卵割って殻を残して中身捨てました。初体験です。さすがに笑うより仕方がない。頭で考えてることと体を動かすことが別々にできる人間だとこれまで思ってましたがそうでもないということに今頃気づかされました。で、そういうときに考えてることってそれほど重要なことでもない。「二兎を追うものは一兎をも得ず」ようやく仕事が片付きました。日が暮れかかった頃玄関回り(見えるところだけ。もうこの時間誰も掃除なんかしてません)を内緒で掃除。明日は数件お得意さん回り。そして銀行。(入金しておかないと年明け早々に走りこむことになります)昼過ぎに頼んであったおせちをもらってその足で日にち遅れの誕生日会。そのまま帰ります。3日までお休みして午後には翌日からの仕事の準備。4日からは仕事に戻ります。今年もつたないブログ。お世話になりました。来年こそもっと充実したものにしたいと思います。(去年もその前も言ってたような気がします)皆様どうぞよいお年をお迎えください。
昨日、一昨日とほとんど事務処理漬けでした。一応は形としてやっているのですがそれをチェックする機能がウチにはないのです。ですから時間をおいてみると記載漏れや不都合、不整合が出てきます。書類として提出するにはそれを修正する必要があります。これはかなり時間を要します。面白くない。で、今日は普段の仕事に戻りました。といっても相手先はほとんどが今日明日で年内仕事納め。『今年もお世話になりました。来年もどうぞヨロシクお願いします。どうぞよいお年をお迎えください』行く先々でこの挨拶。区切りですからそれもまたよし。ロケーションによっては年末年始のほうが普段よりよく売れるところもありますので念入りに商品補充。そしてこれまたお得意さんでおせちを注文。無理言って30日午前に仕上げてもらうように頼んでます。いつか自分で作ってみたいと思うのですがぎりぎりまで走り回っているうちは無理。遅くなったので夕食出来合いで済まそうと近所のスーパーに行ったらまたまた利用さんの奥さんにバッタリ。お互いレジ籠持って、他に言うことないので『○○さん。お元気ですか?』(つい3日ほど前に行ったばかりです)ついでに『どうぞよいお年を』(これも先日言いました)はちゃめちゃですわ(笑)
正月休みを例年より少なく取ったのでこの週末はおふくろの家に行かず帳簿の整理をしようと思ってます。いつも正月休みにするのですがそうすると休み中ほとんどPCに向かいっぱなしになりそうなのでこの週末にできるだけこなしておきます。明日はお昼に陶芸教室の忘年会があるそうなのでちょっと顔だけ出してそれ以外は事務所にいるつもり。なんとも気が重い。じっと机の前に座って集中できるのは30分が限度。そして1時間休憩。(笑)よっぽど事務仕事に向いてないのだと思います。かといってアウトドア派か?というと別に海や山に行ってどうこうしたいとも思いませんから結局のところ「根っからの怠け者」なのかもしれません。
今日は午前に1件サービスがありました。先日の会議でもらったアドレスに「これから○○さん宅に直行します」と打ち込んでから訪問。しばらくすると返信メールの着信音。利用者さん。『電話かかってますよ』『いえ、メールですからいいんです』一緒に外出します。利用者さん。『今はみんな携帯持ってピコピコしてるけど。私は持ったことないんです。ま、さして必要とも思わないですし・・・それより持つと手放せなくなるようでそのほうが嫌なんです』なんとなく分かるような気がします。便利で使いこなすほどになくなった時に困る。もともとなければそんんな不自由を感じることもない。考えてみればつい10数年前までなければないでそれなりに過ごせていた。それが今、片時も手放せなくなってしまってます。これって幸せな事なのだろうか?『さして必要でないと思ったら持たないほうがいい。固定電話で十分だと思います』そう答えて返信メールを覗くと『了解しました。ヨロシク!』と入ってました。
色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず
(かぐわしく美しい花も やがては散る時がくる。生けるものはやがて死ぬ
浅き夢見じ 酔ひもせず
(かぐわしく美しい花も やがては散る時がくる。生けるものはやがて死ぬ
この世に不変なものなどありえない 有為転変の現世の迷いを今越えて
浅はかな夢などもう見るまい 夢に酔ったりもするまい)
浅はかな夢などもう見るまい 夢に酔ったりもするまい)
「編集者さま。 私は8歳です。私の友だちはサンタクロースはいないと言います。
パパは「サンが言うことならそのとおりだ」と言います。
どうか私に本当のことを教えてください サンタクロースはいるのでしょうか?
115 西95番街 ヴァージニア・オハンロン」
パパは「サンが言うことならそのとおりだ」と言います。
どうか私に本当のことを教えてください サンタクロースはいるのでしょうか?
115 西95番街 ヴァージニア・オハンロン」
(この手紙は今もニューヨークに保管されています。
サンタクロースが空想の産物で親がプレゼントを用意していたことを分ってしまう年頃はかなり低年齢化してきたように思いますが、サンタを信じていた子供が些細なことからそのの存在を疑う。 今から112年前、サンタを信じていた一人の少女が些細なことをきっかけにサンタクロースの存在を疑いました。娘に問われた親は、その場で事実を話し子供の夢を壊してしまうことを避け、新聞に問い合わせてみることをすすめます。 バージニア・オハンロンというその少女は「サンタクロースはいるのでしょうか?」と書いて新聞社に手紙を出します。困ったのは質問を突きつけられた新聞社。論説委員が社説で答えます。「イエス、バージニア。サンタクロースはいるのです」Yes, Virginia, there is a Santa Claus.で始まるその一文は本にもなり様々な形で読みつがれ多くの人を感動させてきました。 人はいつしか目に見えるものだけしか信じられなくなってしまいます。この話は「本当に大事なもの、大切なものは目に見えないんだよ」と語りかけてくれます。 夢や希望、人に対する優しさ、目には見えないけれど確かに存在するもの、心を豊かにしてくれるもの、それらを象徴するサンタは現代社会にも必要な存在だと思います。
ちなみに現代私たちが持ってる恰幅がよくて赤い服に赤い帽子のサンタ像はコカコーラ社の広告が始まりだと言われてます。
ちなみに現代私たちが持ってる恰幅がよくて赤い服に赤い帽子のサンタ像はコカコーラ社の広告が始まりだと言われてます。
が訪れますように
メリークリスマス
今年も残すところあと1週間。どうひいき目に見ても『ためになる』とか『面白くてクセになりそう』とかいう訳でもなくただ毎日身辺に起きた出来事や社会情勢をかなり偏見を持って書き続けただけの日記。よくまあ飽きもせず来てくださいました。いい人たちに巡り合えて幸せです。
人は褒められると気持ちがいいものだといいます。名前。性別。年齢。職業を入力すると「褒めたおす」サイトを見つけました。その名も『ほめられサロン』私からのクリスマスプレゼントと思って一度試してみてください。(最初はいいけどそのうち馬鹿にされてるようで腹が立ってきます。やっぱり機械のできることってたかが知れてるよね)