とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

あちこち「SYOWA」 191 ジェリー藤尾 遠くへ行きたい

2017-06-30 16:00:48 | 日記
何故だか、ふと思い出してしまいました。

ジェリー藤尾 遠くへ行きたい



ジェリー藤尾(ジェリーふじお、1940年6月26日 - )は、日本の歌手、俳優、タレント。本名・藤尾薫紀(ふじお しげき)。
オフィスキコ所属。代表曲は『遠くへ行きたい』(作詞:永六輔、作曲:中村八大)。専修大学附属京王高等学校中退。娘は元女優の藤尾美紀、藤尾亜紀。元妻は歌手、タレントの渡辺友子。

1940年に高知県出身でNHKアナウンサーの父・藤尾薫宏とイギリス国籍の母・オリビア・ヒース・ゴンザレスのもと、当時の中華民国上海の日本租界で生まれる。当地で第二次世界大戦の終戦を迎え1946年に家族で日本へ引き揚げるものの、上海では家族のみならず外国人居留地においても英会話のみで生活していたため、帰国後の薫紀と母は言葉の壁や外見から差別を受ける。
特に母の心労は深刻で、知り合いのいない地での孤独を紛らわすためアルコール依存症に陥り、薫紀が中学1年生の時に、台所で吐血しウィスキー瓶を握り締めたまま28歳の若さで死亡。息絶えた母を発見したのは、学校から帰宅した薫紀だった。

その後、家庭を顧みる余裕をなくした父によって生活は崩壊。深く傷つき、新宿など夜の繁華街で荒んだ生活を送り、愚連隊「三声会」の用心棒を務めるまでになっていた。ヤクザすら道を譲るほど喧嘩に明け暮れていたが、次第に音楽への道を志すようになり1957年にバンドボーイとして出入りしていたジャズ喫茶でエルヴィス・プレスリーの『ハウンド・ドッグ』を飛び入りで歌ったところ、これが所以でマナセプロダクションからスカウトされ、芸能界入り。

1958年、高校留年が決定したのを機に中退し本格的に芸能生活を開始。「水原弘とブルーソックス」のシンガーとして日劇のウエスタンカーニバルで初舞台を踏む。特にリトル・リチャードのナンバーを得意とした。俳優としては1959年の『檻の中の野郎たち』(監督:川崎徹広、東宝)[2]、歌手としては1961年に『悲しきインディアン』でレコードデビュー。翌1962年5月にNHKの人気番組『夢であいましょう』へ出演すると共に、同番組の「今月のうた」に採用された『遠くへ行きたい』が大ヒットして一躍人気者となり、「ダニー・ボーイ」、「土佐の一本釣り」、「指笛の丘」などのヒット曲を持つ。その後は黒澤明監督作品『用心棒』への出演など、映画・テレビを中心に幅広いエンターティナーとして活躍する。
(Wikiより)
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(番外)シシド・カフカ「Don’t be love feat.斉藤和義」MV/Short Ver.

2017-06-28 04:07:20 | 日記
NHK朝ドラ「ひよっこ」で突然出てきたこの人物。何者だ !!! と思って画像を検索。すごい、すごい、迫力 !!!

シシド・カフカ「Don’t be love feat.斉藤和義」MV/Short Ver.



シシド・カフカ(本名:非公開、1985年6月23日 - )は、日本の歌手、ドラマー、女優、モデル。公称身長175cm。玉川学園高等部卒業、東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。
現在はavex traxの新セクション「JUSTA MUSIC」に所属。
デビュー時の所属レーベルは、テイチクエンタテインメントJ-POPレーベルであるインペリアルレコード。

経歴

メキシコで生まれ、小学校時代まで日本で過ごす。
5歳からピアノやバイオリンを習うが、いずれも長くは続かなかった。
12歳の時、父の仕事の関係でアルゼンチンに移住し、中学時代を過ごす。しかし言葉がまったく理解できず、学校では辛い思いを経験した。

14歳の時に、両親からサイレントドラムをプレゼントされたことがきっかけでドラムを始める[4]。両親がドラムのトレーナーとして呼んだのは、バンドネオン奏者アストル・ピアソラの孫であり、自身も人気ジャズ・バンドのプロドラマーであるダニエル・ピピ・ピアソラだった。週に1回、ピアソラがドラムを教えに来てくれるようになり、スティックの握り方を始め一から伝授された。アルゼンチン人らしく、最初に教えられたのはタンゴだったという。

