無理しないでボチボチ

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笑福亭鶴志 鰻の幇間

2015年09月19日 | 落語・民話

鰻 の 幇 間

【主な登場人物】
 野太鼓の一八(いっぱち)  ほんの顔見知りの旦那

【事の成り行き】
 生きて動いている鰻を見る機会がめっきり少なくなりました。顔を合わせ
るのはスーパーの鮮魚コーナーで販売されている、鰻蒲焼きパック詰めの姿
が常となっています。

 町の商店街に活気のあった頃、店先で香ばしい匂いを撒き散らし、タレを
付けながら鰻を焼く魚屋の土間には、竹カゴに入れられてヌメヌメ、ニョロ
ニョロうごめく活きた鰻がいたものです。

 日頃、肉料理のほうが作るのも食べるのも簡単だ、という理由で魚料理を
避けているわたしでも「土用の丑の日」前になるとついつい、世間の騒ぎに
乗せられて買い求めることがあるわけです。

 たいていの場合、舌に残念な思いで「ご馳走さま」を言うことのほうが多
いのですが、夏の盛りの鰻というのは本当に旨いものなのか? フッと疑念
が湧いて調べてみると、思いの通り「鰻の旬は秋から初冬にかけて、越冬の
ためにか産卵のためにか、体に脂肪を貯め込む季節」という結果が出ました。

 ただし、これは天然ものの場合に限るのであって、わたしがいつもお世話
になるお手ごろ価格養殖ものは「一番需要のある盛夏に、最も脂が乗るよう
調整されている」というから二倍に悔しいやないですか(2005/15/18)。

             * * * * *

 え~、お運びありがたく御礼申しあげます。暑い中によぉお越しいただき
まして、なんといぅありがたいお客さんであろぉか、今も出演者一同余りの
嬉しさに、涙こぼして喜んでるものは、ただ一人もございませんけど。せっ
かく来てくれはってんさかい、最後までどぉぞお付き合いのほど、お願い申
し上げときますが。

 明日から高校野球が始まるわけでしてね、残念なのが明徳義塾の生徒たち
の不祥事で、可哀想にね、一生懸命この日のために頑張ってきたのに、高々
タバコとか暴力問題であぁいぅふぅに不祥事になってしまうんですが。

 でもね、わたしあの弁護するわけやおまへんけどね、野球部に暴力問題は
付きもんですねんで。わたしらあんた、高校のときなんかの野球部なんてね、
もぉ言ぅたら完全出場停止になるぐらいですよ、ホンマの話。

 もぉ、毎度まいどですもん。たとえば雨降った日に一時間で練習が終わる
いぅたら、先輩が何するかいぅたら、一年いじめ始まるわけだ。小さな教室
へ皆閉じ込められてね「はい、今からボックスまで行って五分で着替えてこ
い」

 わたしら部室へ行って、靴下からスパイクからユニフォーム脱いで、制服
に着替えて、カッターシャツ上から全部ボタン止めて、風紀委員会みたいな
ことされて「はい、もっぺんユニフォーム」四回、五回続けよる。なんで野
球うまなんねん、そんなんでね。

 そぉか思たら唄歌わされたりね「唄歌え」「ほな、僕が歌います」言ぅて
ビューティフル・ドリーマー歌とて殴られたことありましたけどね。ほかの
やつは童謡歌とたりするから「僕はビューティフル・ドリーマー歌います」
言ぅて歌とたん。

 といぅのが、僕は学生時代に中学ぐらいにコーラス部におったもんで、あ
の~……、嘘て分かるだけオモロイね、入れるわけあれへんがな、だいたい
こんな声のコーラスてねぇ、なんせ小学生のときから親父に間違われた声や
ねんから。

 それから朝七時に学校集合やらされる、何かいぅと挨拶の仕方の練習。こ
れも今考えたらアホらしぃ。野球部の挨拶て「こんにちわ」言ぅたらあきま
へんねん。先輩と廊下でパッと会ぉた瞬間にね、帽子を取って「よぅッ!」

