POWERFUL MOMが行く!
多忙な中でも,美味しい物を食べ歩き,料理を工夫し,旅行を楽しむ私の日常を綴ります。
 





 ベルギーに行くので、チョコレートに関する本をたくさん揃えて読んでいる妻が、これも目的地の1つである「リヨン(Lyon)」について調べている私に話しかけてきます。



 妻「ねえ、ゴディバのマーク知っている?」
 私「ゴディバにマークなんてあるの?」
 「知らない? 髪の長い女性が裸で馬に乗っているの。」
 「へえ。気がつかなかったなぁ。」
 「この女性がゴディバの名前の由来なの。」
 「創業者の名前じゃないんだ。」
 「そう。ノイハウスやベルナションとは違うの。」
 「そうなんだ。」
 「ゴディバ夫人は、領民のために裸で馬に乗ったのよ。領主である夫がそうすれば、重税を撤回すると言ったのよ。ひどい夫ね。」
 「え! それはピーピング・トムの話じゃないか。」
 「何、それ?」
 「裸で街中を巡ったら、重税を廃止すると約束された領主の奥さんはそれを実行するんだ。前もってそれを知った領民は、その日、窓をすべて閉ざして、まあ当時、窓はいまほど大きくはなかったし、数も少なかったんだけど、それに木製の戸がついていたので、それを閉めたんだね。部屋の中はほぼ真っ暗になったろうね。こうして、自分たちのために、死に値するほどの恥ずかしいことを敢えてしてくれる奥様に感謝の気持ちを示して、馬の蹄の音が遠ざかるのを待ったんだ。ところがね、中にはろくでもない男がいるもんで、トムという男が馬に乗って走る裸の奥さんを覗き見するんだ。品性卑しい、ということだね。神が怒ったのかな、トムは目が見えなくなるんだ。それで、人は彼を「覗き見トム」、ピーピング・トムと呼んで蔑んだそうだよ。領主の奥様は髪の長い女性で、その髪が裸身を覆い隠していたそうだよ。」
 「その話よ。」
 「そうなのか。ゴディバという名前だったんだ。でも、何でチョコレートのメーカーの名前になるの?」

 John Maler Collierの描くゴディバ夫人

(参考) イングランド中西部の「ウェスト・ミッドランズ州(West Midlands county)」にあり、人口で20番目(2011年のデータで、32万6千人)の都市「コヴェントリー(Coventry)」は、11世紀、「マーシア (Mercia) 」伯「レオフリック(Leofric)」が領主であり、その夫人が「ゴディバ(Godiva)」でした。1057年にレオフリックと死別した後、領主となったといいます(唯一の女性領主)。夫亡き後、10年以上生存していたといいます。レオフリックは968年生まれで、ゴディバは990年頃の生まれだといいます。年齢差は20歳以上。(参考の終わり)

 ゴディバの歴史は、本家の サイト の“THE GODIVA STORY”と、日本の サイト の「ゴディバの歴史」などにあります。

 「1926年、ベルギー、ブリュッセルでマスターショコラティエだったドラップス氏。自分の店を持ちたいという思いからそれまでの仕事を辞め、自宅の地下室を使いチョコレート会社を始めます。家族全員が会社の運営に協力し、4人の子供たちはそれぞれ製造、仕上げ、箱詰め、配送に携わっていました。」とあります。ここに出てくる「ドラップス氏」は、「ピエール・ドラップス(Joseph Draps)」です。“In 1926, Pierre Draps Senior created his first praliné chocolates, or pralines, in the small atelier of his Brussels home. Soon, the entire family including the four children helped their parents produce, finish, package and deliver their elegant chocolates, which were sold in the smartest department stores in Brussels.”とあるからです。

 「1937年、創業者のドラップス氏が亡くなり、その何ヵ月後かにドラップス夫人も亡くなります。残された子供たちは、自分たちの力で家業を守り続けます。ジョセフ・ドラップスは顧客の心を理解する才能を持っていました。ピエールは絶えず新しいチョコレートを開発する創造力を持ち、フランソワは滑らかなマジパンとおいしいゼリーの作り方をマスター。イヴォンヌは包装紙やリボンなど、美しいパッケージを開発します」とあります。ここで4人の子どもたちの名前が出てきます。「ジョセフ(Joseph)」、「ピエール(Pierre)」、「フランソワ(François)」、「イヴォンヌ(Yvonne)」です。ここに出てくる「ピエール」は、父親と同名の2代目「ピエール」になります。

 「1956年、「ショコラトリー・ドラップス」だった会社が「ゴディバ」となり、ブリュッセルのグランプラス広場に、「ゴディバ」第1号店がオープンします。「ゴディバ」の名は、ジョセフと妻ガブリエルによって命名されました。ジョセフは、季節のテーマや折々の出来事に題材を得て、創造性に富んだ粒チョコレートを次々と発表し、さらに、美しいディスプレイやラッピングでウインドウを飾りました。「ゴディバ」の名は瞬く間にベルギー中に拡がり、同時に、チョコレートは高級で個性的なギフトとなったのです。

 His son Joseph began working for the family business at the age of 14 and shortly after World War II took control of it. When he decided to open a shop of his own, he sought a distinctive name to give it and turned to his wife for ideas. She suggested Godiva, after the legendary countess who had protested high taxes by riding nude through Coventry, England, and Draps chose it for the new endeavor. (参考にしたサイト

