迷宮映画館

開店休業状態になっており、誠にすいません。

エレニの旅

2005年09月12日 | あ行 外国映画
古代ヨーロッパ、誰もが知っている哲学を生み出し、ヨーロッパの精神的な支えとなりながら、その後の過酷な、激動の歴史を見ると、本当にこうまで凄い国はない。それがギリシア。あの、ソクラテスを生み、プラトンを育て、思索の素晴らしさを私達に教えてくれた。

しかし、その歴史は生半なものではなかった。もともと豊かな土地ではなく、ポリスが各地に点在するのも、隔たれた地形のせいだ。アテネが有名だが、ここは古代から貿易で生業をたててきた。BC4世紀にアレクサンドロスがバルバロイ(ギリシアが異民族を呼んだ蔑称)と、さげすまれながらもギリシアを手中にした。その後は、ローマの支配下に入り、さらにゲルマン民族の移動に翻弄される。

 ローマが東西に分裂すると、東ローマ帝国の主要な部分を占めるようになるが、それはすなわちイスラム教徒との対立に結びついてしまう。決して平坦な道を歩んできた国ではない。バルカン半島の突先のこの国も、他のバルカン諸国と同様に過酷な運命を辿ってきた。

 過酷な運命は、すなわち難民を生み出す。好きで自分の国にいないのではない。やむを得ず見知らぬ国に移住してしまった人々は、またまた歴史の波に翻弄される。トルコに移り住んでいたギリシア人に待っていた、別れと出会いを描いた映画が「タッチ・オブ・スパイス」であった。そこにすんでいる人々に、微塵も罪はない。しかし、歴史と政治は、一番弱い市井の人を否応なしに悲惨な運命に巻き込んでいく。

 そして、この「エレニの旅」は、一番弱い市井の中でも一層弱い少女の、あまりに哀しい運命を描いた。ロシアのオデッサに住んでいた移民のギリシア人は、ロシア革命の波に巻き込まれ、帰国を余儀なくされる。しかし、帰る場所などない。湿地の、川のほとりの僅かな地に「ニュー・オデッサ」という村を作る。その時、既に孤児だった幼女エレニは、この村の長に育てられる。その事は、村のすべての人が知る事実だ。

 幼女エレニの手をしっかり握っていたのは長の息子アレクシス。当然の如くエレニと愛し合うようになり、まだつぼみのエレニは、アレクシスの子を宿す。しかし、こんな事を長が知ったら、その場でアレクシスを殺してしまうだろう。そんな倫理観の時代だった。こっそり双子を生んだエレニは、村に帰ってくる。何事もなかったように・・。

 長の病弱の妻が死んだ。長はエレニを後妻に迎える。どうしても耐えられなかったエレニとアレクシスは、花嫁衣裳のまま、村を飛び出す。面子をつぶされた長は、執念深く二人を追う。居場所がなくても、追いかけてくるものがあっても、二人でいればつかの間の幸せがあった。

 しかし、どこまで行っても安住の場はない。難民として生まれたエレニは、どこまで行っても難民から逃れられない。結局、死んだ長を弔うために村に帰っても、そこは既に故郷ではなくなっていた。村を捨てた二人に帰る場所などない。やっと再会でき、一緒に暮らせるようになった二人の息子は、母を許してくれない。いつか、呼び寄せるとアメリカに旅立ったアレクシスに待っていたのは、冷たいアメリカだった。自分の恩人をかくまっただけで、共産主義者のレッテルを貼られてしまったエレニ。

 これでもか、これでもかと哀しい現実がエレニの目の前を襲う。しかし、それが難民の現実なのだ。何の誇張も、嘘偽りもない。帰る場所がなくても、愛する人をすべて失って、自分の思いのたけをぶつける相手が消えてしまっても、エレニは生きていく。生きなければならない。

 エレニとはギリシアそのもののことで、テオ監督は母に捧げる映画だという。母こそ、帰る場所なのかもしれない。そのエレニは泣く。ひたすらに泣く。子を産んで、村帰っては泣き、子供を見つけては泣く。子供に出会えては泣き、母と認められては泣く。悲しむエネルギーが自分の生きる道なのかのように泣く。しかし、最後の最後の慟哭は、本当に、胸に突き刺さった。

長尺で、静かな、しかし、人間の真の強さを描くアンゲロプロス監督。わかりにくい時代背景で、説明などあるわけもない。しかし、ゆったりと、じわじわ、まさにじわじわと描いていく。見ているほうは、じわじわと、引きずり込まれ、真綿で首を締めるかのように、いつのまにか彼の世界にはまり込んでいる。舞台劇を見るかのような引きのショットは、大写しの表情などわからなくても、見せる力に溢れていた。さすがである。すさまじい映画であった。こんな映画は、毎年のようには見なくていいが、5年に1回くらい、魂込めてみるべき映画だ。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
エレニ (kossy)
2005-09-20 09:11:35
TBありがとうございます。

エレニという名前の女性はアンゲロプロス監督の他の作品にも登場するんですよね。特別に思い入れのある名前なのか、一般的な名前なのかわかりませんけど、それを主人公に据えるということはかなり力を入れている!ということでしょうかね~

返信する
ギリシア (sakurai)
2005-09-20 16:21:07
自体のことをそういうと、なんかでみました。

国の愛称みたいなもんでしょうか・・。



コメント、TB光栄です。ありがとうございました。
返信する

コメントを投稿