 「よぅッ!」言ぅたときに目を見たらいかん、目ぇ見たらまたバシィ~ッ
となるわけ「それぞれはい、皆やってみぃ」中にはアホがおってね「こんに
ちわ」バシィ~ッ殴られる。

 わたしと、東京から来てる加賀っちゅうのがおってね、この加賀っちゅの
がおもしろかった。三年生が「唄歌え、お前東京やろ、巨人の唄歌え」言ぅ
たらね、加賀がふてくされてね「僕、巨人軍嫌いなんですけど」言ぅたらあ
んた、三人、四人が寄ってたかってボカボカ・ボカッ殴って、鼻血たれなが
ら睨みながら歌とてましたよ。

 ほんで、その加賀とわたしとが一年生で態度が悪かった。毎日ですよ、ほ
んまに、学校で殴られ寮で殴られ、もぉ最後なんか俺言ぅたもん「縄で縛り
上げて、ムチでしばいてくれ」もぉ平気やもん、殴られんのん。何の関係も
おまへんけど。

 こないだ、漫才のこいし師匠とちょっとしゃべる機会があってね「こいし
師匠はどぉいぅ気持ちで漫才やったはったんですか?」て聞ぃたらね「わた
しは聞ぃていただいてます」と、これが大事やなと思いましたね。聞ぃてい
ただいてますといぅ気持ち。

 わたしも気持ちを新たにしょ~思いましてね「聞ぃていただいてます」と
いぅ気持ち、まぁ、ここ(ゆとりーと)は別ですけども。ここは聞かしたっ
てる……、んなことはおまへんけど。

 まぁ我々この芸人、よぉ言われますのが「あんたらえぇなぁ、好き勝手な
こと言ぅてて、それでどぉのこぉの……」と言われますけども、この芸人ほ
ど難しぃもんはおまへんで、ホンマの話。ねぇ、こらもぉアホではできまへ
んから。と言ぅて、賢こでもやりまへんけどね。

 我々はまぁ落語といぅのがありますから、ある程度楽ですけど、とにかく
落語もねぇ、あんたら覚えらたできる思てまっしゃろ? それ、でけへんね
でホンマの話。よぉね「覚えたらできる」言ぅけどね、全然違うのん。この
ね、小説でいぅ行間ちゅうのがあるわけだ、ここでどれだけ自分が工夫する
かですねん。

 そらあんた、落語覚えてね、その通り皆がやってりゃえぇんやったら、松
鶴のテープここへ置いたらしまいの話でしょ、それではいかんわけだ。松鶴
の通りやってもいかんし、米朝の通りやってもいかんし、春団治のままやっ
たらいかん。ほたら何かと言ぅたら、やっぱりそれぞれの工夫が要るわけで
すから、落語わ。

 中でもこの、芸人で一番難しぃ商売といぅのは、太鼓持ちといぅ商売、こ
れがまた難しぃ。芸者衆ですと、まぁ女ごが男の機嫌を伺うわけですから、
ある程度甘味がありますわ。

 ところが太鼓持ちといぅのは、男が男の機嫌とるんですから、また男は無
茶なこと言ぃよる「漬けもんを目ぇで噛め」とかね「二階から飛び降り」と
か言ぅても「へぇへぇ」と笑いながらうまいこと誤魔化す。

 せやからとにかく、お客さんに逆ろぉたらいかんわけだ。お客さんが「烏
は白い」と言ぅたら「あぁ、白いでんなぁ」と合わせないかん、大変な商売
です。

■おい、暑いなぁ

●暑っついでんなぁ、こぉ暑かったら金玉が溶けそぉでんなぁ

■けど涼しぃやろ?

●涼しぃ涼しぃ、北海道かなっと思いました

■最前食た刺身、旨かった

●旨かった、あんな刺身おまへんで。生まれて初めて食いました

■筋があったやろ?

