凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

スタンディングクラッチ

2007年07月31日 | プロレス技あれこれ
 「プロレスの神様」カール・ゴッチが亡くなった。享年82歳。(2007/7/29)

 プロレスラーという職業は、常に身体を痛めつけ続けるという過酷なものであり、そして更に自らを肥大させる、筋肉を無理に膨れ上がらせるといった「自らを異形の者に仕立て上げる」ことが使命としてあるため、どうしても無理を強いられてしまう。厳しいトレーニングはもちろんだが、どうしても無理な要請から薬物を使用せざるを得ない場合もあるだろう(肯定はしていないが)。そうして骨も内臓もボロボロになっていくレスラーも多い。打たれ続けて受身も取りすぎ、パンチドランカー的な哀しい末路だってある。
 それでもレスラーは「常人と違う」身体を維持し続け、相手の打撃を受け続ける。彼らだって人間なのだ。ギリシャ神話に出てくるイカロスは、蝋で鳥の羽を固めて翼と為し空へと飛ぶ。彼らレスラーの肉体だってその鳥の羽と同じだ。太陽に近づけば蝋は溶けて失墜してしまう。それでも彼らは飛び続ける。無理やり大きくした肉体で。そのこと自体が既に真剣勝負(セメント)ではないか。これを「所詮八百長」と揶揄する人たちは、イカロスの悲哀など決して分からない人に違いない。

 閑話休題。
 そうして短命のレスラーが多い中で、ルーテーズとカールゴッチだけは長命するのではないかと思っていた。ことにゴッチは、100歳くらいまで生きるのではないかと勝手に考えていた。
 ゴッチは、もちろん僕は現役時代を知る世代のものではないが、伝説は数多く伝わっている。無冠の帝王。あまりにも強すぎる、いや、決して妥協をしないレスリング姿勢から対戦相手に嫌われ、プロレスの本場アメリカでは干されてしまったという話。ルーテーズの肋骨を折り(チャンピオンに怪我をさせては興業が成り立たないではないか)、また当時の王者バディロジャースを控え室で袋叩きにして怪我をさせた(バディが自分の挑戦を怖がって受けないということに腹を立てたという伝説もある)というような話からそのことが伺える。
 ゴッチは、イギリスのランカシャーで生まれたレスリング技術「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」の具現者であり、その技術はつまりフリースタイルレスリングで関節技を主眼としている、とでも言えばいいのだろうか。突き蹴りではない。だから、現在の総合格闘技というものに対しては常に否定的だった。「投げて固めて極める」ことが主眼で、それ以外のものは認めようとしなかった。
 なので、弟子であった猪木の「相手の力を引き出した上で仕留める」という風車の理論とも対立した。ゴッチは「素手でどうやって相手を殺すか」を常に考え続けていたと言われ、相手の良さを魅せるなどという視点はなかった(これではアメリカでは受け入れられないはず)。流血など論外である。また、UWFにも濃く関わったが、そのキックを主体とする世界を強く批判した。
 これらはプロレスの主眼である「相手の技を受ける」ことの否定でもある。なのでゴッチの試合は華やかではなかったはずだ。
 これらのことからゴッチは、いわゆるプロレスラーの悲哀というものからは最も遠いところに居るレスラーだったのでは、と思えていたのだ。強いことは強かったはず。利己主義ともとられるストイックな姿。そして、ゴッチはステロイドが大嫌いで、レスラーの薬物汚染を最も憂いていた人物である。
 だから、ゴッチは長生きする。ゴッチは仙人化するのではないかと勝手に思っていた。しかし、そのゴッチもついに亡くなってしまった。西村やジョシュは嘆いているのではないだろうか。

 カール・ゴッチという人は、プロレスラーとしては大成しなかった人であるかもしれない。「神様」という称号は日本だけのものと言われる。しかし、コーチとしては、神様に値する人物ではなかったかと思う。特に日本においては。そのレスリングスタイルである「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」を日本に植え付け、トレーニング方法やスパーリング、そして「いかにして強くなるか」の精神を浸透させた。猪木を始めその薫陶を受けた日本レスラーは列挙にいとまがない。
 「卍固め」「サソリ固め」などゴッチ由来の技は数多いが、なんと言ってもゴッチの代名詞と言えば、「プロレスの芸術品」ジャーマンスープレックスホールドである。その人間橋の美しさは比類がないとも言われ、あのアンドレ(モンスター・ロシモフ時代だが)もジャーマンで投げたとされる。