アルゼンチンからは2年で帰国。高校時代からバンド活動を始め、大学時代には最高8バンドを掛け持ちしていた時期もある。

19歳の時にTHE NEWSに3代目ドラマーとして加入し[7]、プロドラマーとして活動を開始する。THE NEWSでは4年間ドラマーとして活動した。その後、青木裕子[8]、パンタ、ダイアモンド☆ユカイなどのサポートドラマーを経験する。同時に、生まれ持った長身と抜群のルックスを活かしてモデル活動も開始する。

2005年、20歳の時に大島賢治(ドラマー)、平出悟(音楽プロデューサー)と出会い、「一緒に音楽をやらないか」と誘われる。きっかけは、2人の開いたロック・ボーカリストのオーディションに、友達の付き添いで来ていた本人が勢いで参加したことであった。2人のプロデュースの下、ドラマーではなくボーカリストとして、デビューを目指して精力的にライブを行うようになった。しかし、なかなかデビューは決まらず、飲食店[11]でアルバイトをしながらデビューを目指す生活を5年間ほど続けた。当初は、ドラムを叩かずにハンドマイクで歌っていた。

2011年、2人の「ドラムを叩きながら歌ってみれば?」というアドバイスを受け、実際に試したところしっくりきたため、「これで私は大丈夫だ。いける」と実感し、現在の歌いながらドラムを叩くスタイルとなった。このスタイルが評判を呼び、業界の目に留まりデビューが決まった。
(Wikiより)
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あちこち「SYOWA」 190 赤ひげ 黒澤 明

2017-06-25 23:42:34 | 日記
小倉での学生時代に観た黒澤明の映画の中でもっとも印象に残っています。画面の構成、ストーリーの重厚さ。さすが世界の黒澤だと思いました。後に舞台で同じ作品をある劇団が演じていました。それはそれで面白かったです。しかし、奥深さ、重さ。そう言った点では及ばないと思いました。「天国と地獄」もショッキングでした。「蜘蛛の巣城」も感動的でした。

Red Beard: A Symbol of Patience



『赤ひげ』(あかひげ)は、1965年(昭和40年)4月3日に公開された日本映画である。東宝配給。監督は黒澤明。主な出演は三船敏郎、加山雄三。モノクロ、東宝スコープ、185分。
原作は山本周五郎の『赤ひげ診療譚』(新潮社ほか)で、江戸時代後期の享保の改革で徳川幕府が設立した小石川養生所を舞台に、そこに集まった貧しく病む者とそこで懸命に治療する医者との交流を描く。決して社会に対する怒りを忘れない老医師の赤ひげと、長崎帰りの蘭学医である若い医師・保本登との師弟の物語を通して、成長していく若い医師と貧しい暮らしの中で生きる人々の温かい人間愛を謳いあげた映画である。
第39回キネマ旬報ベスト・テンで第1位に選ばれたほか、第26回ヴェネツィア国際映画祭で男優賞(三船敏郎)、サン・ジョルジョ賞などを受賞した。


ストーリー

主人公の青年、保本登(加山雄三)が小石川養生所へ続く坂を上り、養生所の門をくぐっていく後姿の場面から映画が始まる。

登は3年間の長崎への留学を終えて、幕府の御番医になる希望に燃えて江戸に戻って来た。オランダ医学を修め、戻れば父の友人である天野源伯が推薦し、幕府の医療機関への出仕と源伯の娘で許嫁のちぐさ(藤山陽子)と結婚するはずであった。しかし、ちぐさは登の遊学中に他の男と恋仲になり、子供まで生んでいた。そして幕府の医療機関として配置されたのは小石川の施療所であった。自分の知らない間に養生所の医師として働くように段取りがつけられていた。