●筋だらけでんがな、あんなもん。あらもぉ嫌でんなぁ。

■俺なぁ、あいつ嫌いやねん、あの三八(さんぱち)いぅやつ

●わたしも嫌い。あんな嫌なやつおりまへんで

■ちょっと可愛げあるやろ?

●ありますあります、可愛げだらけでんがな

■どっか行こか?

●行きまひょ行きまひょ

■やめとこか?

●やめときまひょ。

 何やわけの分からん話をしとぉる。

 それからね、新町の何々とか、キタの何々、ミナミの何々といぅ、この師
匠連になりますと違いますけど、俗に言ぅ「野太鼓」といぅのがある。こら
もぉ道なんか歩いてましても、誰ぞこぉ知らんやつを捕まえては、百年ぐら
い飼ぉてもろた狆(ちん)コロみたいに慣れ染んて、ズ~ッと付いて行って、
きつねうどんの一杯でもご馳走になろかといぅ。

 これ、お客さんを魚に例えまして、家におるもん引っ張り出すのを「穴釣
り」と言ぅ、でこの道で引っ掛けるのを「陸(おか)釣り」とこぉ言ぅわけで
ございますが、一生懸命とにかく座敷なんか出れませんから、道で何か取っ
捕まえてはちょっとの銭にしょ~といぅ商売でございますが。

●暑っついなぁ、せやけど今日わ……、今日はなぁ、羊羹がここにふた棹あ
んねん。なぁ、この餌で誰ぞ釣ってこましたろ。えぇ~ッと、誰がえぇかい
なぁ? そぉや、こないだ中の芝居の前で会ぉたんや、蔦屋(つたや)の姐さ
ん「いっぺん、うちおいで」言ぅたはったからな、いっぺん行ったろ……

●確か蔦屋といぅのはこの辺やったなぁ……、え~、こんちわ

▲どちらはんでおます?

●あの、わたし一八(いっぱち)と申しましてな、幇間、太鼓持ちでおましてな、今、門(かど)通りましたんで。これつまらんもんでおますが、
どぉぞお姐さんに……

▲まぁ、こらえらいすんまへんなぁ

●で、お姐さんは?

▲へぇ、うちのお姐さんなぁ、旦那と有馬行きました

●あぁ、いたはりまへんのん? あ、そぉすか。あの、いつ頃お帰りで?

▲なんか「三日ほど行ってくる」言ぅたはりましたけど

●あッそぉ、ほな、わたし一八と申しますんで、またついでの時に寄してもらいますんで、えらいどぉも相すまんこって、へぇ……

●アホらしなってきた、敵がおれへんのんちゃんと見んと餌撒いてしもたらあかんわ。こら大事にせないかんで、羊羹ひと棹。え~ッと、今度はどこ?そぉ、中村の姐さん、あの人、わし知ってるさかいな……

●え~、こんちわ

★まぁ、一八さんやおませんか、どぉもお久しぶり

●暑っついですなぁ、ホンマにご無沙汰で、あの、お姐さんは?

★うちのお姐さんな、旦さんと京都へ行きました

●あぁ、京都に、あぁそぉだすか、へッ、ほならわたし……

★あ、ちょっとちょっと一八さん、それ何ぞ持ったはりまっしゃろ?

●え、これ? へぇ、こらあぉ、持ってますけど

★それ、姐さんに預かっときまひょか?

●いぃえぇ、こら別に姐さんに持ってきたわけやおまへんねん

★そら何ですのん?

●「何ですのん?」て、これね、あの、弁当でんねん。

★お弁当? 何であんた太夫衆が弁当持って歩いてまんのん?

