腐れゲー道

プレーしたゲームの感想文を、ダラダラと粘着質に綴ります。

ゴッド・スレイヤー ~はるか天空のソナタ~ (SWITCHオンライン版)

2020年03月23日 01時08分45秒 | ファミコンゲーム感想文
【ハード】ファミコン(SWITCHオンライン版)
【メーカー】SNK
【発売日】1990年4月13日(オリジナル版)
【定価】0円(SWITCHオンライン)
【購入価格】0円(SWITCHオンライン)
【プレー時間】10時間



SNK(旧)……は、ゲーム好きなら誰でも知っているだろう。で、この会社とほぼ=で結ばれるハードが、ネオジオだ。
ネオジオは、今から丁度30年前に「アーケード機&それと同性能の家庭用ゲーム機」として、鮮烈にデビューした。
登場当初は肝心のソフトにヒット作が生まれず、そのため基幹事業と考えていたレンタルも鳴かず飛ばず、見通しは暗かった。
しかし1年後にカプコンがスト2で対戦格闘ゲームブームを生むと、それに上手く便乗したネオジオは、一気に本領を発揮。
ゲームの人気に加え、ハード一式が安価だったこともあり、爆発的に普及した。当然、尋常じゃなく儲かったことだろう。
……ま、ネオジオについてはこの辺にしとく。その後は綺麗に盛者必衰を辿るわけだが、あまり語りたくはない……。

で。旧SNKはとにかくネオジオとほぼ一体のメーカーだった。けどネオジオと共に生まれたわけじゃない。「以前」があった。
ネオジオ発売までは他メーカー同様に、アケ&家庭用ゲームを販売していたのだ。ファミコンと、GBにも出していたと思う。
しかしネオジオ発売後はさすがに一本化せざるを得ず、他ハードへの作品提供は数年間止まることになる。まぁ仕方ない。
そんなSNKの、ネオジオ以前に最後に他ハードで出したゲームこそ、今作「ゴッド・スレイヤー」である。……やっと言えた。
別に(かつての)スクウェアと任天堂のような喧嘩別れじゃないので特筆すべきものではないかもしれんが、一応そうなのだ。
まずこの点で、今作は俺の記憶に強く残る一本なのである。ネオジオ格ゲーの匂いが全くしないのも、逆に印象的と言える。

更にそれ以上に、俺は今作に強い思い入れがある。つっても言ってみればごく単純に「発売当時プレーした」だけなのだが。
先に断っておくと、今作は名作ってほどの逸品ではない。でも適度なボリュームで軽快に遊べて、周回プレーに適していた。
当時は友人に借りて(後に自分でも買った)、数周するするとプレーした。あの頃のプレー環境にマッチしていたと思う。
……そして、その借りた友人が、な。ガッコ時代てクラス分けがあるから、「一年限りの友達」が出来ることってなかった?
同じクラスの年には仲良くするが、翌年には疎遠になる。別に意識してではなく、物理的距離が残酷な現実を作る。
他人はどうか知らんが、俺にはそういう悲しい友人が何人かいる。で、中でも今作を借りたSとは、本当に仲良くしたもんだ。
もしかしたら俺の人生で一番仲の良かった友達かもしれない。今もたまに思い出す。そして切れた縁を惜しむ。仕方ないが。
さっきも書いたが、意識してのことじゃない。ガッコという世界はそういうものなのだ。それもまた経験と言えなくもない。
Sとは色んなゲームをやり、話したが、今作が何故か一番印象に残っている。俺の中では、俺に限っては、殿堂入りの一本だ。
ゴッドスレイヤー、大好きである。世間的にはどうあれ、俺の輝かしき90年代とファミ魂を語るに欠かせない一本なのである。

