蛍 舞う
薄墨色の空を背景に、生い茂った樹々がひときわ高く黒々と聳え、息を潜めるようにして佇む私の足元近くで、川の瀬音がさやさやと小さな音を立てていた。時刻は夜8時を回ったろうか、後ろで女の子の声『ねぇ、蛍まだかな?』誰かが手にした旅館の提灯の火を消した。闇が更に濃い色を増した。
その瞬間!「あっ」 無数の黄色がかった小さな光が、一斉に闇の中に浮かび上がった!かなりの上空で灯っては消え、また灯して、時には私の肩のあたりを掠めて飛ぶ。乱舞する一つ一つの灯りは、思ったより強い光となって輝く。光の尾を引くように瞬時もとどまらず、蛍たちの、次なる命の結実を求めての舞いは一時間ほど続き、私は幻想的な情景の中に、包み込まれていた。
一斉に光り一斉に闇となる、蛍の群れ。『一匹くらいは、ちょっと遅れて明かりを灯すような、間抜けな蛍はいないのかしら』と思うのだが、その点滅のリズムはピッタリと合って、崩れることはない。蛍が灯を消した瞬間の暗闇の中で、想い出の中の蛍の情景が脳裏をよぎる。蛍の明かりが灯ると、想い出は陰を潜め、目の前の灯りに心を奪われる。
『蛍を見たい!』その想いを果たした、心地よい充足感を覚えながら宿へ戻る。ほんの5分くらいの道のり。蛍の後は、気持ちの良い温泉が待っていた(露天風呂の周りは自然の山の樹林)
『蛍見ない歴・・・ウン十年』今年こそは!とネット検索。”いいな”と思った料理に定評(お米も自作)の小さな宿は、トイレ共同、部屋食にあらず・・・で断念。期日指定・二組限定の残り一組に滑り込みセーフで、【一泊二食付き1万五千円也】が半額7500円という宿に決めた。大分県玖珠郡宝泉寺温泉郷。
余り人に知られていず、ドライブ好きにはスリルも味わえるワーム・わいたロードを走りぬけ(私は助手席の女です)久住の黒岳登り口にある男池(おいけ)の樹林を散策。ここは【名水百選】に選ばれたところ。樹林を流れる澄み切った川の底から、こんこんと湧き水が絶えることがなく、登山の帰りなどに喉を潤したり、水を汲み持ち帰る人も多い。山野草散策も楽しめるところなのだが、今回はさすがに山野草は見当たらず、樹木の緑を楽しんだ。
おなじみの硫黄山の噴煙。
樹林から久住牧の戸へ。若い頃はよく登った久住連山を眺めながら走る。風がないので硫黄山から立ち上る硫黄の噴煙もまっすぐ空へと向かっていた。見上げる遠くの山肌はピンク色に染まっている。今年は【ミヤマキリシマ】の開花が少し遅かったらしく、今満開で登山客の車が駐車場のみならず道路にまでずらりと並んでいた。
宝泉寺温泉(大分県玖珠郡)宿は小さめのが8軒。昔は秘湯であったろうと思われる。
千年ほど前、空也上人がこの地を訪れ、杖を突き刺した処から温泉が湧き出したという伝説がある。日本最大の石櫃風呂は、宝泉寺温泉のシンボルとなっているそうだ。
泉質は単純泉・ナトリュウム塩化物泉で、無色透明。効能は慢性皮膚病・婦人病・神経痛・筋肉痛・リュウマチ・胃腸病などに効くそうで、現在も毎分2000リットルの湧出量とのこと。
私達の泊まった宿は龍泉閣、外見は小さなホテルという感じ。ロビーも何の変哲もない。温泉宿のひなびたレトロな雰囲気が好きな私達には・・・ちょっと・・・だったが、何しろ半額で泊めて下さるんだもの。年金生活者には有難い。
お風呂は女風呂にも露天が付いているが、大きい方の露天風呂がよかった。【温泉めぐり】も出来るので、温泉好きの私、張り切ってしまったが、ご隠居は一軒目体験であとは宿のでいいよ・・・とパス。一人でいくのもなあ・・・と宿の大風呂露天が気に入ったので、貸しきり状態で楽しんだ。
一軒入浴お邪魔したのは【山の湯】お風呂は小さかったが、ロビーなどはなかなかお洒落だった 。露天は高温すぎてゆっくりは入れなかったし、 数人入れば満杯という感じで・・・ゆっくり入浴好きな私は落ち着かなかった。ロビーでの寛ぎはGood。
宿が並んだ前には小さな川がある。「昔はこの川でも蛍が飛んでいたんですがね」と宿の人。今は旅館の並ぶところの脇道まで少し歩いて【蛍見】に行く。昨夜は雨で蛍は飛ばず、今日は雨の後だったから湿気も多くて蛍が出る条件が揃っていたとの事。ラッキー!だったなあ。
お料理は温泉定番という感じだが、豊後牛がとろけそうな食感で美味だった。しかし、これで7500円とは!なんだか申し訳ないような気がした。
ドライブ・立ち寄り風景
帰りのドライブ中、天瀬温泉の近くで【農業公園】の看板に釣られて(地元野菜買おうかなと)立ち寄ったら、広大な【薔薇園】があった。「薔薇はもう終わってるよね」と話していたら、手入れをしていたオジサンが「入場料入りませんから是非」と声をかけてくれた。全て花は終わっていたが、ここは珍しい【型作った】薔薇が見事なところなのだそうだ。種類も多く「山椒薔薇」などという初めて耳にするものもあった。色々説明をしてくれる。「五月の連休明け」くらいが見ごろだそうな。来年は訪れてみよう。野菜?そういう場所ではありませんでした(笑)
それにしても、走っていると黒川温泉、はげの湯温泉、筌の口温泉などなど沢山の温泉がある。全部一通制覇してみたいものだ。
ドライブコース【わいた・ファーム・ロード】にも、口蹄疫の消毒所が設けられていた。道路に敷いた消毒液のしみた敷板の上を車で通る。タイヤの消毒だ。なんとか【ザ・ストップ】しようとの処置。思いがけない災害とも言うべき口蹄疫騒動に巻き込まれた宮崎、本当に本当に気の毒だ。気のせいか、このあたりでも牧場で遊ぶ牛達の姿が少ないように思う。
口蹄疫のタイヤ消毒所
最期に立ち寄ったのは日田の【元気の駅】こ こで野菜やお土産を買って【蛍を求めて】の小さな旅は終わった。 宝泉寺温泉郷には【川底温泉】や【壁湯温泉】という古くからの、ひなびた温泉がある。ここあたりも 出かけて見たいなと思う温泉である。