私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Ludwig van Beethove: Violin Sonata no. 3 in E flat op. 12 no. 3; Violin Sonata no. 9 in A op. 47 “Kreutzer”
Onyx 4050
演奏:Viktoria Mullova (violin), Kristian Bezuidenhout (fortepiano)

ベートーフェンのヴァイオリン・ソナタイ長調「クロイツァー」作品47については、すでに「ベートーフェンのヴァイオリン・ソナタ『春』と『クロイツァー』をオリジナル楽器による演奏で聴く」で述べたが、10曲あるヴァイオリン・ソナタの9番目として、1802年に作曲された。作曲のきっかけは、イギリス人のヴァイオリン奏者、ジョージ・ブリッジタワー(George Bridgetower, 1779 - 1860)が行う演奏会で演奏するためで、実際に初演を行ったが、その後彼とベートーフェンがある女性をめぐって不仲となったために、別のヴァイオリニスト、ロドルフェ・クロイツァー(Rodolphe Kreutzer, 1766 - 1831)に献呈され、そこから「クロイツァー」ソナタと名付けられた。しかし、クロイツァーは、この曲を演奏不能として一度も演奏したことがなかった。モーツァルトやベートーフェンのヴァイオリンソナタは、すべて「ピアノとヴァイオリンのための」と書かれており、決して「ヴァイオリンとピアノ」あるいは「ヴァイオリン・ソナタ」とは書かれていない。この「クロイツァー」ソナタも「ほとんど協奏曲のように、相競って演奏されるオブリガート・ヴァイオリンをともなうピアノのためのソナタ(Sonata per il Piano-forte ed un Violino obligato, scritta in uno stilo molto concertante, quasi come d'un concerto)」と書かれており、ピアノの役割は対等あるいはそれ以上である。演奏に約40分を有する雄大な作品である。
 ヴァイオリン・ソナタ変ホ長調作品12の3は、1797年から1798年にかけて作曲されたベートーフェンの最初の3曲のヴァイオリンソナタのひとつとして、1798年に出版された。この作品12のヴァイオリンソナタは、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタを手本として、楽章の構成においても、モーツァルトに準じている。作品12の標題は、「チェンバロあるいはフォルテ・ピアノとヴァイオリンのための3つのソナタ(Tre Sonate per il Clavicembalo o Forte-Piano con un Violino)」となっている。
 今回紹介するCDは、ヴィクトリア・ムローヴァのヴァイオリンとクリスティアン・ベズイデナウトのフォルテピアノの演奏によるオニックス盤である。ベズイデナウトは、1979年南アフリカ生まれのフォルテピアノ奏者で、オーストラリアで学んだ後、アメリカ、ロチェスター(ニューヨーク)のイーストマン音楽学校を修了した。まずモダン・ピアノをレベッカ・ペニースに、チェンバロをアーサー・ハース、フォルテピアノをマルコム・ビルソン、通奏低音をポール・オデットに学んだ。ベズイデナウトは、ヨーロッパの多くのオリジナル楽器編成のアンサンブル、オーケストラと共演し、協奏曲、室内楽、リサイタルそれぞれの演奏活動を行っている。現在はロンドンに拠点を置いている。
 ビクトリア・ムローヴァについては、バッハの「無伴奏ソナタとパルティータ」で詳しく触れたように、1959年ロシア生まれの世界有数のヴァイオリン奏者で、1983年に西側に亡命して以来、世界各国で活発な演奏活動を行ってきたが、1992年頃にあるきっかけからバロック音楽のいままで知らなかった神髄に触れ、それ以降改めてバロック音楽を学び、オリジナル楽器による演奏を多く聴き、その間知り合った演奏家達と共演を重ね、さらにバロックヴァイオリンを購入し、羊腸弦を張って、バロック様式の弓を用いて、2007年にはバッハの「6曲のヴァイオリンソナタ」(BWV 1014 - 1019)と「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」(BWV 1001 - 1006)の録音を行った。ムローヴァはそれより前にも、所有していたストラディヴァリに羊腸弦を張って、ベートーフェンやメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲などの録音も行ってきたが、今回初めてオリジナル楽器による古典派の作品を録音した。CD添付の小冊子に掲載されているベズイデナウトの解説によると、グアダニーニのヴァイオリンには「太い羊腸弦(thick gut strings)」を張り、「軽い移行期の弓(a lighter transitional bow)」を用いていると記されている。弓の製作者ワルター・バルビエロのサイトには、現在5種類の古典派時代の弓が掲載されているが、その形体は様々で、バロック時代の弓に近いものもあれば、現在の弓に近いものもあり、この様な状態を「移行期」と表現しているのかも知れない。その響きは、バッハの作品の演奏に比較すると艶っぽい音がする。ベズイデナウトの演奏しているフォルテピアノは、「シューマンのピアノ協奏曲と交響曲第2番をオリジナル編成で聴く」」で紹介した、アンドレアス・シュタイアーが演奏しているシュトライヒャーのフォルテピアノと同じく、オランダのEdwin Beunk & Johan Wennink社のコレクションである、1822年アントン・ヴァルター親子の製作したオリジナル楽器である。ピッチは a’ = 430 Hz である。「現代化された」古楽器ではなく、修復が加わえらているとはいえ、オリジナル楽器による演奏は、一聴に値する。
 ムローヴァの演奏は、決して劇的に盛り上げようとすることなく、楽譜の細部まで読み込んで作品に寄り添ったものである。録音は2009年12月14日から16日にかけて、イギリス、ハーフォードシャーのザ・ドゥワードにあるワイアストーン・リースと言う邸宅で行われた。この屋敷は、現在ニムバス・レコーズが保有して、自社の録音に使用しているとのことである。

発売元:Onyx

注)ベートーフェンのヴァイオリンソナタについては、ウィキペディアドイツ語版の”Violinsonate Nr. 9 (Beethoven) ”および”Violinsonate Nr. 3 (Beethoven)> “を参考にした。

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コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
ムローヴァのアプローチ (aeternitas)
2013-04-03 08:58:09
定期的に投稿されているogawa_jさんが、土曜日に投稿されていなかったので、どうされたのかと、ちょっと心配していました。こうして投稿できるということは、体調不良も快癒されたのでしょう、安心しました。

ところで、ムローヴァのアプローチですが、このぐらい著名なヴァイオリン奏者にはめずらしいことですね。若い世代―アリーナ・イブラギモヴァ(1985年生)、パトリシア・コパチンスカヤ(1977年生)あたり―だと、バロック仕様やクラシック仕様の楽器を別に所持したり、モダン仕様の楽器に弦と弓を替え、その時々の演奏によって適切な奏法を模索しつつ演奏することもまれではなくなってきました。といっても、まだまだ少数派ですが。
 
 
 
ムローヴァとオリジナル楽器 (ogawa_j)
2013-04-03 13:36:09
aeternitasさん、お気遣いありがとうございます。
確かに、あれだけの世界的な名声を得ていた奏者が、バロック音楽を根本から学び直し、楽器も新たに入手して、演奏活動を続けているというのは、尊敬に値します。4月に来日して、バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータを何曲か弾くそうですが、体調が心配で券を購入していません。本当は一度生で聞いてみたいのですが・・・。
 
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