納得できない登だが、幕府からの辞令であるため何も出来ず、小石川養生所の所長で通称・赤ひげと呼ばれている新出去定(にいできょじょう:三船敏郎)に会うために養生所を訪れた。江戸に帰れば御目見医の席が与えられるはずであると思っていたが、しかしその門の前に来た時に、まさかこんな処へ自分が押し込められるはずがないと彼は思った。初めて会った時に、赤ひげは鋭い眼つきでじっと見つめ、決めつけるように登に言った。「お前は今日から見習いとしてここに詰める」。この日から医員見習いとして養生所に住み込んだ。登は全く不服で、酒を飲み、御仕着も着ず、出世を閉ざされた怒りをぶちまけて赤ひげの手を焼かせるのであった。(中略)

許嫁のちぐさに裏切られるなど心の傷を負っていた登だが、人を憎むことしか出来ず、すねてばかりいるおとよの中に、かつてのいじけた自分を見るような気がしていた。登はおとよを自室で昼夜もいとわず看病を続けた。やがておとよは次第に心を開いていき、登が高熱で倒れた時には枕元で看病するのであった。その後おとよは、あるきっかけから長次(頭師佳孝)という7歳の男の子と知り合う。貧しくその日の食う物にも事欠く長次のために、自分の食事を減らしてまで分け与えるまでに心は優しくなっていった。だがある日長次の一家が鼠取りを食べて一家心中をはかり、養生所に担ぎ込まれてきた。貧しいゆえの所業であったが助かる見込みは無かった。おとよは、この地に伝わる井戸の中にその人の名を呼べば呼び戻せる言い伝えを信じて、必死で井戸の中に向かって長次の名を呼ぶのであった。

登はもはやかつての不平不満ばかりを並べる人間ではなかった。今は裏切ったちぐさを快く許せるまでに成長していた。そしてちぐさの妹であるまさえ(内藤洋子)と夫婦になることとなり、その内祝言の席で、天野源白の推薦で幕府のお目見得医に決まっていたが、小石川養生所で勤務を続けたいとまさえに言い、彼女の気持ちを確かめる。

登は赤ひげと小石川養生所へ続く坂を上りながら、自身の決意を伝える。赤ひげは自分が決して尊敬されるべき人物でなく、無力な医師でしかないと語り、登の養生所に掛ける情熱に対して反対するが諦めないので、最後に赤ひげは登に「お前は必ず後悔する」と忠告する。登は「試してみましょう」と答える。赤ひげは登に背を向けて小石川養生所の門をくぐっていく。登はその後を追っかけて行く。その上の大きな門はちょうど、二人の人間がしっかりと手をつないでいるかのようにも見えて未来を暗示している。最初に来た時はこんな処へ押し込められるのかと思った登には、この時には素晴らしい門だと思った。(Wikiより)

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あちこち「SYOWA」 189 伊豆の踊子/吉永小百合・高橋英樹

2017-06-24 04:35:53 | 日記
川端康成が自分の胸中の踊り子のイメージと同じだと語ったと言います。いろんな人が演じましたが、吉永小百合がぴったりだったと言ったのですね。私もそんな気持ちで見ていました。「いい人はいいね」。いい言葉ですね。この言葉で学生は救われるのですね。それにしても高橋英樹さんお若いですね。

わたしのうわさらしい。千代子が私の歯並びの悪いことをいったので、踊り子が金歯を持ち

出したのだろう。顔の話らしいが、それが苦にもならないし、聞き耳をたてる気にもならない

ほどに、私は親しい気持ちになっているのだった。しばらく低い声がつづいてから踊り子の

いうのが聞こえた。

「いい人ね。」

「それはそう、いい人らしい。」

「ほんとにいい人ね。いい人はいいね。」

この物いいは単純であけっぱなしなひびきを持っていた。感情のかたむきをぽいと幼くなげだし

て見せた声だった。わたし自身にも自分をいい人だとすなおに感じることができた。晴れ晴れと

目を上げ明るい山々をながめた。(原作より)

