とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

暗闇の中で・・・

2014-03-30 22:34:02 | 日記
暗闇の中で・・・。




ジャン オーギュスト ドミニク・アングル「シャルル7世の戴冠式のジャンヌ・ダルク」(1851-54年 ルーヴル美術館蔵)


 長い間、私はまた暗闇の中に閉じ込められていました。今までと違う点は、そこから出ようともがかなくなったことです。自然になされるまま私は身を委ねていました。時間の感覚はなく、夢を見ているような気持ちでした。妻はその間見守ってくれました。妻がそばにいるという感覚が不思議と伝わってきました。医者? 佐山先生の声がしたような気がしますが、それは一時的な記憶にすぎません。恐らく佐山先生も、またか、と思われたに違いありません。長柄さんや園田も来てくれたようです。・・・でも、私は、妻との出会いの昔を先ず闇の中で思い出していました。不思議なことです。今まであまり振り返らなかった私と妻の思い出です。
 私は学生時代福岡県の八幡で家庭教師のアルバイトをしていました。送金額を補うためです。二人の中学生に英語を教えていました。お恥ずかしい話ですが、私はあまり英語は得意ではありませんでした。まあ、中学程度の英語ならと空元気を出してそれぞれ週一で通っていました。その中に八幡製鉄関連会社の社長の家の中三の男の子がいました。そこの家ではいつも和服姿の姉がお茶を出してくれました。いや、そうなんです。いつも藍染めの和服を来ていました。小柄で整った顔立ちをしていました。私は前半の一時間が終わるのが楽しみでした。お茶が出るからです。障子を開けて入り、休憩してください、どうぞ。ただそう言って私をちらと見て、そして、すぐ出て行くのです。私は、あっ、いつもすみません、と言うだけでそれ以上の話はしたことがありませんでした。しかし、ある日、なかなか出ようとしないのです。なんだかもじもじしているような、なにか言いたそうな感じでした。そして、決意したようなきりっとした顔立ちになり、先生は、お幾つですか、と意外な質問をしました。二十一ですが・・・、と即座に答えると、ええっ、そうですか、安心しました、と言いました。

 安心した・・・、と仰いましたね、確かに。

 そうです。

 ど、どいうことでしょう。

 いや、ちょっと聞いてみただけです。

 私は、それ以来、姉を強く意識するようになりました。一度二人で話をしてみたい。私は行くたびにチャンスをうかがっていました。お茶の時間が以前より一層待ち遠しくなりました。そしてある日思い切って言いました。そばに中学の弟がいることをその時は忘れていました。今度の日曜日私と会っていただけませんか。彼女は素直に、ええ、いいですよ、と返事しました。そして、日曜日、指定した喫茶店に彼女は姿を現しました。その日はワンピース姿でした。コーヒーを注文しておいて、私はすぐさま尋ねました。

 安心、という・・・、ああ、ごめんなさい、そのー・・・、この前の言葉ですが、どういうことでしょうか。

 ああ、私こそごめんなさい。

 いや、どういたしまして。で・・・。

 妹です。

 えっ、妹さんがいらっしゃる?

 そうです。

 それで・・・。

 ああ、ごめんなさい。・・・実は今一緒に来ています。・・・彼女は遠くの席の女性を手招きしました。近づいてきたので、私はどきどきしながらその容姿を見つめました。姉より背が高く、顔がほっそりしていて、水色の上下の服が輝いていました。

 ここに座っててちょうだい。・・・姉に言われるままハンドバッグを膝に置いてそれを押さえながら妹は座りました。

 畝本さん、この妹がですね・・・、貴方とお付き合いしたいと・・・。・・・妹は少しも表情を変えませんでした。

 えっ、私と、ですか。

 ええ、そうです。貴方とは二つ年下です。

 じゃ、私の歳を聞いたのは・・・。

 ごめんなさい。回りくどいことをしてしまって・・・。

 私は正直その時混乱していました。即座に返事などできませんでした。しかし、ご縁と言うものは不思議なものです。後、その人が私の妻になりました。・・・と、そういう回想を闇の中でし続けていました。それから、急に場面が変わり、一筋の光が差してきました。その光の中に大きな影が現れました。影は、一言、今に西から勇者が現れる、と呟きました。

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消えた像

2014-03-21 23:45:20 | 日記
消えた像





紀元前1世紀頃にギリシャで作られたニケの小像


 劇団鼓笛の関東地方での公演の模様を家のテレビで視ました。と言ってもニュース番組でしたのでほんの数分だけでした。やはり最後の場面でした。翼を付けた佐久良が天井に張られたロープに吊り下げられて客席の後方から登場し、舞台の上に到達するとロープから離れて飛び上がり、舞台の上を旋回しました。客席からどっと驚嘆の声が湧き上がりました。翼はもとからあったもののようにゆったりとした動きで佐久良を支えていました。
妻が入ってきて、佐久良さんは鳥になったみたいですね、と言いました。いや、みたいではなくて、ほんとに鳥になったんだよ。私はそう言いました。まさか、と妻。・・・そんな話をしているとき、農園の岡田さんから電話がありました。


