凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

寿司屋で酒を呑む その参

2013年04月07日 | 酒についての話
 前回の続き。

 結局、酒というのは気分よく呑めるかどうか、なのである。いい気分で呑ませてくれる酒場が、すなわちいい酒場であると僕は思っている。
 魚介及び寿司の微妙な味なんて、本当はよくわからない。自分の舌にそれほど才能もないし経験も積ませていない。100円均一の回転寿司だってうまいうまいと食べている。こちらは名取は閖上産の赤貝です、いつもと違うでしょう?などと言われても、いつものと並べて出してくれないとわからない。並べられてもわからないかもしれぬ。
 だから、僕の思ういい寿司屋さんとは、ネタの鮮度がいいとか産地に拘りを持っているとかでは、ない。職人さんの腕も確かに重要かもしれないが、それよりも、職人さんが短髪で清潔感があるとか(握る人に不潔感があったらイヤだ)、おしぼりの汚れを気にしてこまめに取り替えてくれるとか、前回書いたようにゲタを置いたり刺身を別皿でちゃんと出す店のことである。そういうのが、酒呑みの気分を向上させる。
 この店は、入ったときにまず職人さんがこちらを向いて笑顔で「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。常連度がおそらく高いであろう小さな町の寿司屋であり、一見であることはすぐわかる。その一見の客をちゃんともてなそうという気持ちが見えた。
 僕は酒を注文するときに「お燗してください」と言った。そのときに店側は「熱くしましょうか、それとも…」という反応をした。こういうのは居酒屋でもあまり聞かれない。「熱燗いっちょ~」などと勝手に通されたりするのが大半(こっちはお燗と言っただけで熱燗とは言っていない)。燗の温度まで気にしてくれるのはうれしい。こうなると、酒の種類なんかどうでもよくなる。普通酒であっても美味いに違いない。
 また、タコの造り。このタコがどこ産のものかは知らないし、抜群に旨いものかどうかもわからない。もしかしたら少し水っぽかったかもしれない。けれども、きれいに盛り付けられ、あしらいもケンがしっかりと立っている。僕は刺身のあしらいまでたいてい残さず食べてしまうが、ケンの大根はしっかり水切りされていて気持ちがいい。
 タコも、酒のつまみにいいように造られている。心持ち厚めでしかもぶつ切りではない、歯ごたえを生かす造り。板場をのぞいていると、職人さんはタコの握りを注文されると、切り口を波型にして、さらに刃打ちをして歯切れがいいように仕上げて握っていた。つまみと握りでタコの切り方をちゃんと変えている。当たり前のことかもしれないが、そういう気遣いのない店もあるのだ。
 僕は気分がよくなって、酒をもう一本頼んだ。

 さて、この店には基本的にメニューはなかった。季節によって、また仕入れ状況によって品書きが変わるのが寿司屋であり、固定メニューを出しにくいのはわかる。
 だが、最初は気づかなかったのだがふと見ると、ホワイトボードに手書きの品書きがあった。そこには、一人前でいくら、といったことが書かれていて、松・竹・梅となっている。並・上・特上でないのも好感が持てる。
 そして、一品料理も。茶碗蒸し、潮汁、あら味噌汁と書かれている。値段もちゃんと明記してあった。
 これは、困惑する。
 僕はここまで、「寿司ネタをつまみに酒を呑むのが寿司屋で酒を呑む本流」であると書いてきた。一品料理は寿司屋の本業ではなく、若い頃に気取って煮魚を注文したことを大いに反省している。しかし茶碗蒸しは好きなんだよなぁ。しかも、品書きにあるんだよなー。
 僕は誘惑に負けて(?)、茶碗蒸しを注文してしまった。
 寿司屋の昼のランチでは、よく椀物がいっしょについてきたりする。おそらくこの店も昼はそうしているのだろう。このくらいは、寿司屋の許容範囲だろう(本音は茶碗蒸しがメニューにあって嬉しい)。
 ちなみに、僕にとって潮汁は酒のアテになりうる。というか、吸い物で酒を飲むのが実は好き。外ではなかなかしにくいが、家ではハマグリの吸い物などで延々酒を呑んだりする。蕎麦屋で「抜き」で呑むのも同様だろう。しかし味噌汁は僕には酒のアテになりにくい。どうしてかな。好みとしか言いようがない。茶碗蒸しは大好物なので(末期の一品にしたいくらい)、万能である。茶碗蒸しで酒も呑むし、メシのオカズにだってする。結婚したての頃、茶碗蒸しでご飯を食べてる男をはじめて見た、と女房は言い、僕をヘンタイ扱いした。

