ととろサンのひとりごと

【観たり聴いたり旅したり】からこちらへ。旅やアメリカでの話、趣味のことなどなど・・・自分の覚書を兼ねて。

PCご機嫌ななめでした。

2017-11-24 08:29:26 | 日々の中で

 ここ2,3日急に冬めいて来た。庭の紅葉も色を増したようだ。

 暫くパソコンが言うことをきかなくなった。写真の取り込みも出来ないし、他にも色々不具合が生じて。アレコレ触っていたが埒があかない。余計壊れてしまうような気がして怖くなり、修理に出そうかとご隠居に相談。でもその前に娘に電話(彼女は元システムエンジニア)「今の画面を携帯で送って(私は依然ガラ携使用族)」娘の指示に従って、試みているうちに・・・機能回復。使えるようになった。ほっ。PCは長年使っているけど、その機能についてはメカ音痴の私、自分ではいかんともしがたい。

暫くお休み状態だったので、さっそく友人達から「体調が悪いのでは?」とメールや電話が。「ブログは貴女の健康のバロメーターだから」と。他愛ないお喋りのブログだけど、そのように気を掛けてくれる友人達の存在は、本当に本当に嬉しい有難いことだ。

さて、PCも使えるようになったし、また他愛ないお喋りブログ始めるとしよう。

11月はなんとなく慌ただしい月だった。小学校時代のクラス会。サークルの秋の会食会。義兄夫婦の来福、遠来の客、親しい仲間達とのランチ会、歌舞伎の観劇などなど・・。遠くへの旅などはできなかったが、小さな予定をつつがなく楽しくこなすことが出来たのは嬉しい。それなりに元気に過ごせたということだから。そんなささやかな秋の越し方を。まずは・・・

11月11日 

日田市市民文化会館【パトリア日田】で秋の【松竹大歌舞伎】観劇。

 

 7月【玉三郎特別舞踊公演】(傾城・藤娘)を観に行ったパトリア日田で、今回は全国巡回【松竹大歌舞伎】が行われた。11月11日一日限りの公演なので、チケット入手は厳しいだろうと思っていたが、チケット販売直前にあの台風による大災害が朝倉や日田を襲って「こんな時だからこそ公演を中止してはならない」という意見や自制すべきだなどの意見があった。日田市としては実行するという結論だったのだが、やはりチケットの動きは悪かったようだ。

少しでも災害復興のために役立てばと、私の会の若い人(Mさん、Gさん)二人を誘ってご隠居と出かけた。丁度日田天領祭」も開催されており、復興目指して会館の前の広場では、日田名産の品々や美味しいもの市が開かれていた。まだまだ元の姿に戻るには時間がかかるが、朝倉や小石原、日田と頑張っている。出来るだけ多くの人に足を運んでもらいたい。産地の野菜や品物を買って欲しいと頑張っている

早目にMさんの運転で日田に向かい、パトリア館長さんに「何か美味しいものは?」「日田は焼きそばが名物ですよ」そういえば焼きそばの【想夫恋】というチェーン店は、日田が発祥の地と聞いた様な気がする。会館近くの「来々軒」で日田特製の焼きそばを頼む。カリっと鉄板でお蕎麦を焼くのが日田焼きそばの特徴だとのこと。

 

 私達が頼んだのはチャーシュー乗せ焼きそば。ボリューム満点!(私には多すぎたぁ)

玉三郎さん公演の時のブログにも書いたが【日田市民会館 パトリア日田】外観はモダンな洋風建物だが、さすがに日田杉の名産地。内部にはふんだんに日田杉が使ってあり、木のぬくもりを感じる。大ホール(やまびこ)も椅子もゆったり、手頃な大きさで舞台が見やすい。

義経千本桜(すし屋の段)  歌舞伎三大狂言の一つ、義経千本桜より通称『すし屋』と呼ばれる一幕もの。

 すし屋を営む弥左衛門(片岡亀蔵)は昔恩を受けた平重盛の子息平維盛(萬太郎)を使用人の弥助としてかくまっている。すし屋の娘お里(中村米吉…愛くるしい有望な若手女形。フアンが多い)は弥助を慕っている。息子【いがみの権太(獅童)】は親から勘当されたほどの悪たれ。

平家の御曹司をかくまっていることが暴露、その首を差し出せといわれて・・・お里のいじらしい娘心、悪たれ権太の本心は?やがて迎える悲劇の結末に、親子の悲哀・情愛がからんで・・・。獅童サン、お元気な姿にホッとした次第。

・釣女(つりおんな)  河竹黙阿弥 作。

 狂言の「釣針】をもとに作られた作品。おなじみ太郎冠者(亀鶴)とお殿様(萬太郎)「が繰り広げるユーモラスなお話。恵比寿神社に願をかけて「お嫁さん探し」している二人。夢に見たお告げに沿って、釣り竿をたらすと・・・殿様にはえも言われぬ初々しい美女(米吉)が。太郎冠者も負けずに美女を得ようとするが、釣り針にかかったのは・・・醜女(亀蔵)!はじめは被衣を深くかぶっているので、それを無理に開けさせた時の観客席の反応は…爆笑の渦。亀蔵さんが太郎冠者に仲良くしようと迫る様子が、何ともおかしくていじらしい。

