とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

一瞬の出来事

2013-11-30 23:13:39 | 日記
一瞬の出来事



 「受胎告知の天使」(1527年) ロレンツォ・ロット作
  
 16世紀のヴェネツィア派の画家。反古典主義的構図などが特徴。後に対抗宗教改革的で、民衆の宗教感情に裏打ちされた作品を制作した。構図というかポーズというか、まことに華麗で神秘的である。このままの姿が今にも立ち現れそうなリアルな動きを感じさせる。ロレンツォの作品は宗教画の中でも特異な存在感がある。

 
 ある朝、私と長柄さんが連れ立ってご縁市場の事務室に入ると、古賀所長が稽古場へすぐ二人を案内しました。今、立ち稽古が始まったところだよ、ベストメンバーで今日は始まるはずだからいいチャンス、さあ、入って入って。と二人を誘い入れました。舞台にはなるほど雪月花のキャストたちが勢揃いしていました。スタッフもきびきび動いていて、見ている側も気持ちがウキウキするような雰囲気でした。喜多川さん、松江さん、また、周囲の補助的なスタッフも勢揃いしていました。しかし、脚本の里見多歌さんの姿は見つけることはできませんでした。
 私たち三人は新しく出来た客席に座りました。天井を見上げると客席の後ろから舞台の中央に二本のロープが張ってありました。あれは何ですか。私は古賀さんに尋ねました。仕掛けですよ、もう一人の阿国が空を飛びながら現れるシーンがありますから、佐久良さんも大変です、何度もこれからテストされると思います。古賀さんがそう説明してくれました。空を飛ぶんですか。私は背筋がゾクッとしました。この前の夜のことを思い出したからです。安全確認は十分にしてあると思います。古賀所長はそう答えました。


 華龍さんのご主人の琢磨さんも出演されますね。・・・私は久しぶりに姿を見たので古賀さんにそう尋ねました。

 華龍さんが大舞台に立つようになってから陰で支える立場になって、ご苦労が多いようです。でも、もともと湖笛の実質上のオーナーでしたから、スタッフたちもキャストたちも一目置いているようです。

 そうですか、酒蔵で練習なさっていたころを思い出します。

 もともと才能のあるお方ですから、いずれ出世しますよ。

 男役は新阿国座では貴重な存在ですからね。

 そうです。引き立て役ですが・・・、そうだからこそ実力が備わっていないと・・・。この舞台が成功すると彼は資格試験に臨むと思います。

 おい、焦げ臭いにおいがしないか。・・・長柄さんが私の肩を突いてそう言いました。

 そう言えば・・・。・・・私は会場を見回しましたがそれらしい異状は認められませんでした。もしかして・・・、と思って後ろの入り口を振り返ると、鋭い目つきをした男がじっと舞台を見ながら何か壜のようなものを持っ立っていました。あっ、火炎瓶!! そう思った途端に男は舞台めがけて走り出しました。裏切り者!! そう男は叫んでいました。舞台の一番前には佐久良がいましたので、咄嗟に私は、佐久良、危ない、逃げろ!! と叫びました。佐久良の顔が真っ青になりました。佐久良は足がすくんで動こうともしません。佐久良、お前はこんな田舎劇団に隠れていたのか!! そう叫ぶと火炎瓶を投げつけました。すると琢磨が素早く佐久良の前に出て両手を広げて庇いました。火炎瓶は琢磨の胸に当たって炎がはじけ飛びました。舞台の女性キャストたちは悲鳴を挙げて逃げまどいました。傍にいた若いスタッフたちが上着を脱いで琢磨に被せて火を消し止めました。客席にいた私たち三人はその男を押し倒して体の上に乗りかかりました。男はそれでも、卑怯者!! と言いながら舞台に上がろうとしました。古賀さんが男をとり押さえながらケイタイを取り出して警察に通報しました。・・・数分後、パトカーと救急車の音が聞こえてきました。

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