 茶碗蒸しは出来上がるまで時間がかかる。こういうのは席に着くと同時に注文すべきものだが、品書きの発見が遅れてしまったのでしょうがない。出来上がるまで酒を呑んで待つことになる。サクっと呑んで寿司に移行、がマナーであるのはわかっているので、申し訳ない。
 そうしているうちにタコの刺身は食べ終わった。酒は二本目に入っている。つけ台におかれたガリも口直しについつい食べていると、すぐに補充してくれる。こういうのも気持ちがいい。
 つまみはタコだけで終わろうと思っていたのだが、つい興に乗ってアジを頼んだ。ガラスケースにはサバもあって、どちらを切ってもらおうか迷ったのだがアジにした。さすれば、
 「たたきにしましょうか? それとも刺身で?」
 刺身にしてもらった。たたきも旨いのだけれど。
 しばらくして、出てきた。またきれいに盛ってある。アジの色つやもいい。
 もちろん新しい皿だが、醤油皿も取り替えてくれた。アジには下し生姜も添えられている以上当然なのかもしれないが、こういうところがちゃんとしている店はもう間違いないような気がした。
 アジを生姜とともに口に運ぶ。奥歯でギュっと噛みしめるほどの身の締り。これは刺身で正解だったか。また、鼻に抜ける香りがいい。酒がすすむ。
 そんなことをしているうちに、茶碗蒸しが運ばれてきた。
 寿司屋で出されるものは、例外はあるが握りも含めほぼ冷製である。だから燗酒や熱いお茶でバランスをとっているとも言えるが、こういう温かい料理を挟むのもまた嬉しい。
 茶碗蒸しは、言うまでもなく出汁を贅沢に用いていて、上品な仕上がりで本当にうまい。具は小海老、白身魚、百合根、銀杏、椎茸、三つ葉。鶏肉など入っていないのはさすが寿司屋の茶碗蒸しというべきか。匙で食べているのだが、その匙をなかなか置くことが出来ない。
 僕はもう一本酒を追加せざるを得なかった。

 ここまで、突き出しのイクラ、タコとアジの刺身、茶碗蒸し、酒三本。店に入る前に生ビールも中ジョッキで飲んでいる。酔い加減も、ちょうどいい(いや、ちょっと過ごしていたかも)。
 さあ寿司にしよう。
 多人数のお客さんがさっき帰ったのもまたいいタイミングである。注文して待たされるのは、しょうがないけど好ましくはない。今なら職人さんは手が空いている。
 「握ってください」
 そう言うと、板場から手が伸びてガリをまた新しく盛ってくれた。前に散らかっていた空いた皿などは全て一度片付けられ、醤油皿が寿司用のものに。今まで刺身は四角い深めの醤油皿だったが今度は浅めの丸い皿。こういうのは当たり前のことかもしれないが、ちゃんとやってくれない店も多いのである。さらにおしぼりも取り替えてくれた。寿司は手でつまむから、ということだろう。そして、
 「何しましょう!」
 の声がかかる。この瞬間、好きだなあ。ようし食べるぞ。

 よく、寿司を食べる順番について薀蓄のネタになるが、本当にどうでもいい。脂の強いものは後にしろという意見が多いが、まずトロを食べろ、という銀座の名店もある。だいたい、ガリを合間に食べお茶を飲めば口中はリフレッシュするだろう。あたしゃ好きに食べさせてもらう。
 まずは、エビ。小ぶりなのでそんなに高くないだろうという読み。僕は甲殻類が大好きでエビには目がない。エビは、やはり踊りより茹でたのが好み。予想通り旨い。
 次に、さっきつまみで食べるのを見送ったサバ。一応〆てあるのだが、シメサバまでゆかずかなり生状態。これ旨かったね。
 職人さんは完全に僕の前に立って、次は何が来るのかと待っている。僕も、出されたらすぐにつまんで食べる。これ、一人でないとこうはいかないのね。二貫で出されるので、一貫食べたら次の注文をする。それがスピードアップに繋がる。
 次ににヒラメ。脂がのっている。旨い。
 次にシャコ。ケースに見たときから食べようと決めていた。これは煮ツメを塗って供されるが、ゲタに直接置くのではなく小皿に乗せて出された。ツメが垂れるから、ということだろう。こういう気遣いも、当たり前なのかもしれないがちゃんとしている。このちゃんとしているところが嬉しい。ますます旨くなる。
 次に、マグロの赤身で鉄火巻きを。巻きすを使ったものも、ひとつは必ず注文する。海苔の香りがいい。パリっとしている間に急いで食べる。
 で、ついにアナゴ。握りを食べるときのクライマックスだと僕は思っている。軽く炙って握ってくれる。煮ツメを塗って、シャコと同様別皿で。口に入れるとほんのり温かく、はらりと溶けていく。あーホントにアナゴは旨いよね。カウンターで寿司を食べる醍醐味がこれ。
 最後に玉子を。さっき茶碗蒸し食べたのにまだ食うか、てなもんだが好きなものはしょうがない。寿司屋の玉子は、旨いよねー。