 ゴッチのジャーマン伝説というのはもうプロレス界で語り草になっていることであり、「ゴッチ直伝」というのがステータスにもなっているが、ゴッチの凄さはもちろんそれだけではない。ゴッチは前述したように「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」のランカシャースタイルの具現者であり、元祖「関節技の鬼」とも言われる。その凄さを知ったのは、雑誌に載った一枚の写真だった。
 その雑誌はもう手元にないのだが(残念)、そこにはゴッチの拷問技のひとつとして「スタンディング・クラッチ」という技の写真が載せられていた。
 座っている状態の相手の頭部をまたぐようにして体重を後頭部にかけ、相手の片足を取り上部へぐっと引き上げる。首、背中に体重が乗り足を取ることで極まる。うわこれは厳しそうだ。掛けられた側の苦しげな表情が印象深い。こういう技こそがゴッチのランカシャー式であり、真髄だと思った。
 その「スタンディング・クラッチ」について画像がどこかにないかと検索したらあった。→「昭和プロレス研究室・ダニーリンチのスタンディングクラッチ」
 ここではあの「英国の流血王」ダニー・リンチがクローズアップされていているが、カール・ゴッチの技も載せられている。そう、このミスター・ヒトにゴッチが仕掛けている画像が、まさに僕が雑誌で見たのと同じ写真だ。懐かしい。
 なんともいえない雰囲気が出ている。苦しむ表情に舌なめずりするように薄笑いさえ浮かべるゴッチ。どうだ苦しいだろう痛いだろう。残忍な感じがする。年代的に若く古いプロレスを知らない僕がゴッチの恐ろしさを知った一枚の写真だ。

 この「スタンディング・クラッチ」という技は、例の「蛇の穴」ビリー・ライレー・ジム由来とされる。寝技ではないので観客にその苦しげな様子が見て取りやすいので、もっと発展してもいいかと思ったが、それほど多くに使われてはいない。地味といえば地味であるし。僕もこの写真を見たときからずっと注目しているのだが、それほど日の当たる場所に出てこない。記録では吉村道明が「足取り首固め」として使用していたようだがよく知らない。UWF系でも使われてはいたようだが(安生かな)、やはり地味めの扱いだった。
 この技をフィニッシュにしたのは、僕の知る限りまず渕正信だろう。渕がジュニアヘビーにおいてディーン・マレンコと戦った時のフィニッシュがこれだった。あ、スタンディングクラッチだ、と思わず僕も腰が浮いてしまったことを覚えている。渕は全日系では数少ない、ゴッチに直接指導を受けたレスラーであり、その経験が生かされたものであると思う。
 現在では、高山や鈴木みのるが時々使う。痛め技の範疇だがやはりゴッチの薫陶を受けているのだろう。また、僕は見たことがないのだが高木三四郎がよく使っているようだ。一度見てみたいがまだその機会に恵まれていない。

