三、タイベン
28.タイベン
雄二らがしたのは、タイベンという野球である。これは、三人いればできる野球であり、道具は駄菓子屋で売っていたペコペコのボールである。これを、手をグーにして、打つのである。バットは要らない。
打った弾をノーバウンドでキャッチしたらアウト、これは普通の野球といっしょである。ノーバウンドでない場合、飛んで行ったボールをつかんだ位置から、外野の人間もしくはピッチャーが投げ、ベースにいる受け手がノーバウンドで取ったらアウト。
受け手は、ベースを足で押さえてキャッチする。もし、足がベースから離れたらセーフである。これはあくまでも原則である。
細かいルールは、自分たちで決める。
ノーバウンドをワンバウンドに、ルール変更するのは話し合いで決める。三人でするときでも、二人は必然的にバッターとピッチャーをする。もう一人が、キャッチャーか外野かは、その仲間で決めるのである。
ようするに、ルールは自分たちでつくることができ、できるだけ楽しもうと創意工夫していた。ルールは楽しめるかどうかの大きな要素なのである。そこが遊びとスポーツの違いだとも思う。
池山は右足をベースにつけて、体を精一杯に前に出して、鉄ちゃんから返るボールを取ろうとしている。池山の前でボールが地面につく。ワンバウンド、ツーバウンド……。ノーバウンドでないとアウトにはならないと書いたが、池山は体を前につんのめって、ボールを片手で取った。
「アウト!」
そう、鉄ちゃんは雄二らと同学年だが、特殊学校に通っていて、ルールもあまりよく理解していない。それで、鉄ちゃんが投げた場合は、届けばアウトなのである。
それなら、鉄ちゃんが受け手になった場合はどうなるか?
ボールは雄二の手から離れる。そして、鉄ちゃんは、きょろきょろしながら、池山のように、体を前に出す。パコーン! 軽い音をたてて、鉄ちゃんの手からボールは弾んで落ちた。
「アウト!」
鉄ちゃんの体に当たればアウトなのである。
というわけで、タイベンという草野球は、三人でもできるし、サッカーボールが買えない貧乏人でもすることができたのである。しかし、貧乏人の雄二らでも、サッカーはしたかった。それで、ゴムのぺこぺこした毬で、サッカーをしたものだが、どうやら、サッカーはハンデというのをつけるのが難しい競技である。どうもサッカーは格闘技に近いようにも思える。
しかし、このルールも鉄ちゃんが受け手になるといつまでそれが続くから、決めたルールであり、公平とか平等とかいう思想ではなく楽しく遊ぶために考えたものであった。
雄二らは、仲良く遊ぶために、自然とサッカーよりも、草野球のタイベンや三角ベースをしたものである。それも、自分たちが楽しめるようにルールを自分たちで考えていた。
いや、考えていたというより、好きなようにルールを変更していたというほうが相応しいかもしれない。杓子定規ではなかった。自分たちの遊びなのである。公式試合ではないのである。
この野球はどこでもやっていた。雄二らの小さなころは、そうどこでも、少しのスペースがあれば、雄二らの野球をしていた。吉田神社の大元宮の前の空き地でしたり、アパートの敷地でしたり、学校の運動場でしたり、体育館でもそんなことをしたことがある。体育館でできたのは、このボールでは窓ガラスが割れるなんことは考えられないからだ。
今の野球チームのような、そんな素晴らしい道具なんてない。ボール以外の道具なんてなかった。でも、雄二らは草野球を楽しんだ。人数が多ければ、三角ベース。三角ベースも、女の子も参加していた。ソフトボールのように、突き指することもないからである。
アパートで野球をするときは、普通の野球ではないルールがある。ホームランを打ったらアウト! 一点どころではなく、アウトなのである。それも、まだましなほうである。ボールが見つからなかったら、チェンジとなる。
それでも、まだましなほうで、スペアのボールがなければ、試合は終わってしまう。もちろん、ホームランなんか打つ、下手な選手のいたチームが負けなのである。
それでも、雄二らは夢中になった。自分たちの遊びである、楽しめないはずがない。
「いくで、恭子、打てるなら、打ってみい!」
「何よ、お兄ちゃんの球なんて、打てるわよ」
恭子は右手をグーにして、構えている。
ソフトボールと同じで、下手投げなので、そんなに早い球は投げられないし、ぺこぺこのボールは、早く投げられないし、打っても飛ばない。それだから、狭いアパートの敷地内でも野球ができるのである。
見事に、恭子は空振りをする。
「あははは。へったくそー!」
ときどき、大人がそれを見ていて、
「なんとまあ、下手なことか、わしが、お手本を見せてあげよう」
親切なコーチが現れるのがまた、タイベンや草野球の通り相場ときていた。
「よし、いくで!」
見事、ホームラン!
「おっさん、アウトや!」
お手本をみせた名コーチは、狭い塁の間を、あっという間に走って顔を真っ赤にする。
「何を言うのや、ホームランやないか。見事、屋根を越えて行った」
「あほか! ルールしらんのか」
「何をいうとんじゃ。野球のルールくらい知っとるがな」
おっさんは真っ赤な顔をして正当性を訴えるが、子供たちはそろって否定する。
「これ、わしらの野球や」
自称・名コーチは迷コーチへとかわった。
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