そんなわけだから、俺は当然現代環境にて今作のデータ化を熱望していた。SNKも一応復活を果たし、特に障害は存在しない。
……なのに、一向にされない。何故だ!? いや、そら別にヒット作ではないから、そもそも需要がないのかもしれないが。
WiiでもWii Uでも待ったが、ない。他ハードでもガン無視。やっと「40thコレクション」に収録されたら、まさかのおま国。
ツイッタでも何度も何度も「出して下さい」と書いたが、当然そんな願いは届かない。いっそ虚しくなるほど空振りが続いた。
だから!! 今回SWITCHオンラインに配信のニュースを聞いたときは、耳を疑ったよ。逆に問いたい、一体何故今作を選んだ?
ぶっちゃけ、他に望まれてるタイトルが幾らでもあると思うのだが。担当者の強烈な趣味としか思えん。ユーは俺の友達だ。
本音を言えば、金を出して購入したい。思い入れがあるだけに、データを自分のものとしておきたいのだ。けど、しゃーない。
こういう形で日の目を見ただけでも大感謝すべきであろう。ありがとう任天堂、現SNK。本心からお礼を捧げたいと思う。
さて、本望とはややずれたが、ゴッドスレイヤーが現代環境に蘇った。じゃあどうする? はっ。愚問。問う要素ないだろ。
プレーするんだよ。20年ぶりくらいかなぁ。覚えてることも忘れてることもいっぱいだが、今また改めて、ゲームスタート。

まず今作はどんなゲームか? ズバリ言うと、アクションRPGである。……何気に今では見られなくなったジャンルかもな。
RPG的な成長要素と、アクション要素が合わさっている。現代と違い、当時はこうしたジャンル分けが割と明白だったのだ。
そして俺は当時も今も、アクションもRPGも好き。故にこの合体ジャンルは特に好物であり、俺が今作を好きな理由の一つだ。
フィールドはもちろん斜め見下ろしで、うろついている敵を剣で攻撃する。「イース」ぽいが、ぶつかり戦闘ではない。
アクションは剣振りのみで、一応ジャンプはあるが、オマケのようなもの。また魔法はあるものの、攻撃には使わない。
しかし今作には「パワー溜め」がある。Bボタンを押し続けることで、剣にパワーを溜め、放すとそれが発射される。
溜めは停止していないと出来ないが、一旦溜めればそれを保ったまま移動し、好きな時に発射できる。今作の攻撃魔法だな。
溜め撃ちにはレベルがあり、1と2ならノーコストで幾らでも放てる。レベル3は非常に強力だが、放つにはMPを消費する。

主人公の剣振りはレイピアのような突き攻撃で、速いが密度が薄い。敵を直に切ろうとすると、接触してしまいやすい。
また今作は自分の移動スピードが速く、出会い頭の衝突も起きやすい。総じて接近戦は危険なバランスになっている。
ならどうすれば? そう、溜め撃ちだ。剣にパワーを溜め、飛び道具にて攻撃する。これなら安全に敵を倒せる。
突きを正確に当て続けられるならそちらの方がずっと早く効率的に戦えるが、それはかなり難しいと言わざるを得ない。
全体的に被ダメージも大きめなので、連続被弾をするとあっという間にゲームオーバー。面倒がらず溜め撃ちをしよう。
敵雑魚の動きは概ねバカ系で、執拗さやいやらしさはない。その隙をついてパワーを溜め、放ち、また溜める。
これがゴッドスレイヤーの戦闘である。めっちゃ面白い! とは言えんが、今作なりの妙が出ているとは思う。

今作の特徴として「武器は全てイベントアイテム」となっている。4本の剣及び溜め強化アイテムが、進行と共に手に入る。
最初に「風の剣」が手に入り、後に火、水、雷の順番だ。……土はリストラか! ネオジオ(新たなる『大地』)が怒るぞ。
剣だけだと溜めが1段階のみだが、「○の玉」を手に入れると2段階に、腕輪だと最強の3段階目を放てるようになる。
それでないと破壊できない壁等のギミックがあるので、戦闘はもちろん進行においても必要。まぁ自然に手に入るが。
一方、防具は店買いとなる。種類が少なく、特殊効果もない(多分)ので、正直面白味は全くない。高いのを買えば正解。
アイテムは店買いにイベント入手にと色々あるので、その都度メニューを開き持ち替える必要がある。割と面倒だ。
古いゲーム機は、性能不足は当然として、コントローラーのボタンが少ないのである。これが現代感覚だと困るのだ。
今作でもそこは大きな欠点で、俺は既知だから我慢できるが、初プレーだと非常にかったるく感じると思われる。

