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死刑の執行されない国

2012-06-03 22:52:16 | インポート
オウム真理教の指名手配、菊池直子が捕まったというニュースが飛び込んできた。
オウム真理教が形を変えつつ生き延びているのは、麻原がまだ生きているためとおもう。
なぜ、さっさと死刑囚に死刑が執行されないのか?
それでいて名張ぶどう酒事件のように齢80すぎの、半世紀も前の事件に改めて死刑判決が出たりする。
名張ぶどう酒事件のような、冤罪の疑いがある事件について死刑を執行するのは勿論間違っている。
しかし、本人が罪を認めて、再審請求しない死刑判決についてはさっさと死刑を執行するべきだ。
基本的に人を二人殺さないと死刑にならない、先ずここからがおかしい。
人を一人でも殺せば、命は金では買えないのだから、命には命をもっ。償うという意味で死刑判決を出しても良い。
現在の死刑執行は絞首刑だがこれは考える余地がある。
薬を注射してもっと安らかにあの世に行ける方法とか考える必要性がある。
何しろ今の死刑執行は三人が同時にボタンを押して、誰のボタンで死刑囚が落とされたのかわからないようにして、死刑を執行する側の負担を軽くしているというが、まあ文明国の作法ではない。
死刑囚は拘置所でどんな暮らしをしているのか?
刑務所なら、労働がある。
死刑囚には労役はないのだろう、国のカネで三食食べて寝て、あとは何をしているのか?
ともあれ、死刑がなかなか執行されない為に死刑囚の数ばかり増えることになる。
で、死刑囚はお国の為にたつことを何もしていない、これはどう考えてもおかしい。
やはり死刑判決がおりたら、すぐに死刑を執行すべきだ。
特に麻原のようにまだ信者がいる、あれだけの事件を起こした者の死刑が執行されないことには釈然としない。


6 コメント

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僕が、麻原のように生まれて、 (青梗菜)
2012-06-04 18:32:03
僕が、麻原のように生まれて、
麻原のように育ち、麻原のように間違えて、
麻原のように殺し、麻原のように捕らえられて、
麻原のように死刑を言い渡されたとき、
僕は死刑の執行を望むか?

って、こんな問いは意味がありませんね。
これは反実仮想ではなく、思考実験ではなく、
もう僕はどこにもいない。
麻原が自らの死刑の執行を望むか?
という意味でしかありません。

麻原のように生まれて、
麻原のように育ち、麻原のように間違えても、
人を殺さなかった者に訊きたいな。

死刑制度をどう思う?
僕は、賛成なんですけど…。
死刑制度はいろいろ意見があって良いとおもう。 (oki)
2012-06-05 22:41:45
死刑制度はいろいろ意見があって良いとおもう。
けど死刑制度を合法としているのに、死刑が執行されないのは矛盾だ。
サリン事件、あれだけの被害があったんですよ、松本サリン事件では犯人に間違えられた人もいる。
あと解らないのは世田谷一家殺害事件、まだ犯人が捕まってないけど、捕まったら死刑に出来るのか?
つまり精神異常の犯行は間違いないので、では責任能力がないとなると、死刑を回避出来るのか?
死刑が確定する数より、執行される数のほうが少な... (青梗菜)
2012-06-06 01:25:33
死刑が確定する数より、執行される数のほうが少ないので、
未執行は増えるばかりです。

法務大臣がいやがってるから、ですね。
多くの人が長い時間をかけて、
慎重な判断を重ねた結果を個人の気分で拒めるなんて、
生命も法も軽視してることにならないのかな。

責任能力がない状態を作り出して罪を犯せば、
ただではすまないにしても、
とりあえず死刑は回避できそうですね。
故意ではなく、過失にもっていくとか。
そんな冷静な状態なら、罪を軽くする知恵が働きます。
責任能力は十分備わってますけどね。

無我夢中で、自分の行動を制御できない、
責任能力は少々欠けるけど、あると認められる、
そんなのがいちばんだめです。
裁判員制度でますます死刑判決がふえますね。 (oki)
2012-06-06 22:16:37
裁判員制度でますます死刑判決がふえますね。
木嶋死刑判決だって裁判官だけならどうでたか。
しかも一審重視ですから、高裁、最高裁でもあまりくつがえらないかな。
一般市民の感覚からすれば、死には死をもって償うというのがあたりまえかな。
責任能力はわかりませんね、責任能力がなければ、人何人殺しても、一生涯病院に入ってればすむのか?
そもそも精神鑑定なるものが、どの程度正しいのか?
わからないことだらけ。
感覚でいうと、 (青梗菜)
2012-06-07 22:13:10
感覚でいうと、
僕も死刑に値する犯罪はあると思います。

冤罪の可能性が引っ掛かりますけどね。


裁判には、誤判の可能性があり、冤罪は避けることができない。
取り返しのつかない刑罰は、廃止するべきでしょう。

飛行機には、墜落の可能性があり、事故は避けることはできない。
取り返しのつかない飛行は、止めるべきでしょう。

飛行機を廃止しようとする判断形式に誤りがあることには気づくのに、
死刑を廃止しようとする判断形式はすんなりと受け容れられます。
なぜでしょうね。
飛行機事故は、一度に死刑未執行者の数を上回る死者を出しますが。


理屈を言えば、
廃止するべきは、粗雑な審理であり、死刑ではありません。
冤罪を避けるのは、法的手続きの厳正さの問題です。


死刑のない国にしたい、
僕もそう思います。

死刑に値するような犯罪が起こらないような国にしたいなら、
答えは簡単、
死刑を廃止すれば死刑に値するような犯罪はなくなります。

この判断形式は、意外と誤りがないような気がします。
変な話ですが。

海の水がなくなることはありません。
海の水がなくなれば、誰もそれを海と呼ばないからです。
死刑を違憲として採用しない国もありますね。 (oki)
2012-06-09 01:33:00
死刑を違憲として採用しない国もありますね。
では、死刑を廃止したとして、最高の刑罰はなにか?
無期懲役?これでは遺族とかが納得しない。
いっそ、福島原発廃炉の作業にあたらせてはどうか?
放射線を一杯浴びる作業、一般人には可哀想だ。
そんなことも夢想しますね。
けど、死刑判決が出てもたいていは再審請求するから、長くなるんですよね。
もう、死刑になりたいという人だけさっさと死刑執行すれば。