、ブロマイド、舞台の新撰組隊士、楽屋で本人との初対面、映画がクランクインしてからの撮影中ないし休み時間の付き合い、と四段階あった。そして、急上昇するようにエスカレートしていった。
 
 錦之助は、そんなひばりのことを最初どう思ったのであろうか。
 後年、錦之助はひばりとの対談でこんなことを言っている。(「平凡」昭和31年4月号)

錦之助―ひばりちゃんは、はじめて会った人から誤解されて、ぶってるとかなんとか云われるだろう?
ひばり―そうらしいわね。
錦之助―ぼくがそうだったんだ。(笑)ほら、はじめて歌舞伎座のおやじさん(時蔵)の部屋でひばりちゃんに会ったとき、なんだかぶってるし、ぼくも短気だから「なにおー」と思っちゃった。それで、白状するとネ、まだ時間があったけれど、「もう、顔をしますから」と云って、顔をこしらえに立ったんだ。(笑)
ひばり―こっちはこっちで、「なんてまあ、このひとは無愛想なんだろう」と思ったわ。(笑)
錦之助―ひばりちゃんはいいひとだな。つきあうと好きになる。


 大下英治が、錦之助は「ソッポを向いた」と書いているその真相は、こういうことだった。美空ひばりの「ぶってる」ポーズに、ちょっとムカッと来て、途中で話を切り上げ、顔を作る言って鏡に向かってしまったというわけだ。本当は照れくさかったのかもしれない。
 戻って、錦之助がひばりの主演映画に出ることに関して、歌舞伎界はどういった反発を示したのであろうか。





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