伊豆の踊子/吉永小百合・高橋英樹


『伊豆の踊子』(いずのおどりこ)は、川端康成の短編小説。川端の初期の代表作で、伊豆を旅した19歳の時の実体験を元にしている。孤独や憂鬱な気分から逃れるため伊豆へ一人旅に出た青年が、修善寺、湯ヶ島、天城峠を越え湯ヶ野、下田に向かう旅芸人一座と道連れとなり、踊子の少女に淡い恋心を抱く旅情と哀歓の物語。孤児根性に歪んでいた青年の自我の悩みや感傷が、素朴で清純無垢な踊子の心によって解きほぐされていく過程と、彼女との悲しい別れまでが描かれている。
日本人に親しまれている名作でもあり、今までに6回映画化され、ヒロインである踊子・薫は田中絹代から吉永小百合、山口百恵まで当時のアイドル的な女優が演じている。

あらすじ

20歳の一高生の「私」は、自分の性質が孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね、その息苦しい憂鬱に堪え切れず、1人伊豆への旅に出る。「私」は、湯ヶ島の道中で出会った旅芸人一座の1人の踊子に惹かれ、天城峠のトンネルを抜けた後、彼らと一緒に下田まで旅することになった。一行を率いているのは踊子の兄で、大島から来た彼らは家族で旅芸人をしていた。

天城峠の茶屋の老婆から聞いていた旅芸人を見下げた話から、夜、湯ヶ野の宿で踊子が男客に汚されるのかと「私」は心配して眠れなかったが、翌朝、朝湯につかっている「私」に向って、川向うの湯殿から無邪気な裸身を見せて大きく手をふる踊子の幼い姿に、「私」の悩みはいっぺんに吹き飛び、「子供なんだ」と自然に喜びで笑いがこぼれた。

「私」は、旅芸人一行と素性の違いを気にすることなく生身の人間同士の交流をし、人の温かさを肌で感じた。そして、踊子が「私」に寄せる無垢で純情な心からも、「私」は悩んでいた孤児根性から抜け出せると感じた。

下田へ着き、「私」は踊子とその兄嫁らを活動(映画)に連れて行こうとするが、踊子だけしか都合がつかなくなると、母親(兄嫁の母)は踊子の懇願をふりきり、活動行きを反対した。次の日に東京へ帰らなければならない「私」は、夜1人だけで活動に行った。暗い町で遠くから微かに踊子の叩く太鼓の音が聞えてくるようで、わけもなく涙がぽたぽた落ちた。

別れの旅立ちの日、昨晩遅く寝た女たちを置いて、踊子の兄だけが「私」を下田港の乗船場まで送りに来た。乗船場へ近づくと、海際に踊子がうずくまって「私」を待っていた。2人だけになった間、踊子はただ「私」の言葉にうなずくばかりで一言もなかった。「私」が船に乗り込もうと振り返った時、踊子はさよならを言おうとしたようだが、もう一度うなずいて見せただけだった。

船がずっと遠ざかってから、踊子が艀で白いものを振り始めた。伊豆半島の南端が後方に消えてゆくまで、一心に沖の大島を眺めていた「私」は、船室の横にいた少年の親切を自然に受け入れ、泣いているのを見られても平気だった。「私」の頭は「澄んだ水」のようになり、流れるままの涙がぽろぽろと零れて、後には「何も残らないような甘い快さ」だった。(Wikiより)
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あちこち「SYOWA」 188 里見八犬伝

2017-06-23 16:16:24 | 日記
「星よ、導きたまえ」。
この台詞は当時流行していました。冬の・・・だったと思います・・・、或る日、小学生の二人の娘とその友達を連れて松江の映画館に出かけました。
奇想天外。意外な展開の連続。寒い映画館の空気を忘れるくらい引き込まれました。ああ、こんなに映画は面白いのか。自称映画通の私を魅了させました。
面白かった !! 子どもたちは異口同音そう言っていました。


里見八犬伝


『里見八犬伝』(さとみはっけんでん、Legend of the Eight Samurai )は、1983年12月10日に東映洋画系にて封切り公開された日本映画。カラー・ビスタサイズ、136分。第2回ゴールデングロス賞の優秀銀賞作品。
製作:角川春樹、監督:深作欣二。

南総里見八犬伝を翻案した鎌田敏夫の『新・里見八犬伝』を映画化した作品。JACによる迫力ある戦い、音楽にはロックで英語の主題歌、特撮など、それまでの時代劇にはなかった斬新なアイデアを取り込み、大型エンターテイメント映画となっている。日本映画で初めて特殊メイクがクレジットに表示された作品でもある。
1984年の配給収入では邦画1位の23億2000万円、映画公開と同時に発売された[4]ビデオも5万本、7億円を売り上げた。