古いゲーム特有の面倒臭さ以前に、今作はメニュー周りの出来がかなり悪い。久々の再プレーで一番実感したのがそれだ。
セレクトでメニューを開き、モノを選んで装備し、閉じる。……のはいいけど、装備もアイテムも纏めてるのがよくない。
装備品のページとアイテムのページを行き来するのが非常に面倒だった。両者は別管理にすればスッキリするのに。
というのも、スタートボタンが余っているのだ。スタートを押すと現在の装備が表示されるが、ハッキリ言って無用な機能。
これをわざわざ見るプレーヤーはまずいない。だったらスタートを装備画面、セレクトをアイテム画面にすればいい。
ボタンが少ないのに明確な無駄ボタンがあるというのは何とも情けなく感じた。……昔は何とも思わんかったけどな。
それと、武器に付随する玉と腕輪だ。風の剣だけだとレベル1溜めしか出来ないので、加えて玉や腕輪を装備する必要がある。
……それなら、剣と玉を分けてる意味ないやん。玉を手に入れたら剣と合体し、自動で溜めレベルアップにすりゃええやん。
「風の剣と火の玉で特殊効果発生」等があれば話は別だが、そういうのはない。同種の剣と玉のセットでしか意味がない。
つまり剣を変えると玉も変える必要があり、そのインターフェースが悪く、もっと言えばそれをさせる必要性がない。
いやー。ダメである。とても雑だった。ファミコン成熟期の作品だから、もうちょっと洗練されておくべきであろう。
ゴッドスレイヤーラーとして、この点は苦言を呈しておきたい。……あの頃は許された、と言えばそれまでなんだけどね……。


ゲームは町とフィールド、そしてダンジョン。非常にファミコンRPGらしい構成と言える。
町で準備を整えフィールドに出て、進んでいくとダンジョンを発見し、探索し、フラグを立て、あれやこれやと。
フィールドやダンジョンは全体的に「だたっぴろい」感じだが、キャラの移動速度が速いのであまり苦にならない。
しかし終盤のダンジョンは少々やり過ぎレベルで広く、けどマップは非常に単調で、さすがに苦痛だった。
宝箱を発見しても、必須アイテム以外は薬草やキメラの翼ばっかだしね。この辺は時代的に仕方ないかもしれんが。
ゲーム内に寄り道やミニゲーム等は皆無で、本編一直線。それらの要素は容量の余裕が生んだのだと改めて実感した。
まぁその分本編に集中できるとも言える。今のゲームでやれることは今のゲームでやればいい。今作はファミコンなのだ。

となれば本編をガンガン進めるわけだが……ここで今作は意外な姿を見せる。難しいのだ。正確には、フラグ立てが難しい。
ゲーム自体は一本道だが、「次に行くべき、やるべき」が絶妙に不安定というか、分かり難い。中盤以降はかなり迷う。
忘却もしてるとは言え経験者である俺がそうなんだから、初プレーだとそれなりに大変だと思う。……そうか? 分からん。
アイテムの使用法も意地悪なものがあったり(見通しの眼鏡は30年前にかなり怒った)、適度な理不尽さも備えている。
つってももちろん、やれないわけじゃない。90年、ファミコン後期相当の難度・分かり難さに収まっていると思う。
この規模のゲームでクリアーに邁進したら、今度はあっさりし過ぎになる。この程度は、寧ろ迷えということよ。……多分。
まぁ「何処へ行けばいいのか分からない」状態は、ゲームにおいて非常に強いストレスだから、あまり肯定したくはないが。
もちろん今ならオッケーグーグルで万事解決だが、それはやってほしくないなぁ。いや他人のこたどうでもいいや。はぁ。

