ラヂオアクティヴィティ[Ra.] 第一部ブロック・バスター 032すてきなアメリカ人たち 「それは、アメリカの人たちは差別をしなかったのよ。 それがうれしかったのよ。どう、勇気くん!」 「おおい、勇気!」 となりに坐っているマイクが肩を揺すった。 「うう……ん。怖かった」 「そうね。病気も怖いけど……。 偏見とか差別とかも怖いものじゃないかしら……」 「うん。その外科医は素晴らしいわね。 お岩さんの夫とは、月とスッポンだわね。 日本の男性にもすてきな人はいるわ」 ソフィーがうれしそうな顔をしている。 「そうね。それこそ、人間愛ね。原爆ってこわいわ!」 ミス・ホームズは述べた。 ナンシーはそれもあいつらなのよ、と心の中で思った。 マイクはアメリカには差別をする人もいれば、 それに反対する人もいる。 被爆して心まで傷ついていた人たち。 笑いを忘れた人に笑顔をとりもどさせたアメリカ人は、 同国人として尊敬できると思った。 でも、よくあそこまで輝代は 暗記できるものだなーと、不思議に思った。 輝代は新聞を取りだしてきた。 「この記事を読むわ。広島の原爆乙女を治療した サイモン博士が死去したことが書かれてあるわ」 「サイモン博士、アメリカ人の医師ね」 「そうよ、本日の新聞にね。原爆症の後遺症に 苦しんだ女性たちを治療したバーナド・サイモン博士が 死去していたことがわかったというのよ、八十七歳だったらしいわ」 「そういう人たちが、私たちの生きている時代、 同じ空気を吸っていたのか、何か誇らしい気分になるわね」 「一九五五年、被曝の後遺症でケロイドなどに 悩まされていた十六歳から三十歳までの日本人女性二十五人を、 ニューヨークのマウント・サイナイ病院に招き、 ほかの医師とともに形成治療にあたったと書いてあるわよ」 「「原爆乙女」とよばれた女性たちは、 米国民に被爆の後遺症の深刻さを印象づけるきっかけとなったそうね」 「良心のある学者が亡くなったことは悲しいなアー」 と博士、博士らしくなく感情的ないいまわしであった。 「もう、八十七歳だったのよ」 と、輝代は笑った。 ミス・ホームズは推理した。 「進んでいる方角は広島だ。明後日、 八月六日は広島に原爆が投下された日だわ」 ということは……。 それで、輝代もそんな話をしたのかしら……。
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