ストーリー

親兵衛は炭焼き小屋で食べ物を恵んだのが、女と分かり、追いかけるが「姫」と呼ぶ男たちに邪魔をされる。

かつて蟇田領主、蟇田定包(ひきたさだかね)は妖婦玉梓 (たまづさ)の色香に迷い、酒池肉林と暴虐の限りを尽くしていた。苦しむ領民の意をくみ取り、里見義実(さとみよしざね)は、彼らを討ちとったが、玉梓は最期に呪いの言葉を遺す。まもなく、玉梓の呪いか里見家は隣国の軍勢に囲まれ落城の危機に瀕す。

力尽きた義実は飼い犬の八房(やつふさ)に「敵将の首を討ちとれば娘の伏姫(ふせひめ)を嫁につかわす」と戯言を投げかけ、その夜、八房は見事に敵将の首を討ちとる。君主たるもの約束を違えてはならないと、伏姫は八房と共に山奥へと去るが、伏姫を取り戻そうとした義実の軍の鉄砲より八房をかばった伏姫は死してしまう。しかし死の直前、伏姫の体から仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の各字を刻んだ八つの霊玉が飛び散り、伏姫は「百年の後、この光の玉は八人の剣士となって蘇り、里見の姫を奉じて玉梓の呪いに打ち勝つでしょう」と言い残す。

百年後、妖怪として蘇った玉梓、息子の素藤(もとふじ)は里見家を攻め滅ぼす。ただ一人、落ち延びた里見家の静姫は玉梓の追手から逃れ、それぞれの運命により導かれた八人の剣士と共に玉梓の野望を砕くため、戦いを決意する。剣士が次第に集まるが、けもの罠にかかった静姫がさらわれる。犯人の親兵衛は静姫を侍にしてやるという素藤の許へ連れていく途中、素藤の支配下の安房国の荒廃を目の当たりにする。黒騎馬侍に静姫が見つかり、鐘乳洞に逃げ込む。中にいた道節たちに放り出された親兵衛は黒騎馬たちに捕まり、腕の赤いアザから玉梓の子の転生だと教えられ、御霊様に仕える司祭・幻人によって悪の化身にされる。

ところが、素藤配下の侍大将・現八が親兵衛を連れて城を脱出。現八の懐には霊玉が光り、静姫のいる洞で七人目の剣士として迎えられる。目をさました親兵衛がいきなり静姫に襲いかかる。静姫は「お前に会いたいと思っていた」と親兵衛に話すと、白い閃光が親兵衛を一撃。再び目をさますと腕のアザが消え、二人の間には光り輝く霊玉が現れる。愛し合う二人の前に突如、大蛇が現れて静姫を巻いて去る。霊玉を八個集めた時、伏姫の「この矢を御霊様に向って静姫に引かせなさい」という声が響く。

皆で館山城に向うが、激しい反撃で大広間にたどりつけたのは二人だけ。道節が盾となり、親兵衛が静姫を解き放ち、静姫は御霊様に矢を放つ。玉梓や素藤はミイラと化し、城は崩れ落ちる。親兵衛は静姫を叔父の城へと届ける。別れた親兵衛が七剣士の墓を祀っていると静姫が駆けつけ「城へ戻らん」といい、七剣士の声が二人を励ます。

キャスト

里見家

静姫 - 薬師丸ひろ子
伏姫 ※声のみの出演 - 松坂慶子

光の軍団(八剣士)

犬江親兵衛(仁) - 真田広之
犬坂毛野(礼) - 志穂美悦子
犬村大角(義) - 寺田農
犬塚信乃(孝) - 京本政樹
犬田小文吾(悌) - 苅谷俊介
犬川荘助(智) - 福原拓也
犬飼現八(信) - 大葉健二
犬山道節(忠) - 千葉真一

闇の軍団

幻人 - 汐路章
船虫 - ヨネヤマ・ママコ
妖之介 - 萩原流行
悪四郎 - 浜田晃
浜路 - 岡田奈々
蟇田素藤 - 目黒祐樹
玉梓 - 夏木マリ   (Wikiより)    
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