 畝本さん、すみません、夜分に電話しまして。

 いえ、いえ。・・・どんな・・・。

 最近気が付いたんですが、消えているんです。

 えっ、何がですか。

 観音山のニケです。

 えっ、ニケがですか。

 そうです。農園の宿泊チームの一人から聞いたんですが、最初は、そんな・・・と思っていました。しかし、夜確かめると確かに消えていました。化学物質が時間とともに変質したのでは・・・。

 私も確かめますが、物理的な現象ではないと思います。・・・どう言いますか、ほんとに抜け出したんだと思います。

 抜け出した・・・。

 そうです。抜け出したんです。

 小室さんにも聞きましたが、焼き付けた染料は退色することはないと仰っていました。

 そうだと思います。退色ではない。・・・抜け出した・・・。

 そんな・・・。

 ほんとだと思います。

 確かですか。

 そうです。

 じゃ、どこへ行ったんですか。

 佐久良をご存知ですか、凰佐久良。

 鼓笛のお方ですね。地方公演に出かけていらっしゃる・・・。

 そうです。

 佐久良さんがどうしたんですか。

 貴方は佐久良の舞台をご覧になったことはありますか。

 いや、ありません。しかし、話題になっているようですね。

 ええ、彼女は飛べるんです。

 ええっ、飛べる、・・・どういうことですか。

 ですから、ニケが乗り移ったんだと思います。以前は火の鳥が乗り移りました。

 火の鳥、・・・ああ、あの夜、・・・思いだしました。すごく夜空が輝いていました。

 彼女は人間ですが、人間ではないかも知れません。

 人間ではない !!

 いや、私の妄想かも知れませんが。

 妄想ですか。

 いや。妄想の中に真実があります。

 さっぱり分かりません。

 いずれお分かりになると思います。

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メイン劇場への坂道

2014-03-03 23:28:57 | 日記
メイン劇場への坂道




  ウォーターハウス「ヒュラスとニンフたち」(1896年)

画面左でニンフに腕をつかまれている男。彼は血のつながりはないもののヘラクレスが我が子として育て、しかもヘラクレスの恋人でもあったという美少年である。旅の途中で清水を求めて立ち寄ったある島で、ヒュラスは妖艶なニンフたちが住む池にたどり着く。水面を覆うのは白睡蓮の葉。白睡蓮の学名は「ニンフェエア」という。その睡蓮のように愛くるしいニンフたちはヒュラスを虜にし、池の底へと誘う・・・。

 

 劇団鼓笛が地方公演に出発した日、ご縁市場の前には大勢の見送りの人たちが集まってきました。警察官とガードマンに警護された劇団のバス二台が旧校門を出ると、佐久良ガンバレ!! とか、鼓笛バンザイ!! という激励の言葉があちこちから飛び交いました。バスの窓からは身を乗り出して手を振る劇団員の姿がたくさん見られました。
 私と園田はそういう姿を確かめて、完成間近の新阿国座メイン劇場への坂道を登っていきました。道路はすでに舗装してありました。左側は谷川。右側は崖。ガードレールはあるものの少し怖い感じの道でした。


 園田、大工事だね。

 ええ、この道路を歩いているとそう感じます。

 歩いて行ってよかったよ。

 ええ、すべて見えますからね。

 ああ、建物が見えてきた。・・・すごい、まるで宮殿だね。

 ほんとです。思ったより大きいですね。

 三朗がいるはずだ。

 そうですか。来ておられるんですか。

 舞台の仕上げを確認している筈だ。

 三朗さん、女の園のチーフですね。

 そういうことになってしまった。

 しっかりしておられるから大丈夫ですね。いろいろ心配しなくても・・・。

 何を心配してたんだ。

 いや、・・・いろいろと。

 下種の勘ぐりは止めてくれ。

 言葉に謹んでください。

 ああ、ごめん、ごめん。

 先生はこの新しい世界の中でどういうことをなさるお積りですか。

 うん、・・・見守るだけだ。もう大きく動いている。

 劇場に入ると、ほぼ完成した舞台と客席が広がっていて、夢心地になるようないい気持ちに私はなりました。三朗は施工した数名の関係者と舞台の上で何か話をしていました。
私はまた翼の音を聞きました。佐久良はここを羽ばたく。観客はその姿を見て驚嘆する。そして、佐久良は三朗を空へさらっていく・・・。おい、おい、待てよ。そんなお告げはどこから聞こえてくるのか。

 園田、悪いお告げを聞いた。

 佐久良が・・・。

 佐久良がどうかしましたか。

 いや、言えない。

 言えない。・・・先生、そのことですよ。私がさっき申し上げましたのは。

 三朗は新阿国座のオーナー、決してそんなことはありえない。

 先生の役割の一つが見えてきました。

 うん、分かっている。邪心を制圧することだ。

 園田、しっかりお手伝い致します。

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