宇宙の真砂

いわゆるつぶやき系な愚痴のカズカズ

しっちゃかめっちゃか

2010-10-09 09:40:16 | 日記
理由をいわずに「この二晩はいない」と予定を告げていた。
義妹に打診するもこの日は彼女も無理。

突如
「うちの弟の妻がしばらく泊まるというから、明日からは横で寝なくていい」と姑にいわれる。
「看護には慣れているし、何でも出来る。食事だってあたしの分も作ってくれるから都合がいい。」
姑の身内とはわたしは交際が無い。だから、尋ねて来ても泊まって行っても全然挨拶もないし顔も知らない。
こちらにとっては赤の他人。
夜間の看取りと昼間の雑用食事の支度を、全部おっかぶせて平気な顔をできる姑の感覚が理解出来ない。
え?身内だからってそこまで「労働力の搾取」がでできるのか…
夜を徹して看護して、妻の食事まで作って働いて…「厚意」でそこまでやれる人間がいるのか?


どんどん家内に人間が入って来る。医師、看護士、ヘルパー、訪問看護、福祉用具業者、叔父、叔母、義妹、顔を見たいという近所の知り合い多数、そして今回の「姑の身内」。看護が終わる頃にはどれだけの「思い」と「利益」と「思惑」がからみつき、解きほぐせない塊となって残ることだろう。


「当分やらなくていいから」
ありがたく申し受けます。
あなたがやるべきことを他の人がやって下さるのならば別に異は唱えるまい。あなたは「できない」からではなく「やりたくない」からやらないわけで、他の人なら「やるべきことをちゃんとやってくれる」とおもうので。
本人がそれでらくになるなら問題はなし。本人が放置されないことが肝要なのである。


「愛の反対は無関心」ということばがずっと頭の中にある。冷たいんだろうなあ、人間性が。
わたしが何かをやるとしたら別段舅が可哀相だとか愛おしいだとかいうことではなく、やってもらうべきことをやってもらえずに虐待されている人間の状況が「正しくない」と思うから。優しいから、情があるからではなし。
端がどう受け取っているかはここまでくると自分には関心がない。勝手に取れば良い。
だから笑顔のひとつでも見せて手足にクリームをつけて温かい手でマッサージするだけでも非介護人の気分が少しは楽になるだろうとそれくらいのことはする。その笑顔が本当か嘘かは別段つきつめて考えるほどのものでもない。

でも、できれば「愛」はあったほうがいいとは思う。
「おとうちゃん」といって涙を流す義妹を意味なく苦しめても仕方ない。せめて。


妻の息子夫婦が「叔母はそんなことまで出来るかどうかわからない」と私に異をとなえるが、姑に面と向かっていえるわけでもない。
叔母が二人、見舞いついでに遠方から帰るので夜間二晩つくという。「いいんじゃないですか。その二晩すぎたらまた夜間つけますから」といっておく。別にこれから付くのをやめると言ったつもりはない。

昼間、介護ヘルパーに2回おむつ替えをしてもらうことになった。これで、清拭をその都度確実にしてもらえるようになった。エアーマットの調子は良さそうし、床ずれの防止管理がヘルパーの眼によって確実に出来る。
口腔の衛生管理ができていなくてひどいのが問題点だ。おかげでしゃべることもままならない。

1 コメント

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Unknown (看護師転職)
2010-10-09 12:43:49
看護師って大変ですよね↓


職場関係つらすぎます。
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