 ガブリエルは、自己犠牲で民衆を救った「ゴディバ夫人」を尊敬していたといいます。創業から30年後のこの名称変更は功を奏します。ヨーロッパ世界ではよく知られた「ゴディバ」の名前は、本家の「ゴディバ夫人」よりもチョコレートのメーカーとして知られていくようになります。(あるサイトには、Cette notoriété est le premier objectif du couple. C'est pour ça qu'il a choisi un nom marquant et universel (c'est-à-dire facile à prononcer dans la plupart des langues). Mais pourquoi « Godiva » ? Tout d’abord pour la légende de cette Lady (voir encadré), ensuite parce que le nom suggère, à leur idée, luxe, qualité et générosité. Rapidement, Joseph Draps développe un réseau de magasins à travers le pays. とあります)

 「1958年、初の海外ショップがパリのサントノーレ通りにオープンし、以来、ゴディバは世界各国で店舗を展開しています。1972年には、ニューヨークの五番街に、日本では同年に初のショップがオープンしました。 1999年には香港へ進出、現在ではヨーロッパ、北米、アジアからドバイやロシアにいたるまで、世界中で愛されるプレミアムチョコレートブランドへと成長しました。

 Godiva Chocolatier traces its roots to 1926, when Pierre Draps started making chocolates in Brussels, Belgium, for sale to local shops. His son Joseph began working for the family business at the age of 14 and shortly after World War II took control of it.

 上記の記事によると、第二次世界大戦(World War Ⅱ)は、1939年9月1日の「ドイツのポーランド侵攻」によって始まりますから、「ジョセフ・ドラップス(Joseph Draps)」は、1926年以前の数年間に誕生していることになります。しかし、後述する東京新聞の記事では、三男である「ピエール・ドラップス(Pierre Draps)」は、1919年に誕生しているのですから、第二次世界大戦のやや前に14歳を迎えたジョセフは「弟」でなくてはなりません(ピエールは、1939年には19歳か20歳)。

(追記) 東京新聞は、2012年3月20日に次のような記事を載せます。「ベルギーの老舗チョコレートブランド「ゴディバ」の創業者の一人であるピエール・ドラップス氏は、1919年、チョコレート職人だった父の三男として生まれた。家族で経営していた店で10歳からチョコレート作りに従事した。1959年に、兄弟で「ゴディバ」を創業し、世界的なブランドに育て上げた。ピエール・ドラップス氏は、トリュフをはじめ多彩なチョコレートを開発し、「ベルギーチョコの父」と称された。 ゴディバは1979年に日本にも進出している。ベルギーメディアによると、ピエール・ドラップス氏は、2012年3月15日にスイスのリアツィーノ(Riazzino)で死去した。92歳であった。

 三男ということは、ジョセフが弟だとすると、ピエールの上にもう2人、男の子がいたことになります。この2人は家業を継がなかったのでしょうか、それとも早くに亡くなってしまったのでしょうか?「三男」を第3子という意味で捉えておくと、ピエールの上に姉2人(フランソワ、イヴォンヌ)がいて、その下に弟ジョセフがいることになり、整合性はとれます。(追記終わり。この記事は、GODIVAのサイトの記述が変わっていたことに気づき、2015年3月13日に一部書き換えています。) 



 妻が「ゴディバ・ジェムズ」を買ってきました。トリュフ、キャラメル、ショコラファンの3種類で、それぞれにミルクとダークがあるようです。私が口にしたのは、トリュフのダークで、これが美味しかった。お中元に人からもらったゴディバのボンボン・ショコラを特に感想を持たずに食べてしまって妻に叱られたのですが、今回は自然に口から「美味しい!」という言葉が漏れました。無駄に複雑にしていないストレートな美味しさ。無駄にいろいろなものを混ぜ合わせるといういまの流行に逆らって多くの食べ物がこの方向を目指して欲しいものです。

 キャビア(チョウザメの卵)、フォアグラ(ガチョウや鴨などの脂肪肝)、トリュフ(香りがあるが味はほとんどないボール状のきのこの一種)は「世界三大珍味」と称されます。チョコレートの「トリュフ(truffe)」は、形状が似ていることから、そう名付けられています。作り方を「斉藤美穂」さんの「フレンチ・ショコラ 究極のチョコレートレシピ」(1998年、文化出版局)から引用してみます。

 トリュフ20個分の材料は、製菓用チョコレート(例えば、甘酸っぱいフルーティな酸味を持ったヴァローナ社の「カラク」)…ガナッシュ用に100gとコーティング用に100g、生クリーム…80cc、蜂蜜…20g、無塩バター…10g、まぶすココア…適宜、です。

 まず、製菓用チョコレート、生クリーム、蜂蜜、無塩バターを溶かし合わせて、「ガナッシュ(ganache)」を作ります。それを球形状にして、湯煎して溶かしたチョコレートにつけてコーティングして、ココアをまぶして出来上がりなのだそうです。言葉で書くと簡単なのですが、成型して、冷蔵庫で冷やし、また加工するということが幾度か繰り返されます。ラム酒などの洋酒を加えてガナッシュを作ることもあるようです。蜂蜜の代わりに転化糖や水飴を用いることもあるようです。

               (この項 健人のパパ)



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