磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

鱧男の小説などをUP。環境問題に戦争・原発を!環境問題解決に民主主義は不可欠!

昭和二十年夏、僕は兵士だった

2010年09月12日 | 読書日記など
『昭和二十年夏、僕は兵士だった』
   梯久美子・著/角川書店2009年

水木しげるの名前があるので手にした本です。



帯に書かれてあります。下「」引用。

「二十年夏、兵士だった
戦争という名の青春があった。
金子兜太(俳人)・大塚初重(考古学者)・三國連太郎(俳優)・水木しげる(漫画家)・池田武邦(建築家)
それぞれの戦場で、かれらは何を見たのか。今こそ語る、若い日の戦争。-略-」

市民と兵士……。下「」引用。

「市民が動員されて兵士になったのがあの戦争であり、市民と兵士、というように二つに分けて考えることは適当ではないだろう。しかし、兵士の経験を持つ人にとっての戦争は、ずつと市民の立場だった人とは、やはり違うはずだ。
 単に被害者として自分を規定することのできなかった人たち--とりわけ、人生のとば口に立ったばかりだった、若い元兵士たち--は、戦争の体験とどのように折り合いをつけて戦後を生きてきたのだろう。-略-」

飢え……。下「」引用。

「金子氏は戦時中、海軍主計注意としてトラック島に赴ついている。日本の将兵の多くが、おもに飢えのために死んだ島だ。やせ衰えて死んでいった人たちの、小さくなった木の葉のような顔が目にこびりついて離れないと、記事の中で語っていた。」

やくざ者……。下「」引用。

「やくざ者も多かった。入れ墨もめずしらくなかったな。バクチはやるし、島に女性がいなくなってからは、公然と男色行為にふける者もいた。
 大連で人を殺して、内地にもいられなくなって島に来たという男がいてね。それだけで部隊ではもう英雄なんだ。-略-」

食う……。下「」引用。

「--腹が減ってどうしようもないから、拾い食いのようなことをする者が出てくる。当時、海にダイナマイトを放り込んで魚を捕ってたんだが、あがってきたフグは捨てていた。危ないからね。しかしそれを拾って食うやつがいる。そんなことをしたら死ぬぞといくら言っても、「うまい、うまい」と言って食う。そして死んでしまう。
 雑草を煮て食う者もいる。食べ過ぎて腹をこわして、下痢をして脱水症状を起こす。そうして衰弱して、やっぱり死ぬ。」

特攻の対極。下「」引用。

「だが、金子氏がトラック島で見たのは、特攻隊の若者たちとは対極にある死者たちだった。大義も美学もなく、ただやせ衰えて消えていった命。語り継ぐもののない、みじめなだけの死--。そんな死者のための場所を、金子氏はずっと、自分の中に確保し続けてきたのである。」

index

当時の人にはそう思えたのだろう……。

犬塚初重「人殺しは、俺一人でじゅうぶん」

「徴兵逃れ」三國連太郎。下「」引用。

「当時暮らしていた大阪から九州まで逃げた。朝鮮半島に渡ろうと思い、唐津で舟の段取りをしていたとき警察官に捕らえられた--。」

中国大陸の漢口で終戦を迎えた三國は、収容所へ。

広島、引揚げの列車から降りると……。三國……。下「」引用。

「その列車には引き揚げ船の中で知り合った人たちと一緒に乗っていたんですが、何か買うものはないかと思って、ひとりで広島駅で下車しました。そこから広島の街に入ったんです。
 そうしたら、ほんとうに何もないんですね。街は跡形もなく、一面の焼け野原。見えるものは原爆ドームと、ところどころに立っている鉄塔のようなものだけでした。
 戦地へ行く直前に、公用で一日だけ、広島の街に行ったことがあったんですが、そのときの面影はまったくありませんる
 広島で見た風景は、戦地で出会ったどの光景よりも恐ろしく、また無惨でした。」

目 次

国民的マンガ家=水木しげる。
手榴弾で魚をとったという。魚が気絶した間にとらないといけない。
そして、生きた魚を咽につまらせて死んだという。手だけでなく、口でも魚を取ろうとしたのだろう……。
その男は、死んだオーストラリア兵の靴をとってきて履いていたという。水木は、上等兵に「縁起が悪い」と言われて返したという。

ワニに食われて死んだ兵隊も多いという。
ワニは上半身を食べ、下半身は泥の中にうめておくという。しばらくすると、泥が流されて、浮き上がってくるという……。「そうやって、一日に二、三人くらい兵隊が減っていったね。あいついないな、どうしたんだと言っていたら、しばらくして、たいてい下半身だけ流れてきたね。」

自殺、現実はちがった……。下「」引用。

「水木氏に似顔絵を描かせた中隊長は、戦記マンガ『総員玉砕せよ!』に登場する。家が材木屋であることは同じである。また、その後描かれた自伝マンガ『ボクの一生はゲゲゲの楽園だ』(『完全版 水木しげる伝』と改題)にも出てくる。-略-
 実際には戦闘前夜に自殺した中隊長を、水木氏が作品の中でこのように描いたのはなぜか。それは、社会経験が豊富で人間味があった実在の中隊長に、このように行動してほしかった。一人くらいはこんな軍人がいてほしかったという思いからではないだろうか。」

25 総員玉粋せよ

ダメな二等兵……。下「」引用。

「インタビューの中で、水木氏は一度も、いわゆる正論を吐かなかった。あくまでも“駄目な二等兵”の視点から戦争を語り、見出しになるような決め台詞や恰好いい言葉はひとつも出てこない。」









もくじ

もくじ



エンタメ@BlogRanking




最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。