●実はわたい、わけ言わな分かりまへんけど、脚気(かっけ)でおましてな、麦飯の弁当食わないかんと思いましてへぇ。ほなまた、ついでの時に寄してもらいまっさかいに、えらいすんまへん……

●こらどぉもいかんわ、今日は誰もいてへん。こぉなったら穴釣りやめて陸釣りせんならん、なぁ、ちょ~ど時分どきやさかいに、誰ぞ捕まえて、何か飯でもおごってもらおかいなぁ。そのあいだにヨイショかまして祝儀でももらおっちゅうやっちゃ。

●え~、しかしやっぱり暑いさかいに、誰も表歩いてへんなぁ、誰ぞ……、おッ、えぇ格好(かっこ)で来たがな、えぇ上布(じょ~ふ)着てるで、帯止めといぃ履きもんといぃ、えぇコ~モリ持ってなぁ。あぁいぅ人はちゃ~んと金持って……、何や、俥乗って行ってもたがな、どんならんなぁ。

●あッ、向こぉから来る人、俺の顔見てニコニコ笑ろてるがな、誰やったかいなぁ……? 太鼓持ちが人の顔覚えてへんちゅうのん、こらいかんがな。
だんだん近付いて来るがな、浴衣着て手拭持って、どこ行くんかなぁ?

●近付いて来た……、よッ、旦那、お久しぶりでッ

■おぉ、師匠、久しぶりやなぁ

●えらいすんまへん、こないだはご馳走なりまして。もぉなぁ、わたしもいろんな人見ましたけど、あんさんほど気風(きっぷ)のえぇ人おまへんなぁ。芸者衆にボンボン・ボンボン祝儀きって、わたくしもあの時はえらい酔いまして、ホンマに申し訳おまへん。

■どこで呑んだんや?

●いえ「どこで呑んだ?」て、あ、あそこで、ほれ、ズ~ッとこぉ行ったとこ

■何が「ズ~ッと行ったとこ」や、どこで会ぉたか教えたろか

●えぇ、教えとくなはれ、どこで会いましたかいなぁ?

■お前と会ぉたんはな、一心寺で会ぉたんや

●お寺で? 寺で会いましたかいなぁ? え、誰の時に……、あッ、歌川のお師匠(おっしょ)はん。さよか

■そやがな、お前あの時、煙草盆蹴って皆に怒られとったがな

●そぉでおますわ、あの時はえらい失礼(ひつれぇ)いたしました。旦さん、どちらへお出かけで?

■カッコ見たら分かるがな、浴衣着てお前、手拭ぶら下げてんねん、今から風呂屋行くねん

●風呂屋、よッ、お供しまひょか?

■アホなこと言ぅなお前、風呂にお供してどないすんねんな

●そんなこと言わんと、もぉ時分どきでっさかいな、なんかご馳走になりたいもんやなぁと思いまして……

■お前、まるで寄生虫やなぁ。なんかいぅたら取り巻ことしてるやろ、まぁまぁ、そやなぁ、このまま別れるっちゅうのもなんやし、何ぞ食べるか?

●食べます。食べます。もぉ大ぉ食べ、何ぼでも食べまっせ。もぉ牛でも豚でもな、もぉ四本足なら何でも食います。と言ぅてもね、四本足でも食わんのもありまんねんで、何を食わんかご存じでっか? へぇ、櫓炬燵は食いまへんねん。何でか知ってまっか? これは「当たるから」言ぅて、ハッハッハッハッ……

■エゲツナイやっちゃなぁ、しかし。そぉかいな、ほんだらな、どぉや、鰻でも食ぅか?

●鰻? この暑い最中に「鰻食いたいなぁ」と思てましたんや、へぇ。鰻、そぉですか、柴藤(しばとぉ)かどっかへ?

■アホなこと言ぅなお前、こんなカッコしてんねや、この近所でえぇか?

●近所でっか、結構でおます

■いやいや、いつも行ってる馴染みの店やねん。店はもひとつやねんけどな、本場の鰻食わせるさかいに

●あさよか、ほなお供さしてもらいます

■まぁ付いといでぇな

●しかし旦さんねぇ、わたいホンマに今日はね、朝からえぇことがあると思てましてん。と言ぃますのがな、朝お茶入れましたらな、茶柱が立っとりましたからなぁ、誰ぞえぇ人に会えると思いまして。

●あのぉ、旦さんのお宅は?

■先(せん)のとこや

●先のとこ……、あぁ知ってます、先のとこ

■知ってるか?

