磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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「戦争と平和」少年少女の記録5 果てしない戦い-戦場へいく父や兄-

2009年04月17日 | 読書日記など
『「戦争と平和」少年少女の記録5 果てしない戦い-戦場へいく父や兄-』
   秋山正美・編/日本図書センター1993年

--原本。
『僕等の文章・私達の詩』百田宗治・編/新潮社1940年
『戦争と子供』増田勲・編/博文館1943年



堆肥でイモをつくったという……。下「」引用。

「「このいもが堆肥の肥料だったのだろうか。」と不思議に思うほど、堆肥のほうが粒が大きく、いもがたくさん付いていました。」

運動会は体育会と呼んだという……。下「」引用。

「例年の運動会は、今年は体育会に改められた。新しい着物を着ず、弁当も平常のままという、非常時にさわしい体育会がやってきた。どれもこれも非常時にちなんだ遊戯で、その中でも特に勇ましかったのが、騎馬戦と棒倒しだった。-略-」

「正義を求めて-労働者エイブについて-」
--エイブとは、エイブラハム・リンカーンの愛称。

オリンピックで前畑に熱狂していることが書かれてあった。

「少国民」とは……。下「」引用。

「あなたは「少国民」という言葉を知っていますか。この言葉は、平成の現在では、めったに使われなくなりました。年の「少」ない「国民」、つまり、子供のことをいうのですが、日本が戦争をしていた当時は、子供のことを「少国民」というのが当りまえのようになっていたのです。-略-」

勝利を喜ぶモノクロ写真があった……。下「」引用。

「日本軍の勝利を喜ぶ小学生の少女たち。東京・九段の靖国神社で--「少女」1938年2月号」

慰問袋の手紙のために、小学生は困っていたようだ……。下「」引用。

「子供たちの手紙は、多くの場合、前線にの兵士たちに送る慰問袋の中に、日用品やお菓子などといっしょに詰められ、運ばれていきました。
 小学生にとって、どこのだれかわからない相手に、次から次へと手紙を書くことは、ずいぶんむずかしく、いやなことだったようです。-略-」








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