 ああ旨かった。もっと食べたいとも思ったがこれくらいにしといてやるか。
 熱いお茶を飲みながら、旨かったです、と伝える。にっこりと笑って「ありがとうございます」と。この店、また来たいな。何とか機会を作って。 
 勘定は、煮魚を食べて青くなった店の半額以下。満足です。寿司屋で呑んで食べるなら、こんな感じが理想。
 寿司屋で呑む話、終り。
 

コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 寿司屋で酒を呑む その弐 | トップ | ヤマタノオロチが呑んだ酒 »

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
しゃこ (よぴち)
2013-04-16 00:26:18
凜太郎さん

しゃこ、って、福井では滅多に見かけないネタなのです。
私は、しゃこには ちょっとした思い出がある…。
昔、茶戌が神戸にいた頃、阪急六甲の駅から少しずつ山手に上がっていく細い道、本当に細い道で、高架ではないのだけど、まるで高架下のような雰囲気の、小さな店が並んでいる、その角に、双葉寿司という寿司屋があったのです。
私は、田舎生まれだし、家も貧乏だったから、寿司屋なんて子供の頃は行ったことがなく、思い切って入った双葉寿司が、寿司屋デビューでした。
今思うと決して高級な寿司屋ではなかったと思うけれど、職人さんが3人くらいいて、「何しましょうか?」って尋ねてくる。それだけで、もう、嬉しくなってしまった。

そして、ネタケースをみると、見慣れない、得体のしれないネタが…。蒸し海老にしては大きい気もするし、色もそんなに赤くない。ある意味、ちょっと気味の悪いネタ。

これ、なんですか?と思わず尋ね、「しゃこです」と聞いて、とにかく頼みました。食べてみると、おいしかった。
新鮮な生の甘海老が主流の福井に生まれたくせに、エビやイカは火を通したものが好き、という私には、しゃこは とっても美味しく感じられた。
双葉寿司で覚えているのは、あとは、牡蠣くらい。
牡蠣の握り、というのも、それまで私は見たことがなかった。今は回転寿司にさえあるけれど。

そして、当然のように、「大人になった」気がしたのは言うまでもないです。
そう思った、幸せな気持ちを忘れることが出来ない、そういう思い出です。
返信する
>よぴちさん (凛太郎)
2013-04-16 06:28:57
双葉寿司というのはのれんわけなのか何かはよく知りませんがとにかくよくある屋号なのでどうなのかはわからないのですが、六甲駅の北口から東側(大学方面)に入るとそんな雰囲気もあったなと思い、ちょっとストリートビューで見てみましたらいきなり双葉寿司が出てきました(笑)。もっとも、よぴちさんの知る店と同一かどうかはわかりませんけど。
瀬戸内の春のしゃこというのはもう僕は大好きですが、そういえば北陸ではあまり見かけなかったような。やはり甘えびがやたら幅を利かせているところでした。がすえび(がさえび?)もうまかったし。神戸は、しゃこがうまい地域ですよ。
今から30年ほど前は(もうそんなに経つのか? ^^;)回転寿司はもうありましたけれどもそんなに一般的でもなく、やはり寿司というのは特別な食べ物でした。うちではハレの日(或いはお客さんのとき)に仕出屋さんから届けてもらうものでしたね。店になど行ったことがなかった。まだ小僧寿しなどの持ち帰り寿司もそうは多くなかった気がします。寿司といえば、母親がつくる巻き寿司かちらし寿司ですね。
そんな寿司が遠い青春(笑)。やはりはじめて寿司屋に入ったときってのは、記憶に残るもんですよね。
返信する
まさに! (よぴち)
2013-04-17 02:04:03
そう、その双葉寿司です!
実は私も、以前、ストリートビューで、懐かしくて下宿周辺や駅周辺を見てみたのです。
震災後、ずいぶん変わっていて、あの通り自体、もうなかったけれど、双葉寿司はあって、ストリートビューで確認出来たのです。ハイジ、というケーキ屋さんは もうなかったですが。1度、タコ焼きにするかハイジのケーキにするかで大げんかしたこともあったのに。

寿司屋は今も私にはロマン。値段分かってないとドキドキするのも未だに変わらず。
でも、だからこそ、そこで飲むお酒は特別なのです。
返信する
>よぴちさん (凛太郎)
2013-04-18 05:22:11
ハイジってあの水道筋のハイジのことかしらん。あそこ、確かに潰れちゃったんですよねぇ。何年前だったか。惜しかった。アルハンブラというケーキが絶品で。
いくつかのれんわけで独立されたパティシエが受け継いでらっしゃるんですが、なんだか残念。まあタコ焼きも捨てがたいので、喧嘩になるかもなぁ(笑)。

六甲の双葉寿司、食べログとかで見たらわりに行きやすそうな店ですね。こういう店でちょっと一杯やりたい気も。^^
返信する

コメントを投稿

酒についての話」カテゴリの最新記事