磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

鱧男の小説などをUP。環境問題に戦争・原発を!環境問題解決に民主主義は不可欠!

たいまつ新書36 戦後の青春4 ストッキングで歩くとき

2008年07月19日 | 読書日記など
『たいまつ新書36 戦後の青春4 ストッキングで歩くとき』
   堀場清子・編/たいまつ社1978年

子どものころ、『戦後、ストッキングと女性は強くなった』というのをよく耳にしました。
--最近はほとんど聞きませんね……。



表紙の裏に書かれてあります。下「」引用。

「■敗戦を境として、この国の在りようの基本のところは何も変わらなかったとしても、女性にとっては有史以来の大きな変化があったと言えるだろう。
■国のため、親のため、夫のためと称して、人間としての存在をがんじがらめに縛られ続けてきた女性たちが、戦後、自らを解放することの熱い思いを込めて自立するすべをまさぐった。
■「戦後の青春4」では、物心ついたときは戦争だった世代の女性たちが、思い返すだに口惜しい思春期・青春期の生活を記しつつ、男しゃかいが作り出した歪みを表出する。」

差別することが道徳だった時代?……。下「」引用。

「アメリカ兵、復員兵が溢れ、闇市に食を求める人々が犇(ひし)めき、有楽町、新橋駅のカード下あたり毒茸のようにけばけばしいパンパンが足をぼりぼり掻きながら群れていた。」

カトリックは禁欲? 下「」引用。

「禁欲という面で、カトリック教育と軍国主義教育のあいだに、自己流の折り合いをつけていたように思われる。」

マザー・テレザの所は、ボクらより、ずっと豪華な食事だったと聞きます……。
--カトリックでもいろいろあるんでしょうね……。
ビールのんで、すき焼き食べていた将校もいるくらいだから、軍国主義でもいろいろでしょうね……。

神は助けてくれなかった……。下「」引用。

「芝の学校の一部は焼けた。神もカミガミも、夷敵が放つ劫火を防いでくれなかった。」

「原爆の傷痕いまも」亀沢深雪・著という文章もありました。下「」引用。

「仕事いうのは、宇品の検疫所でDDTを散布する雑役である。わたしのような女で年少のものは、日給三十円。だがそれも、毎日あるわけではなく、福島町で石鹸や醤油を仕入れ家の前に並べて売ったりした。」

「とだえた橋から」堀場清子・著。
縁故疎開で、広島市北郊の緑井村の母の実家で……。下「」引用。

「八月六日のその朝、私達はまだ朝食の卓でしゃべっていた。電燈のような黄色い光がはためいて、縁側に出てみると、広島市上空の南の空いっぱいに、五色の雲が渦巻いていた。赤ちゃんだった末の従弟を母が抱き、七人が縁側に並んだ時、爆風がきた。とっさに節子叔母が引いてきた座布団の下へ、七人が逃げこみ、必死にもがいたが、何時までたっても二発目はこない。おそるおそる顔を出してみると、障子の閉めてあったところは桟が吹きとび、天井は北の隅が五センチほど持ち上がり、北向きの玄関の鍵のかかっていた二枚戸は、中央部が引き剥がしたように外れていた。」











Index

Index





エンタメ@BlogRanking




最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。