●知ってます、知ってるがな。これ真っ直ぐ行きまっしゃろ、ほでちょっと曲がりますやろ、ちょっとこぉ行ったらほれ、屋根のある……

■当り前やがな、屋根のない家(うち)なんかあるかいな

●そぉそぉ、また寄してもらいまっさかい

■あぁ、来らたえぇさかい……、ここの鰻屋(うち)や、今わし鰻見てるさかいな、お前、先二階上がっとき

●さいでおますか、ほな待ってまっさかいに、お先失礼します。

●へッ、よっと、二階へ上がってきた……、何やこれ? 汚いうちやなぁ、子どもがあんなとこで勉強しとるやないか。オシメが干したぁる。これ、ホントに鰻屋かいな? おッ、大将、どぉぞどぉぞ、ちゃ~んとここ空けときましたさかい。

■何を言ぅてんねん……、あぁ、姐さんすまんけどな、銚子一本と鰻二人前持ってきてんか、それから先に何ぞつまむもんをな

●そぉでおますか、こぉして香々(こぉこ)で酒呑むっちゅうのもよろしおます、旦さんおひとつ。

■えぇがな、今日はな、もぉお客と太夫衆関係なしに、友達づきあいしょ~。な、せやからそない行儀よぉ座らんとアグラかきぃな、平らに座りっちゅうねん。

●いえぇもぉ、アグラは鼻で十分かいてまっさかいな、結構でおまっせ。ほな独酌で、えらいすんまへん、相すまんこっておます。ちょ~だいします、お、こらえぇ酒ですなぁ。わたしも今までいろんな酒呑んできましたけどな、こんな旨い酒おまへんわ。これこれ、香々、これわたい好きで、ホンマ行儀悪おますけどな、こぉいぅのん手で食ぅのんが一番好きだんねん……

●ん、んッ、こらおいしおますわ、ホンマ、ん、んッ、ホンマ

■喧しぃなぁお前、ちょっと静かに食べたらどないや

●しかし、旨いもん食いますと、勝手に口がプルルルル~ッと動きますんでな、はい、鰻がきました鰻が。よッ、この鰻ッ、いただきますちょ~だいします、へぇ……

●んッ、口の中でトロォ~ッと溶けてしまいそぉな、結構でおますわ、ほ~ら結構で……■あのな、あんたまたうちおいでや。酒呑みたかったらちゃんと四斗樽(しとだる)もあるさかいな。うちの嫁さんが芸人が好きでな、よぉ役者から浴衣もらうねん、また浴衣何ぼでもやるさかいに、うちに来たらえぇさかいに。

●寄してもらいまんがな、寄していただきますがな。ほんであのぉ、旦さんのおうちは?

■先のとこや

●あぁ、先のとこねぇ。ここをこぉ真っ直ぐ行って、こぉ行ったとこの、ほれ、屋根があって入り口のある

■当り前やないかい、何を言ぅてんねん。あの、わしちょっと行ってくるさかい。

●どちらへ? え、憚(はばか)り? ほんだらお供いたしまひょ。え? せんでもえぇ、一人で呑んどけ? なるほど、粋なお客さんやなぁ「わしが座ってりゃ、気ぃ遣こて酒が呑めんやろ」てなもんで、こぉして自分一人で呑ましてくれるっちゅうのがありがたい。ほな遠慮せんといただこか……

●鰻、結構ななぁ、こらなかなか旨い……、姐さん、姐さん、ちょっとすまんけど、あと酒二本、内緒で足しにしといて、持ってきてくれたらえぇさかい、ドンドンいくさかい。

●しかしまぁ、あぁいぅ旦さんは大事にせないかんなぁ「いっぺん来いよ」て。これからうち行ったら、向こぉの嫁さんがわしのこと気に入ってくれて「わたしの妹の旦那にしたらどないやろ」言ぅてくれはって「うちのちょ~ど前が空いてるさかいに、あの家をやったらどないや」言ぅて。