戦闘に関しては、溜め撃ちを徹底していれば概ね問題ない。ただ移動スピードの速さから、どうしても接触はおき得る。
被ダメージは大きめだし、攻撃力が低いと敵にダメージが通らないこともあるので、適度なレベル上げ・稼ぎは必要。
特に序盤は取得経験値がかなり渋いので、せっせと古き良き稼ぎに勤しむ必要がある。まぁそんな長時間ではないが。
逆に終盤はあっさりレベル上限(16)に達してしまい、雑魚戦が無意味になる。この辺ちょっとバランスが悪かった。
レベルアップで増えるのはパラメータのみで、魔法は全てイベントで取得する。レベルの存在感が希薄なゲームである。
要所ではボス戦があるが、ハッキリ言って非常に影が薄い。どいつも回避と溜め撃ちをしていればあっさり死んでくれる。
アクションRPGとしては寂しいバランスだが、今作のキャラ速度や溜め撃ちを絡めると、強いボスは作り難かったのかな。
が、一体だけ強烈な奴がいる。迷いの森で登場する虫型のボスだ。その姿は、某超有名アニメに登場する虫、いや蟲そのもの。
現代でやったら一発アウト、当時であってもラインを跨いでるくらいだと思う。これはあかん。全く何やってんだよ旧SNK。
当時はまだ宮崎アニメの知名度がそこまで高くなかったから騒がれなかったのかな。まぁそんな事情を汲んでスルーするナリ。

物語は、意外と壮大。開始すると主人公は謎の装置から目覚めるが、何一つ覚えていない。取り敢えず色々行動することに。
この世界では4人の「賢者」が民衆のリーダーであるようで、主人公も基本的に賢者の助力を得て各地を回っていく。
そうこうしているうちに「ドラゴニア帝国」の存在が持ち上がり、ああコイツらと戦って終わりかな……と思うと、違う。
終盤はかなりの急展開を見せ、「はるか天空のソナタ」の意味も明かされ、盛り上がる。ごめんソナタの意味は不明のまま。
まぁ多少の無理(大賢者の二役っぷり)はあるが、当時としてはなかなか秀逸なシナリオだったのではないかと思う。
ラストダンジョンでは階層を上がる毎に真相が判明し、うおおおと興奮すること請け合い。ラスボスは弱いんだけどね。
風火水雷4つの剣が合わさって生まれる最強の剣、その名は……くぁー!! やるやん旧SNK。熱い展開だった。
惜しむらくは、「敵」の描写がイマイチなことかな。ボスはとにかく弱いし、登場も散発的で全然印象に残らない。
味方、賢者側の描写は異様に濃いのと対照的だった。時代的に仕方ないかもしれんが、この点は不満である。
あ、ちなみに、突然だが、クイズ。【アテナ、ケンスウ、ラルフ、クラークが原作以外で最初に登場したゲームは?】
KOF? はいブッブー。答えはゴッドスレイヤー。詳しくはプレーしてね。ラルフは何とも情けないオッサンだが……。

グラフィックは、そこそこ綺麗ってとこ。ちなみに当時の絵作りで非常に重要だったROM容量だが、今作は3メガ(ビット)。
同世代のドラクエ4、FF3、MADARA(何それ)が4メガだから少し劣るが、2メガでは出来ない絵である。テキトー言ってる。
何より特筆したいのが、「パワー溜めの表現」である。剣にパワーを溜めると、主人公の周囲をエナジーが回転するのだ。
その「ミュインミュイン」感が実に綺麗で、俺が30年前に今作に惚れた理由の一つだったりする。……誰にも伝わらんな。
もちろん今見れば「で?」でしかないが、今回もかつての自分が大好きだったミュインミュインを存分に堪能した。
それ以外はごく普通レベルだろう。全体的にのっぺりしてるが、仕方ない。ファミコンなんだぞ? ファミコンなのだ。