日ごろ余り歌舞伎に縁のない地方に「歌舞伎を」と秋に毎年行われる松竹巡回歌舞伎で、解り易く親しみやすいものや、古典歌舞伎の有名なものを取り上げることが多い。歌舞伎初心者や初めて観る人にも「400年余続いている日本の伝統芸の歌舞伎は、こういうものです」と理解して欲しいと続いている。こじんまりとした座組だが、しっかりとそれぞれの役者さんが舞台を務めているのが嬉しい。

それにしても今回の巡業の日程は、11/1新潟市を皮切りに2日は仙台、3日は神奈川県大和市、4日目は埼玉県入間市・・・と東から西へ(大分・宮崎まで)周り、また西から東へ。最終日26日が千葉市公演で終わり。全部で20公演。

日田公演の前は、北海道札幌市。日田公演の次の日は長崎市へ。

移動しながら舞台を務め、また移動。役者さん達も大変だなと、毎年の秋公演の度に思う。大道具から鳴り物の人達迄。病気が治ったとはいえ、獅童サンにはかなりハードな旅公演だろう。体調くれぐれもお大事にと思わずにはいられなかった。

 

二階からロビーを見たところ。 レストランもあって。太宰府の中央公民館、古くなったなあ。(図書館も中央公民館もなかったころ、読書会仲間の先輩たちが、頑張って図書館建設に向かって様々苦労してやっとできたのではあるけど)文化の中心になるしっかりした建物に、建て替えて欲しい、一市民としての願い。あ、でもその前に福祉関係の充実が先かも

公演が終わって~天領祭で賑わっている豆田町までは、足を延ばす時間が無くなったので【元気道の駅日田】に立ち寄って、産直の野菜や特産品などを買い求めて「来て下さるだけでそれが復興の力になるんです。また来て下さいね」との声をあとに帰路に着いた。楽しませて貰って、ささやかな貧者の一灯となった"小さな旅”だった。山を染める夕映えが優しい茜色に広がっていた。

 

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秋たけなわ・・・

2017-11-06 11:14:03 | 草の根地域福祉

きな台風が立て続けに爪痕残して去った後、眩しい陽光、澄んだ高久青空、色づき始めた紅葉、秋たけなわとなりました。

日本社会も世界情勢も自然界色々あって・・・嘆きも怒りも胸にド~ンと重いけど、秋の季節は、やはりアレコレ行事や予定も多い。孫の大学芸術祭見物兼ねての上京は、体力的に少し不安が残り取りやめ、近場での秋の行事を楽しみました。

・地区行事、秋のバスハイク 柳川へ。同じ町内にいても、交流がだんだん少なくなる昨今、こういう企画は残していきたいものですね。

 最近は町内の方達と語らったり、集まったりする機会も少なくなりました。久しぶりでバスの中でも話に花が咲き【柳川下り】や【御花】での鰻せいろ蒸しの食事や立花藩の歴史展示館、和風庭園や屋敷巡りなど。帰路には主婦には欠かせないご当地【みやま道の駅】に立ち寄って、新鮮なお野菜などお買い物。みやま道の駅は、11月後半から冬にかけて、セロリ販売が名物。みやまでのセロリ生産量は日本で3番目。とれたてでとても安いので、それを目指して買いに福岡市内などからも来る人が多いようです。

 福岡近郊の観光名所 水郷【柳川】はその歴史、詩人北原白秋の故郷としても有名で、昔は鄙びた風情のある町であった。なまこ塀・水路の傍には柳の木々、川をゆくドンコ舟・・・水郷柳川には若い頃から惹かれるものがありました。

私にとって柳川といえば、やはり小説家福永武彦の「廃市」を思い出す。大林亘彦監督で柳川でロケした映画もあった。この作家の「草の花」や「廃市」は高校生の頃に読んで心に残って作品だった。福永武彦は筑紫郡(今の二日市)で生まれた作家である。若い頃に結核にかかったりした繊細な人だが、第一高等学校から東大仏文学科を出て、のちには学習院のフランス文学教授となる。翻訳も多くボードレールの詩集など。日本の古典「古事記」「日本書紀」などの現代語訳もある。

詩人中原中也や立原道造は、いずれも結核で早過ぎる死を迎えた。

中原中也は24歳、立原道造は30歳。あの頃は結核が国民病で命取りの病気であり、若くして逝った人も多い。福永武彦は61歳まで年を重ねたが、繊細な感性を持つ詩人や小説家が、命を削るようにして生み出した作品に、10代の私は惹かれた。近松の世界など江戸文学にも惹かれた。なんで一見相反する文学なのに・・・いや、近松の曽根崎心中などは、若くして死を急ぐその切なさやそうせざる得ない状況に追い詰められ、散っていく若い命に強烈に惹かれたのかもしれない。20歳で入水自殺した原口統三の残した「20歳のエチュード」にもやはり・・・。

危うく切ないものをはらんだ繊細な作品に魅せられたのは、青春という眩しさの反面、憧れや挫折など色々なものをどう受け止めていいか解らない、10代という未熟な若さの時代だったからだろう・・・なんてことを、柳川は思いださせる。もう一度ゆっくり昔の風情の残ったところを探しながらいてみたいものだ。

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