●わしもとぉとぉ太鼓持ちから足洗えるかも分からん。あぁいぅお客さんは大事にせないかんなぁ思てんねけどなぁ、ホンマに結構なもんで。しかし、なかなか帰って来ぇへんなぁ、どないしてんねや? あそぉか「一八は気がよぉ利くけども、ケツが重たい」と思われたらいかんさかいに、お迎えに行かなしゃ~ないなぁ。

●姐さん、はばかりはここだっかいな? あそぉか……、大将(トントン)旦さん(トントン)何したはりまんねん(トントン)待ってまんねやで(トントン)難産でっか?(トントン)ずっとおきばりやす(トントン)何をゲラゲラ笑ろてんねん?

●今、旦さん迎えに来たんや、え? この中、誰もいてへんて? いや、そんなことあれへん、最前のあの浴衣着た人はどないしたんや? もぉお帰りになりました? 何でや? あぁそぉか、馴染みやさかいに帳場へちゃんと金を預けたぁるねんやな?

●え? まだ勘定いただいてません? ほな何かい、わしゃ今までずっと手銭(てせん)でこれ呑んでたんか? ほぉ、なるほど、よぉ考えやがったなぁあのガキャ。まぁえぇわい、あと酒五本持ってこいホンマに、アホらしなってきた情けない。太鼓持ちがこぉいぅ目に遭うとは思わなんだ。

●姐さん、あんたなぁ、この形(なり)見たら分かるやろ。わしゃこぉして低姿勢で「大将」とか「旦さん」と言ぅてるやないか。わしのほぉがお供に決まったぁるやろ

★いや、けど先ほどのお客さんが「わしのほぉが浴衣着て、向こぉが羽織着てるさかいに、向こぉが大将で、こっちがお供やさかい」と、こぉおっしゃいましたんで。

●ふぅ~ん、あそぉ、ほなわしゃ今、手銭で呑んだんやな。よっしゃ、ちょっと姐さんそこへ座り、あんたに言わんならんことがあんねん。あのな、鰻屋に二人が来てやで、盃が二つ、柄が違うっちゅうのはどぉいぅわけやねん?

●なッ、そら片方(かたっぽ)がやで九谷で、片方が伊万里なら分かるで、これ見てみぃや、片方は丸に天ちゅう字ぃ書いたぁる、これ天ぷら屋のやっちゃないかい、で片方は日の丸と軍団旗がグイチになってるやないか、房がぶら下がったぁって。

●ほんでこの徳利(とっくり)や、な、鰻屋の徳利ちゅうのは無地がえぇねん。見てみぃこれ、狸が三匹ジャンケンしてるやないか、何やねん。それから、この酒やがな、わしゃ客の手前「旨い、旨い」言ぅて呑んだで、呑んでる尻から頭へビンビンくるやないかい。これ何ちゅう名前や?

★はぁ、兜正宗で……●「兜正宗?」どぉりで、頭へくると思た。それとこの香々、こぉこ何やこれ、この奈良漬。よぉ薄ぅ切ったなぁこれ、こんなもん自分で立ってへんで、横の大根にもたれとぉる。

●それからこの鰻や、わしゃ客の手前「舌の先でとろける」言ぅたけど、バリバリバリバリ音したぁるやないか。これ、どこにあったんや? え、生簀(いけす)にあった? アホなことぬかすな、二階の天井裏にあったんやろ、しょ~もない。

●それから、この家は何やねん、ちょっと掃除したらどないやねん。わしもいろんな家の色見たで、これ佃煮色やないかホンマに、あこへオシメぶら下げやがって。ほんで、そこの床の間の掛軸は何や? 二宮金次郎やないか、鰻屋の二階で女ごでもくどこかちゅうのに、何で働く人の掛軸が飾ったぁんねん? しょ~もない。

●言ぃとないけどな、あんたもちょっとな、見てやらないかんちゅうねん。

わしがこぉいぅ風に低姿勢でしゃべってる、向こぉが浴衣でも偉そぉにしてる、どっちがお供でどっちが旦那か分かるやろ。そら確かに、あんたはな新しぃかも知れん、え? 十三年いてますて?

