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岩波新書 新赤版35 軍国美談と教科書

2009年06月19日 | 読書日記など
『岩波新書 新赤版35 軍国美談と教科書』
   中内敏夫・著/岩波書店1988年

「はしがき」に書かれてあります。下「」引用。

「この書物は、戦前日本で、その内容がときに「軍国美談」とうたわれ、初等教科書のなかで大きい比重をもっていた「水師営の会見」や「一太郎やあい」などの軍国教材の歴史を、修身と国語科の領域に焦点をしぼって、たどってみたものである。
 わが国で教科書の歴史というと、-略-しかし、本書のことのあつかい方はすこしちがっている。これまでの方法だと、教科書中の軍隊や戦争をあつかった教材は、軍部による初等教育を通して民衆支配の道具だということになる。軍事教材はたしかにそういう側面があり、軍部が文部省に圧力をかけてそうしようと意図したことも事実である。しかし、どんな権力者でも、その意図を思いのままに実現しえたわけではない。意図を実現された事実のようにみるのは、民衆はもっぱら支配される一方の受動的存在とみているからである。日本の民衆のこころはたしかに軍部とこれに従属した文部省によって支配されてきた。-略-軍部による文部省支配の歴史としてだけでなく、民衆の軍隊生活と戦争体験の、軍部・文部省による活用とその成功・失敗の歴史としての側面からもみなければならない。-略-
  一九八八年八月  著者(*中内敏夫)」



国定教科書行政制度によって、偏狭に……。下「」引用。

「国定教科書の執筆者たちは、なぜこんなに口がかたかったのだろうか。国定教科書編纂は国家のしごとである。図書監修官たちが組み込まれたこの国定教材づくりの国家機構のしくみを調べてゆくと、かれらが、なぜ、ときに偏狭とまで評される性格の持主だった(持主になった)かの理由がわかってくる。そこで、まず、国定教科書行政がどのようになっていたかをのべておこう。-略-」

軍事教材……。下「」引用。

「軍事教材や「軍国美談」が、民衆の戦争や軍隊体験を軍部の立場から活用すべくとりあげ、美談化したものだということは、この美談をめぐって、軍部と民衆が相互にかけひき、協調、競合、抗争の関係に入るしくみができあがっていたことを意味している。国民の目には一見なにげなくおこなわれきたかにみえる密室のなかでの国定軍事教材の存続・改廃の歴史を深部で動かしていたのは、じつは教科書の「軍国美談」を舞台とする軍部と民衆のこの協調と確執の力学だったのではないか。わが図書監修官の黙して語らぬその舞台裏をあかるみに出すことこそ、軍事教材史のひとつとしてひもとこうとするもののめざすところである。」

死んでくれ……。下「」引用。

「八波は教員むけの教科書説明会でこの教材に言及し、「愛国心は必ずしも日本人の専売特許ではありません。吾々は之に劣ることがあってはいけないという意味で「一太郎やあい」を書きました。「うちのことはしんぱいするな、天子様によく御ほうこくするんだよ」--此の事を伝えんが為に五里の山道を朝早くから草鞋(わらじ)がけで来た六十五歳のお婆さんを出しました。又「水兵の母」も出しました。何れも国民精神を涵養するのに良い教材です。なぜ死んで呉れないか、なぜ自由の為に死んで呉れないか、何時までぐずぐずして居るか、といわぬばかりの「水兵の母」です」とのべている(八波『読本中心国語教育概説』一九二四年)。」

そして美談さがしを始めるという……。下「」引用。

「「一太郎やあい」が、軍国の母もの「水兵の母」と同性格の教材とされている点に注意したい。「一太郎やあい」が国定教科書にのると、例によって地元では美談の主探しがはじまる。「水兵の母」のときと同じこの民間のうねりも面白い。同じことは、あとでのべる「木口小平」や「三勇士」にも怒っているのである。「一太郎やあい」のばあい、結局、地元の小学校長が探しあてたのを大阪朝日高松支局員がスクープし、一九二一年一○月一日の同紙に「物語の主人公は生存」と報じた。」

たとえ一等兵であるとも……。下「」引用。

「かくて「ありふれた普通の人間」から冷血な兵士に転進する過程に一役演じたものとして、教材「三勇士」が登場する。手記にはこう書かれている。
 彼は、肉弾三勇士のことを思い出した。(中略)「……わしらのでもあげな勇士を出して、世間の者を見返してやらなあなあ--」といって、全員が祭りのようにさわいだことわ思い出した。たとえ一等兵でもあのように死んで行けば、金鵄勲章がもらえる、-略-」

でも、現実は……。下「」引用。

「三勇士事件との関係で大事なことは、このような軍隊内の差別事件に対して、当事者たちは個々に抗議するだけでなく、などを通じて次第に組織的に抗議運動をおこし、しかも、これを、無産労農解放運動の一翼としてすすめるようになっていということである。」

事実よりも、マインド・コントロール! 下「」引用。

「かれが第一期国定修身書に登用されたときには「ユーキ」(勇気)という徳目を教材化するための素材としてだった点である。ところが、一九一○(明治四三)年発行の第二期国定本から、「忠義の心を起さしむろる」という目標のもとでこのラッパ卒の勇敢な行為が説かれるようになり、第三期になると、さらに、これに「天皇陛下の御為に」という限定が加わり、第四期へとうけつがれることになったのだった(第五期で廃棄)。」

これは北朝鮮の話のように思える……。
--北朝鮮のことで熱くなっている人も似ている……。








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