磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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原発と闘う-岩佐原発被曝裁判の記録-

2008年09月21日 | 読書日記など
『原発と闘う-岩佐原発被曝裁判の記録-』
   「岩佐裁判の記録」編集委員会・編/八月書館1988年

日本初の原発被曝訴訟だったという。
--これも大手マスコミはきちんと伝えたと自信をもっていえるのだろうか?



パノラマ的視野で、この事件をまとめている。下「」引用。

「七四年春、大がかりな原発推進を計画していた政府は、国会での答弁で線量計の値は一ミリレムと被曝の可能性を認めず、あわててつくった調査委員会も調査内容を公開しないまま、被曝なしとの結論だけを出すと、さっさと解散してしまった。こうして政府、電力、御用学者、御用医者、さらには同盟系労働組合、マスコミらが一致して、権威をかさに被曝問題を抹殺しようとしたために、岩佐さんはやむをえず裁判闘争の道へ入ってゆくことになった。
 本書は、岩佐さんの敦賀での被曝を認めることは原子力発電の根源をゆさぶるものと把えるがゆえに、全力を挙げて踏みつぶそうとする者たちと、既に数十万人といわれる原発被曝労働者の声なき声を背に、ひとり岩佐さんの問題だけではなく、原発会社そのものを問い返そうとして、さまざまな分野から英智を持ちより裁判を支えた人びととの対決の記録である。そして、被曝労働なしには決して稼働しない原発の本質的欠陥をも、あますことなく描くものである。」

既に数十万人といわれる原発被曝労働者……。
驚くべき数ですね……。

非国民とは原発推進者だという。下「」引用。

「被爆者に足すル対応たるや圧力、権力、金力により品物同然に人間を使い捨て切り捨て、原発独占企業と推進者側が一体となり民主国家にあるまくじ闇から闇に葬り去られてゆきます。社会の表面に出る件数や問題は限られた最低限の一部分であり、日本人同志が、同じ人間が、完全殺人犯罪を許し、少しの反省もない原発強行推進者を、私は人類の敵であり、地獄の使者と断言してはばからず、彼らこそ国賊であり非国民だと、あえてこの際付言しておきます。」

この通りだろうとボクは思う。戦時中の非国民ももちろん、非国民といっていた人たちだろう。
--非国民といって脅かし、人の命を軽視した……。その終りごろは、戦争ですらなかったと思う……。

しかし、珍しいことではなく、いつものことですね。


学者も大きなシステムに組み込まれた部品でしかない……。下「」引用。

「私は阪大理学部の放射科学講座の助手である。さらに専門的に言えば核化学を専攻している。そこで加速器のまわりや、実験用原子炉のまわりをうろつく機会が多い。しかし、実のところ研究者なんて言うのは専門馬鹿で、発電用原子炉のことなぞあまり良く知らなかった。-略-」

権威がいるという。下「」引用。

「“その道の権威”“その道の第一人者”と客観性を装って登場した熊取敏之氏は、実は科学技術庁所属の研究所のメンバーであり、「政府説明員」であった。」

まさに、その道の権威主義者だったのでしょう……。
--原発は非民主主義なシステムでもある。
権威主義は非民主主義でもある。

万年筆のような線量計ではかて1ミリあったというが、正確ではないという。
--久米三四郎阪大講師。1ミリレントゲンだけでは、あんな皮膚炎は起きないという。
ガイガーカウンターもベータ線は計れていないという。

阪大病院の田代医師が、診断にいたる過程を法廷で述べる……。

--真夜中に岩佐さんを訪ねる人がいた。
マスコミには名前が出たら、「殺されてしまう」という。
--岩佐さんと同じ症状だったという。

原発ジプシー』に紹介されているいくつかの箇所をピックアップして、見解を求めたという。

「あとがき」で樋口健二。 下「」引用。

「わが国初の原発被曝裁判「岩佐訴訟」について本文で詳細にその経過が語りつくされ、被曝労働者の実態が浮き彫りされているので、ここではこの本の誕生する経過を述べる程度にとどめたいと思う。
 私と岩佐嘉寿幸さんとの出会いはすでに一○年前に遡る。それは「岩佐訴訟」第一審が大阪地裁へ提訴されて三年目のことだった。-略-
 放射線問題がズブの素人であった私は、その後、阪大理学部研究室へ何回も足を運び、必死に勉強させてもらった。」

編集委員  :  柏井宏之(生活クラブ生協)、南波悠二郎(共同通信社)、樋口健二(フォト・ジャーナリスト)


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