●ネコやったら化けてるで、お前。

よぉおるなぁホンマにもぉ、しょ~もない。

自分の手銭で食わしやがって、もぉ分かったわかった、払うがな。

で、なんぼやねん? え、九円七十五銭? ちょっと待ちぃなおい、鰻が二人前に酒が五本、あと二本追加したって九円七十五銭て高いやないかい。

●え、なに? お供の方が、お土産に三人前持ってお帰りに? ハッ、そこまでやるか……、はぁ、敵ながら天晴れやねぇ。あぁ、分かった。払お、払うよ、払たらえぇねやろ。

何かしてけつかんねん、よぉ今朝、コ~モリ傘買わなんでよかったなぁ、買ぉてたらえらい目に遭うこっちゃで。

●分かった、払ろたる。

ここにちゃんと縫い付けたぁんねん、こらなぁ、普通の金やないんやぞ、わしがな、芸人なる言ぅて家飛び出す時に、弟があとから追いかけて来て「兄さん、もぉわしとあんたとは離れ離れなるけども、これをわしや思て大事に持っといてくれ」言ぅてもぉてきたやつや、この十円札。

●さぁ、持って行けッ。え、お釣り二十五銭? 要らんわッ、そんなもん。
そんなもんあんたに上げる。たかが二十五銭もぉたって嬉しないさかい。な、あんたに上げる。あんたに世話になったさかいなッ。ホンマにもぉ、しょ~もない。つま楊枝くれ、つま楊枝。

●また来てくれ? 誰が来るかっ、アホンダラッ、何かしてけつかんねん、
しょ~もない。おいおいおい、あんた下足番やろ、わしが帰ろっちゅうねんさかいな、下駄出したらどないや下駄。なに? 下駄あれへん? 何をぬかしてんねん、わしの糸柾(いとまさ)の通った下駄があったやろな。え、お供の方が履いてお帰りになりました?

●はぁ~ッ、そこまでやるか、あのガキャ。ほんだらえぇわい、あいつの薄っぺらい草履があったなぁ、あれ出してくれッ!


