磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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ヨーロッパがみた日本・アジア・アフリカ-フランス植民地主義というプリズムをとおして-

2009年02月09日 | 読書日記など
『教科書に書かれなかった戦争Part 30 ヨーロッパがみた日本・アジア・アフリカ-フランス植民地主義というプリズムをとおして-』
   海原峻・著/梨の木舎1998年

表紙の裏に書かれてあります。下「」引用。

「本書の内容--抜粋
●コロンブスが残したものは?
●「黒人は人間ではない」-モンテスキュー-のか?
●「植民地主義は飢えた禿げ鷹」とディドロ
●仏・ロマン派のシャーブリアンヤやユゴーはアルジェリア侵略を推進
●黄禍論--西欧の優越観とアジアへの脅威
●コビノーの人種差別はナチズム台頭のに影響を与えた
●砲艦とアヘンと宣教師を運んだヨーロッパ
●「植民地化は人道主義である」--ボーリュー
●仏・社会党ジョレスの限界 他」



「フランス植民地帝国・略史」 下「」引用。

「フランスの植民地獲得の動きは、フランソワ一世統治下の花咲くフランス・ルネサンスとともに始まる。ヨーロッパの一国としてのフランスに生じたその動きは、やがて波紋を描きながら地球上のほぼ全域に到達していく。あらかじめその略史と基本的特徴をあげておこう。-略-」

アメリカン・インディアンや、日露戦争の時の日本人を「戦闘的」「好戦的」と西欧では描く。

--同士討ちの思想……。
「先住民軍隊の創設」
1741年、フランス人ブノワ・デュマが、4500人のインド植民地住民の最初の軍を結成。
これを真似、「アメリカ・インディアン」同士を戦わせたという。
「欧州の軍隊で働くインド兵士」をフランス語でシパーユといい、シパーユの類語にスイバがあるという。

「黒人法典」が作られたという。下「」引用。

「黒人奴隷貿易は、一六四二年、ルイ十三世が保証することにより公的な性格をもった。日本では江戸幕府がキリシタンを厳禁し、長崎にやってきたポルトガル船の乗員を斬った頃である。ルイ十四世治下では西インド会社の創設者であるコルベールが、重商主義政策のなかに黒人奴隷貿易をとり入れた。そのコルベールの影響下、「黒人法典」がつくられている。一六八五年で、「ナポレオン法典」などの百年以上前である。十九世紀初頭の黒人奴隷と奴隷主との関係が規定されている。たとえば黒人奴隷には、集会、武器の携帯やアルコールの使用が禁じられている。白人に対する暴力には死刑で処罰される。-略-」

モンテスキューは『法の精神』だけど……。下「」引用。

「モンテスキューは黒人奴隷反対の立場になり得なかった。
「モンテスキューの「人間」には黒人は含まれていない。モンテスキューの奴隷制批判には黒人奴隷はまったく対象にされていない」(ジュリアン・J・ラフォンタン【モンテスキューと法の精神における奴隷制の問題】一九七六年)」

カトリックは人道? 下「」引用。

「黒人はときに白人の退化したものとされ、強制収容所や厳しい処罰が必要という考え方も奴隷商人や植民地の農園主ばかりでなくフランス本国の聖職者、つまりカトリック僧などによっても支持されていた。」

--「ディドロの植民地主義批判--『ブーガンヴィル航海記捕遺』」

「野蛮人」には2種類あるという。下「」引用。

「ヨーロッパの言語では日本語の「野蛮人」に対して一般に二つの用語が使用されている。フランス語の場合のSauvage(ソーヴァージュ)とBarbare(バルバール)である。日本語ではどちらも「野蛮」と訳される場合が多い。しかし、欧州語のSauvageは語源となるラテン語のSilva(シルヴァ)が森を意味しているように自然の中にいるもの、人為により変えられていない自然のなかで自由なものを意味している。対して、Barbareの「野蛮」は本来、ギリシャ・ローマにとって外のもの、後にはキリスト教世界の外、あるいはルネッサンス期イタリアではイタリア生まれでないものを指している。-略-」

もう1種類あると思う。
「教養ある野蛮人」--差別する、このような人たちですね。

ゴビノーの『人種不平等論』は聖書? 下「」引用。

「一九六三年、アルジェリア独立戦争の終結した翌年、文庫版の大きさのゴビノーの『人種不平等論』がパリで再発行されている。裏表紙に「第三帝国はゴビノーをニーチェやワグナーと同列に置きナチスの理論家たちは“人種部平等論”を人種主義の聖書とするに至った」とある。-略-」

カトリックによるという……。下「」引用。

「「義和団事件」は、後に記すように欧米の黄禍論発生の一因となっている。欧州共通教科書にも同様な記述がみられる。「義和団事件」に直接にはキリスト教、とくにフランスのカトリックによる清に対する国家権力侵害に対する反発、排撃により発生している。それは白禍批判でもあったが、白禍はイデオロギー、思想としてはキリスト教布教を温床として形成されたものである。-略-」

ヒトラーはコピーしたという……。下「」引用。

「太平洋戦争勃発のほぼ一カ月前に開戦方針を定めた御前会議がひかかれ、「帝国国策遂行要領」が採択されている。この会議で枢密院議長原嘉道は東条首相にり、ヒトラーが日本を「二流人種」とみなしているとし、対米開戦に際しても留意すべきと意見を述べている。そのヒトラーの『我が闘争』におけるアーリア人種優秀論は、ゴビノーの「人種不平等論」のコピーといってよい部分をもっている。」

--森鴎外。
明治36年6月の講演で、コビノーを紹介。下「」引用。

「鴎外は日本が勝利すれば黄禍論はますますま勢いをますであろうと予言していた。」

「植民地は必要で正当--社会党」

社会ファシズムと非難。下「」引用。

「一九二八年以降、たとえばフランス共産党は国内でそれまでは統一行動の相手としていた社会党を「社会ファシズム」として非難し始めるが、それは三○年の初めまで続く。そのころには、フランス共産党は激烈に自国の植民地政策も非難している。」









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