音楽は……いやー。俺がいつも言ってることだが、古いゲームで一番「残る」のって、実は音楽ではないかと思う。
今作はまさにそうで、町やダンジョン、フィールドBGMが俺の脳内に残りまくっていた。もちろん良い思い出として。
作品の復活と同じくらい、デジタルサントラの販売をずっと願っていたからな。そんで今回もちろん堪能しまくった。
特に、とにかく、ほんまもう大好きなのが「フィールド曲」である。正式名称もない(多分)ただの曲だが、ほんま、もう。
これもいつも言ってることだが、音楽語るに理屈は要らない。俺は今作のフィールド曲が大好きなのだ。30年前から、今も。
今回はSwitch版ということで、どこでもセーブが可能。もちろんフィールド曲ループ用のデータを作った。永久保存版だ。
テキトーに放置してると歩き回る雑魚に邪魔される(ダメージ0でもコキンと音が出る)から、隔離場所もわざわざ探した。
これからは起動すればいつでも聴ける。ああ、ありがとうSNKと任天堂。やっぱ感謝だわ。願いが叶って満足だ。
他、複数あるダンジョン曲や町の曲、城に海、ボス戦、レベルアップファンファーレ、ラストダンジョン、全部好き。
音楽に関しては客観的にも良質と言えるのではなかろうか。無論分からんけど。客観とかそんなんどうでもええけど。
……あれから30年も経ったなんて、改めて信じられんなぁ。くそぅ、望みが叶っても、気が重くなること甚だしい。はぁ。


ふー。一周クリアーすればやり込み要素等もない。ここで終えておく。念願の再プレーを達成できた。素直に喜んでおこう。
今作の続編は一切存在しないが、それは最初に書いたように、SNKがネオジオ一辺倒になったことが理由として大きいと思う。
もしネオジオが作られず、SNKがソフトメーカーであり続けたら、SFCやPSで続編が作られたに違いない。……アホな妄想だ。
続編が出たら出たで、色々壊れることもある。ゴッドスレイヤーは1作で終わってよかったのだ。少なくとも俺にとっては。
嫌な思い出がまるでない、一本限りの強い愛着。シリーズものにはない良さが今作にはある。ずっと特別な一本だ。
思い入れある作品の再プレーには思い出破壊の危険性もあるが、今回は楽しく遊べた。古き良きゲーム体験を味わえた。
本当にありがとう、SNKと任天堂。俺、もしかしたら今作がスイッチョンに登場して世界で一番喜んでる人間かもしれんよ。
そら大袈裟か。とにかく何度でも感謝をありがとう復活に動いてくれた人々。そしてこれからもよろしくゴッドスレイヤー。
比類なき俺の心のファミコンソフト・ゴッドスレイヤーに乾杯して終わり。一際輝く、面白かった思い出のゲームである。

……Sの奴、今頃どうしてるかのう。ゴッドスレイヤーを思い出すと、漏れなくあいつが連想される。
疎遠になってからは関わりがなくなり、もう数十年会ってない。向こうは俺を忘れてる可能性も十分ある。いや多分そうだ。
でも俺は、たまに君を思い出すよ。まだゲームやってるかい? もうそんなもん卒業したのかい? 嗚呼、想像も出来ないや。
あ~あ。甘酸っぺぇや。良い思い出ではあるが、思い出してもいい気分にはなれない。目の前に広がるのは「今」だった。
はぁ。









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Unknown (ワリオの人)
2020-03-23 20:26:26
自分の中での特別な一本に抱く、熱い想いもさることながら、ゲームによって子供時代に仲良くしつつも、今では縁が切れてしまった友人の事を想う最後の文章に、涙腺がゆるみました(笑

ゲームをきっかけに一時的に仲良くなりつつも、クラス替えなどで疎遠になってしまった経験、きっと多くの人に同じような思い出ってあると思いますよ。
私の場合、小学校の頃にあるゲームシリーズの二作目を貸してくれて、その後大学卒業まで続編を買い続ける事になるほどの影響を与えてくれた友人がいたのですが、中学に上がると同時に徐々に疎遠になって、今では消息さえわかりません。

子供の頃って毎日が全力で、純粋なんですよね。それゆえに、ゲームをきっかけにいとも簡単に盛り上がって仲も深まるけれど、物質的な距離が遠くなれば、もう重要な事ではなくなってしまう。
私もその友人にまた会えるならば「あれからシリーズ終わるまで、リアルタイムで全作やってたんだぜ」って語りたいけれど、そんな機会はないんでしょうねぇ。

そんな切なさを提供してくれるのも、ゲームの魅力の一つなんだと思います。自分語りを失礼しました。
Unknown (ota)
2020-03-24 01:12:25
>今では縁が切れてしまった友人の事を想う最後の文章に、涙腺がゆるみました(笑
ありがとうございます。ガッコ時代のクラス替えは本当に残酷な行事でした。でも必要でもあるんでしょうなぁ。

