80歳に向けて・「新風来記」・・・今これから

風来居士、そのうち80歳、再出発です。

風来迷想録 (その2)

2017年03月30日 08時32分03秒 | 考える
風来迷想録 (その2)

ただただ信ずること。
何も考えずに信ずること。
それが信心の始まりだ。

が、私には、それがもっとも難しい。
 

人は、誰もが、それぞれに時間を持っている。
しかし、それは限られたものでしかない。 
そこがなかなか分からずに、人は時間を無駄使いする。 

何をやろうとしても、「今さら」
何を考えても、「不安」
無駄と無意味感が付きまとって離れない。 

で、行動を躊躇してしまう。
だが、人が躊躇しようとするまいと、時間が止まることはない。
どんなに偉大な存在であっても、時間を止めることは出来ない。 
たったの1秒ですらも・・・。


人は、出来得る限り、良い面を強調しようとするが、
ものには常に良い面と悪い面が共存している。
さらに言えば、実際は、圧倒的に 「悪い面」 が強調されやすい。

曰く、絶えられぬ孤独感、無能感、無用感、不要感・・・。 

あぁ、まただ・・・!!  

一体、私は、何を信じればいいのか?
いつの間にやら、70歳。
人生、ここが折り返し点。 

過去、70年間を土台に「私」を再構築していく時だ。
・・・土台作り・・・?

振り返れば、穴だらけ、傷だらけの土台がむき出し になっている。
ここに、一体、何が築き上げられるというのか?

パートナーもなく、ただ独り、土台の作り直しから・・・? ()

それは取りあえず後回し。
これも、あれも、ちょっと置いておいて・・・
どのみち、穴を埋め、傷を塞ぐことから始めなければならない。

いずれ、始めさえすれば何とかなるだろう・・・
とは、不安の裏返し、そして無気力。


今、私の手元には、何ひとつ、形あるものが無い。   


夫の苦悶煩悶には全く風馬牛で、子供さえ満足に育てればいいという
自分の細君に対すると、どうしても孤独(ロンリーネス)を叫ばざるを
得なかった。 ・・・田山花袋「蒲団」より
  

こういう文章を読むと、まぁ、女房 = 母親とはそういうものかもしれ
ないと納得しつつも、ちょっと身を引く自分がいる。

独身で良かったのかもと、ちょっと考えてしまったり・・・。

まぁ、これって、「持たぬ者の強がり」 でしかないのは承知の上なんだが。
   

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