【さげ】

★あぁ、あれはお供の方が新聞紙へ包んで、持ってお帰りになりました。


【プロパティ】
 太鼓持ち=宴席などに出て、客の機嫌をとり、その席のとりもちをするこ
   とを職業とする男。幇間(ほうかん)。
 門(かど)=家の前。屋敷の入口。宅地および周囲に付属した田畑などを意
   味する垣内(かいと)からの転。
 チン=狆:イヌの一品種。日本原産。奈良時代に中国から輸入された犬種
   を改良したもの。体高25cm程度。顔が平たく体毛は長い。白色の地に
   茶あるいは黒のぶちがある。愛玩犬。
 有馬=有馬温泉:神戸市北区、六甲山地の北側、有馬川渓谷沿いの温泉地。
   畿内最古の温泉。上代から知られる。京阪神地方の避暑・保養地。泉
   質は食塩泉。
 太夫衆=幇間、太鼓持ち、大道芸、門付芸、見世物などの芸人の称。
 脚気(かっけ)=ビタミンB1欠乏による栄養失調症の一種。末梢神経が冒さ
   れ、足がしびれたり、むくんだりする。脚病(かくびょう)。あしのけ。
 ヨイショ=物を担ぎ上げるときなどに使う掛け声ヨイショ。にひっかけて、
   おだて担ぎ上げること。
 かます=はさむ・さしこむ・クサビを打つ。が本来の意味であるが、やっ
   つける・やってしまう。の意味にも使う。
 上布(じょうふ)=上質の麻糸で織った軽く薄い織物。夏の着尺地とする。
   越後上布・薩摩上布など。
 コウモリ傘=開くとコウモリが翼を広げた形に似るところからいう。細い
   鉄の骨に絹・ナイロンなどを張った洋傘。こうもり。
 気風(きっぷ)=気まえ。気性。心意気。
 一心寺=坂松山高岳院一心寺(ばんしょうざんこうがくいんいっしんじ)、
   浄土宗、開基1185(文治元)年、法然上人、法然上人二十五霊場第七番
   札所、年中無休、宗派を問わぬ庶民の寺、大阪市天王寺区逢阪2丁目。
   四天王寺、石の鳥居を西に下った左側にあります。
 煙草盆=炭を入れるための「火入れ」と、竹でできた灰捨て「灰吹」を一
   つの箱に納めたもの。取っ手のついたものが多い。
 エゲツナイ=濃厚な・辛辣な・酷烈不快な場合などに用いる形容詞。エグ
   イ(喉を刺激するいがらい味)から出た語だろうという説もあるが、一
   方にはイゲチナイという語もあり、イカツイ(厳しい)の転じたものか
   と考えられる。イカツイ→イカツナイ→エカツナイ→エゲツナイ。ナ
   イは幼気(いたいけ)ないなどと同じで、無いではなく甚だしいという
   意味の接尾語。
 柴藤(しばとう)=三百年の歴史を持つ鰻料理の老舗。現在、大阪市中央区
   高麗橋2丁目に店を構える。
 コォコ=香香:元来漬物のことであるが、特に大根漬け(タクワン)のこと
   を指す場合が多い。
 憚(はばか)り=人目をはばかる所の意で便所のこと。
 しゃ~ない=仕様が無い→しょうがない→しょ~ない→しゃ~ない。
 手銭(てせん)=自分の金。身銭。
 なり=形・態:服装。また、髪形・服装などを含めた人の姿。身なり。
 九谷=九谷焼:石川県九谷に産する磁器。明暦(1655~1658)年間に開窯し、
   元禄(1688~1704)初年まで製された豪放な色絵磁器(古九谷)、および
   1806年京都より青木木米を招いて開窯したのに始まる精細豪華な色絵
   磁器などの総称。
 伊万里=伊万里焼:伊万里港から積み出された陶磁器の総称。有田焼を主
   とする。
 グイチ=食い違うこと。ちぐはぐ。
 しょ~もない=つまらない。くだらない。仕様もないの訛化。
 二宮金次郎=二宮尊徳:(1787~1856)江戸後期の農政家。通称、金次郎。
   相模国の人。合理的で豊富な農業知識をもって知られ、小田原藩・相
   馬藩・日光神領などの復興にもあたる。その陰徳・勤倹を説く思想・
   行動は報徳社運動などを通じて死後も影響を与え、明治以降、国定教
   科書や唱歌などにも登場。
 何かしてけつかんねん=何を+ぬかして+けつかる+ねん。ヌカスは「言
   う」ケツカルは「する、いる」という意味の下品な悪態口を示す語。
   ネンは助詞「~のだ」標準語では「何をおっしゃっているのでしょう」
 糸柾(いとまさ)=糸目柾:木材の柾目が、糸のように細かくて密なもの。
 新聞創刊=1871年1月(明治3年12月)横浜で発行された「横浜毎日新聞」
   が、日本で最初の日刊新聞。ちなみに大阪では1879年「大阪朝日新聞」
   1888年「大阪毎日新聞」1952年「大阪読売新聞」。それ以前は、1868
   年「内外新聞(週刊)」同年「浮世新聞(1号のみ)」1871年「大阪日報
   (浪華要報)」1872年「大阪新聞」など創刊されるが、いずれも短命。
   面白いところでは1877年「浪花実生新聞」1878年「大坂でっち新聞」
   のちに「大阪絵入新聞」。1888(明治21)年から数年間「大阪朝日新聞」
   「東雲新聞」「関西日報」「大坂公論」「大阪毎日新聞」の五紙激戦
   時代。1891(明治24)年以降「大朝・大毎時代」となる。
 音源:笑福亭鶴志 2005/08/05
    ゆとりーと寄席(HCT:東大阪コミュニティテレビ)

 

 

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