>私の場合、小学校の頃にあるゲームシリーズの二作目を貸してくれて、その後大学卒業まで続編を買い続ける事になるほどの影響を与えてくれた友人がいたのですが、中学に上がると同時に徐々に疎遠になって、今では消息さえわかりません。
あー……そうですか。やはりガッコ生活の中、誰にでも大なり小なりこの経験はあるようですね。仲の深さに関わらず。
大人だったら緩いながらも繋がりが保たれるかもしれませんが、ブッツリと切れてしまうのも特徴ですね。うーむ。

>子供の頃って毎日が全力で、純粋なんですよね。それゆえに、ゲームをきっかけにいとも簡単に盛り上がって仲も深まるけれど、物質的な距離が遠くなれば、もう重要な事ではなくなってしまう。
全力であるが故に、多少付き合いが浅くなっても友達付き合いと保つという力加減が出来ないのでしょうね。
なんとも勿体なく思います。でもだからこそ、仲良くなる時の深まり方も桁違いなんだよなぁ。嗚呼。

>私もその友人にまた会えるならば「あれからシリーズ終わるまで、リアルタイムで全作やってたんだぜ」って語りたいけれど、そんな機会はないんでしょうねぇ。
はは。俺も「ゴッドスレイヤー覚えてるか?」てSに問うてみたいです。もちろんそんな機会は訪れない。仮にバッタリ会っても。
陳腐で中身のない言葉ですが、「あいつ、元気でやってるといいな」と思っておきましょう。ほんま、元気でな。はぁ。
Unknown (TS)
2021-12-04 18:34:16
 今ではあまりゲームはやらなくなってしまったかつてのゲーム少年ですが、ゲーム関係の記事とか感想とかはたまにネットで読みふけったり。ゲーム好きの気分だけは引きずっている者です。

 ゴッドスレイヤーはリアタイでプレイして大好きだったゲームなので、興味深く読ませていただきました。当時としてはグラががんばっていたこと、中盤フラグが分からなくなって迷走したこと、何よりフィールド曲の素晴らしさなど、たいへん共感しました。フィールド曲は今でもたまに脳内リピートされてずっと記憶に残っていますね。本作ではあとエンディング曲も。最後にちょっとだけ切ない余韻が残るのがよかった。

 当時仲の良かった友人に貸して、途中行き詰ったという彼に「見通しの眼鏡」の使い方を教えたらそんなん分かるかと憤慨していたり、後から自分も買ったよということを聞いて驚いたりしたことも思いだしたんですが、当時日本の色々な所でそんなことが繰り広げられていたのかどうなのか(笑)

 もういいおっさんですが(なので)小中学校時代のことなんかが懐かしく思いだされます。そのころのことを忘れる人なんていないと思いますよ~
Unknown (ota)
2021-12-07 00:06:40
初めまして、コメントありがとうございます。

>今ではあまりゲームはやらなくなってしまったかつてのゲーム少年ですが
TSさんは恐らく俺と同世代だと思いますが、普通はそうなりますよね。時間に気力に飽きに家族に社会性に……理由は幾らでもありますから。
俺は今もゲームばっかやってる人間で、別にそれに後悔はないですが、時々はそちら側を羨むこともやはりあります。あー。

>フィールド曲は今でもたまに脳内リピートされてずっと記憶に残っていますね
おお! この曲の良さを共有出来る人には初めて会った気がします。思い出と絡み合ったこともあり最強の一曲です。

>当時日本の色々な所でそんなことが繰り広げられていたのかどうなのか(笑)
非常に似たエピソードをお持ちでw あの頃はソフトの貸し借りが常識で、自費購入とは違うドラマが多く生まれましたね……。

>もういいおっさんですが(なので)小中学校時代のことなんかが懐かしく思いだされます。
「昔より今を見ろ」のようなカッケー言葉は確かに正論ですが、現実を生きていれば思い出に縋りたくもなります。
過去だから決して壊れることはないし、一番記憶が残ってる頃でもありますからね。あーあ……もうなんかいいや……

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