三、タイベン
29.ぼくらのドッチボール
ジョンさんは、いつも本を持っていて、暇さえあれば読んでいた。さすが、京大の大学院の学生だと噂されていた。陽の当たらない四畳半のアパートの部屋で本を読むより、外で読むほうが楽しかったのだろう。日陰になっている階段に座ってジョンさんは本を読んでいた。
野球をしていても、ジョンさんは野球には参加しない。これは大人が仲間入りするものじゃないと思っているようだ。ぼくらも、幸江たちがゴム跳びをしているとき、女の子の遊びなので滅多に仲間に入らなかったのに似ていた。
しかし、ジョンさんも手毬のドッチ・ボールには参加した。今では大変なスーパー・ドッチ・ボールとかいう、突き指など怪我をしそうな競技もあるが、このドッチ・ボールはそれらとは違う。恭子も吉坊もできるものである。そのかわり、スーパー・ドッチ・ボールのように格好はよくない。
「ドッチ・ボールしようよ」
これもアパートの敷地でできる。学校のドッチ・ボールのように激しいものではないし、遊びである。競技と遊びのちがいは、それは完成されたもの『競技』と、自由自在に自分たちでルールを作り出すことができる点が大きくちがう。
そして雰囲気も競技者の心構えも大きくちがう。創造性をより必要とされるのは、いうまでもなく遊びの方だろう。創造性が高ければ高いほど遊びは面白くなる。
ルール、これを決めることによって、下手な人間も上手い人間も、同等にできるのである。それはゴルフではハンデなどというルールで縛られているが、このドッチ・ボールにもハンデがある。
まず、花いちもんめのように二つのチームに別れて並ぶ。最後に残った人のチームが勝ちである。ボールは両手でもって、下にさげ、上にあげる勢いで投げる。
キャッチ、これも下手なものは両手で取る。少しうまくなれば、利き手だけ、次に利き手じゃない片手で受け取る。ある野球の審判は「わたしがルール・ブックだ」と言ったそうだが、ルール・ブックは子どもたちがつくるのだ。それが遊びだ。
「受けてみい」
池山が吉坊にふわーとしたボールを投げた。
「うん、兄ちゃん」
吉坊は取ろうとするが、取れず、顔に手毬が当たる。吉坊は蚊を両手で叩くようにボールをキャッチするからそうなるのだ。
「あかんで、吉坊。ボールをとるときは、目をつぶっちゃいけないんやぞ。それにな、これやったら猿の玩具やぞ!」
池山は吉坊のキャッチする格好をまねした。
「どうして、それが猿の玩具や」
「何度もしたら、ほれ!」
「ほんまや、猿の玩具や」
「あはは。まだ吉坊には早いか。じゃ、また地面にころがしたのを取ろうよ」
「いやーだ」
と吉坊。
「それだったら、すぐ負けになるやん」
「いいよ」
吉坊は顔を真っ赤にしている。
「こないだ一度とれたことがあるのよ」
恭子が思いがけないことを話した。
「すごいやん、吉坊」
みんなにそう言われ、吉坊は照れていた。
最後に残ったふたりは、幸江と池山だ。この二人の間にハンデはない。二人の対戦である。幸江は女の子だが、男の子のように体育ができる。ということで、ルールもかわる。
片手でとったら、右手なら一歩歩くことができる。後ろでも前でもいい、キャッチの上手いものは後退するほうが、むしろ有利になる。左手なら二歩歩くことができる。股をくぐっての右手なら三歩、左手なら五歩進める。しかし、二人の勝負はどうも力と力の勝負である。
バチー! 大きな音をたてて、池山の胸でボールがはねた。
「わーい、ぼくのチームの勝ち!」
吉坊の大きな声。それに続けて、
「やっぱり、兄ちゃんの負け!」
と笑っている。
「なんやねん」
池山がすごみのある声である。
「お猿の玩具みたいや」
吉坊が池山に言い返した。
「どこがや」
「歯をむいていたわ」
恭子が説明した。
アパートの石段で、本を読んでいたジョンさんは本を階段の上に置く。
「私も仲間に入れて下さい」
「いいよ」
「ルールの説明をするよ。ジョンさんは幸江といっしょでいいか?」
「まあな。片足で立つ以上というのは無理やからね。両足を浮かすのは無理やろ」
「逆立ちして取るというのは、どうや」
「そんなの無理やろ」
「幸江といっしっょで、受け取るとき、片足で立って左手で取るのにしたらどうや。でも、三年生以上の子には普通でええよ」
「それでいいです」
ジョンさんは楽しそうな顔をしている。
吉坊や恭子たちがいる時は、ホンケン(真剣勝負)ではないから、歩くことはできない。
吉坊がボールをジョンさんに向かってころがす。ジョンさんの体はゆらゆら揺れている。
ジョンさんは片足立ちである。ボールをとるときバランスがくずれて、足を動かしてしまった。
「ジョンさん、アウト!」
「これ、難しいです」
「当たり前や! 大人やもん」
「そうや、そうや」
池山と幸江のホンケンが始まる。これは迫力がある。また、幸江の勝ちだった。
「また、やろう」
ジョンさんは、ゆらゆら揺れている。
「やった! ジョンさん、取れたで」
しかし、ボールはジョンさんの首と手の間にある。
「上手やな!」
恭子と吉坊が手を叩いている。
「いい運動になります」
ジョンさんは楽しそうに笑っていた。ルールは時にはいい加減でもあった。楽しむのが目的であるから、それで良かった。
↓1日1回クリックお願いいたします。
ありがとうございます。
もくじ[メリー!地蔵盆]