 派生技と言ってもあまり思い浮かばない。ひとつ、藤波がIWGP防衛戦で蝶野に、ドラゴンスリーパーを掛けて、蹴り上げて逃れようとする蝶野の足をそのまま掴んで引っ張り上げてギブアップを奪った試合があった。公式記録では「足取り飛龍裸絞め」となっているが、これがスタンディングクラッチに近いだろう。藤波は意識していたのか。
 また、この技の派生技というわけでもないのだろうが、もうひとつ書いておきたい、強烈に印象に残っている場面がある。それは、アンドレ・ザ・ジャイアントがこれに似た様な技を使った時である。相手は猪木。
 あれは、第三回くらいのIWGPだったかなぁ。猪木とアンドレが激突した。その試合で、アンドレは猪木に、いつものようにパワーで押しまくるのではなく消耗戦を挑んだ。執拗にスリーパーで猪木を絞め、体力を失わせていく。そしてショルダークロー。あのアンドレのグローブのような手でガシっと肩口を掴めばそれはたまらないだろう。猪木は徐々に崩れ落ち、マットに座るような状態になった。その時後方から技を掛けていたアンドレは、なんと猪木の後頭部に座るように体重を掛け、猪木の両足をぐっと持ち上げたのだ。
 スタンディング・クラッチは片足を上げる。しかしこれは両足。なおさら苦しかろう。そして乗っているのはアンドレである。古館アナが「首根っこに体重を掛けています!」と叫び、小鉄さんが「こりゃマズいですよ」と何度も言った。桜井康雄さんも「250kgが首にかかってますよ!」と言う。アンドレのケツの下で押しつぶされるように丸まっている猪木の表情は見えない。しかし、おそらく猪木の長い顎が自らのノド仏を圧迫しているに違いない。「こりゃマズいですよ」小鉄さんがまた言う。僕は猪木がこのまま呼吸が出来ずに死んでしまうのでは、と手に汗を握った。猪木はピクリとも動かない。この時ばかりは恐怖を感じた。
 アンドレはさすがに自ら技を解いたが、あのまま圧迫し続ければどうなっていたか。アンドレというレスラーはとにかく規格外にデカいので、何をやっても効くのである。この技はおそらく偶然に出たもので、スタンディング・クラッチを念頭においていたのではないだろうが、あんなに凄い技もそうそう無い。アンドレはそう言えば若手時代にゴッチに投げ飛ばされた思い出したくない過去を持つ。そのアンドレがゴッチ直弟子の猪木にスタンディングクラッチを掛けたとなればそれは因縁話めくのだが、そこまで深読みすることもないだろう。

 その「異形の者」の代表格であるアンドレもこの世を去って久しい。そうしてプロレスラーが次々と「殉職」していく中で、カールゴッチだけはずっと生き続けると思っていた。82歳でレスラーとして年齢に不足はないのかもしれないけれど、あの人が死ぬとはなんだか思えなかったのだ。
 強くなることが大好きだった人。もう「ゴッチ直伝」と新しく言える可能性がなくなったことは無念ではあるが、その「ゴッチイズム」はまだ受け継がれていくだろう。「神様」カール・ゴッチに黙祷を捧げたい。

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4 コメント

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Unknown (明石家_1955)
2007-08-01 20:14:19
ゴッチ死すともゴッチイズムはこれからも行き続けていくでしょう。
船木の復帰も何かの縁を感じます。
>明石家はん (凛太郎)
2007-08-01 23:08:17
船木復帰らしいですね。何かがくすぶっていたのでしょう。ゴッチはパンクラスとも例の件で距離を置いていましたが、それでも精神的なものが伝わってはいたのでしょうね。
やっぱり神様だったのかなぁ…。
さすがです! (ヒロリン)
2007-08-03 20:53:39
 追悼技記事楽しみにしていました。「スタンディング・クラッチ」とは、さすがですね。

 技の派手さよりも、実際に効く・・さすが「関節技の鬼」といったところでしょうか。


 近年PRIDEに参戦したジョシュの基本技術を「キャチレスリング」とスカパーで紹介していましたが、ゴッチの「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」のレスリング技術でジョシュがノゲイラに勝ったのを見ても、今に通じるすごいものなのだと感動してしまいました・・・。

 本当に100まで生きてほしかったゴッチ氏、ご冥福をお祈りします。
>ヒロリンさん (凛太郎)
2007-08-03 23:25:04
ありがとうございます。頑張って書きました(笑)。

ゴッチにとってはジョシュが最後の弟子ということになるのでしょうか。ジョシュは自分がゴッチの「曾孫弟子」であると以前に言っていました。ゴッチ→新日→UWF→ジョシュ、ということですが、その遺伝子を最後に直結させることが出来て本当に良かったなと。「間に合った」という表現は使いたくないですが。

「総合で肘打ちは使えなくても、肘で押すことは出来るだろう」ゴッチはジョシュにそう教えました。猪木がスパーリングで相手の頬の急所を肘でゴリゴリやる場面は何度も見ましたね。なんだかこんなことを考えていると本当にいろいろな思いが噴出してしまいます。

残念でした。あらためてご冥福を僕もお祈り致します。

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