【めす馬】
も一つ似たよぉな噺ですが、やはりある人が山の中で道に迷よぉた。
で、麓へ出よぉと思うのに、段々だんだん奥へ入って辺りは黄昏てくる。
どぉしよ~と思ぉて見ますと、そこに一軒の家(うち)が。
あばら家ですけれども、入り口に馬が繋いである。
割りと手入れの行き届いた艶々としたメス馬です
「ははぁ~、馬が繋いであるねやさかい、人間がおるに違いない」
訪れてみますと一人の男が出て来て、
■あんた、どこをどぉこんな所へ入って来なはった?
普通の人間の来るよぉな所やおまへんで
◆せやけど、道に迷よぉたもんで……、何とか里へ出たいんですが
■よろしぃ、今日は日が暮れたし、ここで一夜を明かして、
わたしが道を教えてあげます。あした帰んなはれ。
「ほなら、ご厄介になります」
といぅので、まぁ夜(よ)と共に色々と物語をする。
◆けどあんた、馬と一緒にこんなとこに住んでなはる?
■えぇまぁ、こんなとこですのでなぁ、馬ぐらいおってもらわんと困りまんねん
◆せやけど、あんたお一人で?
■はい
◆どぉいぅわけでこんな山奥へ引きこもりなはった?
■はい……、めったに人が訪れるといぅこともない山中でございますし、
まぁよくよくのご縁でこんなとこへ、あんた来てもらいましたが、
懺悔ばなしといぅことでもないが、夜もすがらお話いたしましょ……、
実はわたしは、人交わりのならぬ体でございまして。
◆どぉいぅわけで?
■人に言ぅてもろたら困りますが……
「これを見てください」と、裾をパッとまくりますとビックリした。
大ぉきぃのなんのて、足が三本あるかと思た。
◆これわッ?
■はい、これでございますので。まぁ、嫁をもらうこともできず、
風呂へも行けませんし、もぉ世間にいて人と付き合うといぅことが、
ほとほと嫌んなりまして、まぁこんな所で、
身の因果を託(かこ)ちながら一生終わろぉ、といぅ気になったよぉなわけで。
「あぁさいですか。お気の毒なことですなぁ」と、物語るうちに東が白んだ。
麓へ出る道を教えてもらいまして、別れを告げて家へ帰って来る。
で、家の嫁はんに
「実は夕べ、何とも不思議なことを体験した。こぉこぉこぉいぅわけやねん」
●へぇ~ッ!
◆でまぁ、道教えてもろて帰って来てんけどな、世の中にはえらい人がおるもんやなぁ
●どれぐらい大きかったん?
◆そぉやなぁ、まぁあの床の間の花活けぐらいはあったなぁ
●まぁ、さよか……
といぅんで、その晩は寝ました。次の朝目を覚ましてみると女房がおらん。
子どもに聞ぃてみると
「お母ちゃん、朝からあの床の間の花活け持って考えてたけど、
どっかへ出てってしもた」
さては……、といぅので、また、きのう帰った道を逆に辿って行ってみると、
やっぱり馬が繋いであって佇まいは前と変わってない。
◆わたくしの女房が、こちらへ来ませんでしたやろか?
■お越しになりました
◆さよか……、いや無理もないと思います。
常からあいつはもぉ「物足らん、物足らん」言ぅてたんでんねん。
◆まぁこぉなったんが因果やとあきらめて、
わたしのほぉはそれで思い切りますが、子どももあるし話もちょっとあるので、
一目だけ会わしとくなはれ。
ひとこと話をしたら、すぐ帰ります
■はい、それがその……、お会わせ申すことがでけん、
といぅのがお気の毒に、お亡くなりになったんです。
◆えッ! あれが死んだ! どぉいぅわけで?
■入り口のメス馬に、蹴り殺されましたんで。
* * * * *