のんきに介護

母親と一緒の生活で、考えたこと書きます。

【訃報】 産経読者よ、三笠宮さまの死に際し、逝去だ薨去だという教養云々の前に、故人の人柄を偲ぶべきではないか

2016年10月28日 07時18分20秒 | 訃報
外教
‏@yuantianlaoshi さんが

こんなツイート。

――今日の今日まで「薨去」なんて言葉知らなかった連中が「『逝去』を使うマスコミは不敬!産経はさすが」ってドヤ顔してるけど、死ぬほどどうでもいい。〔1:24 - 2016年10月28日 〕—―

同感だな。

タイトルに記した通り、

メディアから伝えられるべきは、

皇族であろうと、

故人の人柄ではないかと思う。

たとえば、emi kiyomizu @kiyomizu5 さんが

ツイートされているようなことだ。

――三笠宮さまのお言葉だそうです。
「偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、真実を語る者が売国奴と罵られた世の中を、私は経験してきた。」〔17:30 - 2015年12月19日 〕—―




転載元:非自公民の脱原発に一票(しろ)@xciroxjp さんのツイート〔21:30 - 2016年10月27日

Shinji Noma @aihiroshima さん発信の、

こんなお話もある。

――三笠宮崇仁逝去の報。マルクス主義歴史家の服部之総と親密で彼の日本近代史研究会に参加していた。服部の没後の記念集会で当時、研究会の人々と浅草のストリップショウを見たり焼き鳥屋に行ったりしたことを回顧されている。戦後間もない此の頃がご本人にとって一番楽しかったのではなかろうか。合掌。〔13:13 - 2016年10月27日 〕—―

また、

NHK9が珍しく詳しく伝えていることがある。


転載元:徳永みちお‏@tokunagamichio さんのツイート〔21:17 - 2016年10月27日

戦争に関し、

かなり批判的な眼差しを向けておられた。

山崎 雅弘‏@mas__yamazaki さんが

こんな連ツイ。

――オリエント史研究に情熱=戦争、皇室批判も 激動の一世紀歩む・三笠宮さま(時事)http://www.jiji.com/jc/article?k=2016102700177&g=soc …
「戦時中の体験から戦争批判を繰り広げ、歴史学者の立場から紀元節復活に反対」「意気盛んな青年将校だった三笠宮さまに、戦争に対する決定的な疑問を抱かせたのは、〔13:46 - 2016年10月27日 〕—―

――(続き)支那派遣軍総司令部参謀として赴いた戦地の中国・南京で見聞きした日本軍の残虐行為だった」「日本軍の残虐行為をテーマにした映画を日本に持ち帰り、昭和天皇に見せたこともあった。『聖戦という大義名分が、事実とはおよそ懸け離れたものであった』『聖戦に対する信念を完全に喪失した〔13:47 - 2016年10月27日 〕—―

――(続き)私としては、求めるものはただ和平のみとなった』」「紀元節復活の動きには『歴史学的、考古学的な裏付けがない』と反対」「太平洋戦争以前の皇室制度を『格子なき牢獄』と著書で表現」「『皇室を尊厳の対象にしようとすると、また昔の状態に向かう恐れがあるのではないでしょうか』」〔13:49 - 2016年10月27日 〕—―

三つ目のツイートにある紀元節復活への

言及は、

三笠宮の人となりを知る上でも、

また、彼の専門である

考古学者の知見という意味でも看過できない重要性がある。

彼は、

こう指摘した、

「もしも2月11日が紀元節と国で決めたなら,小学校の先生は生徒と何と説明するでしょう。せっかく考古学者や歴史学者のいのちがけでつみあげてきた日本古代の年代体系はどうなることでしょう。ほんとうに恐ろしいことだと思います……」と(サイト「社会科学者の随想」の記事「三笠宮崇仁の紀元節批判(1957年) 」✳http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1014400198.html)。

忘れてはいけない時代の証言と思う。

こんなお言葉もあるぞ。

agroecotech‏@agroecotech さんが

伝えてくれている。

――「新聞やラジオは、日本人の悪いところは言わないし、相手の良いところは言わない」
今の話ではありません、三笠宮さまの、戦中のお言葉です
日本人もメディアも、70年以上、全く進化しない
アタマがお花畑...
http://npx.me/dcZp/a3Qa  #NewsPicks〔23:10 - 2016年10月27日 〕—―

100歳没とのことだ。

大往生という言葉を思い出した。

合掌


<追記>

三笠宮の「こう去」を伝えた産経社説に

次のような件がある。

すなわち、

憎々し気に、

「戦後は中国での日本軍の行動を批判し、『紀元節』の復活に反対されるなど、異例の言動が話題になることがあった」と

報道していた。

☆ 記事URL:http://www.sankei.com/column/news/161028/clm1610280003-n1.html

日本軍の行動を強く批判されたのは、

軍部が最強の時代だった「戦中」においてだった。

まさにそれが戦中であったところに、

この人の

面目躍如がある。

それを秘せば、

「嘘」と言っていいと思う。

しかも「異例の言動」とは大変失礼な物言いだ。

上丸洋一 ‏@jomaruyanさんが

この点、

非常に強く非難されている。

―― 「異例の言動」とは失礼な。戦争への反省を終生いだき、歴史に誠実に向き合った姿勢こそ、見識というものではないか。〔10:36 - 2016年10月29日〕—―

思うに、

産経新聞の態度は、

慇懃無礼としか言いようがない。

崩御を伝える

メディアとして相応しくない。

2016年10月29日昼 記

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1 コメント

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殿下をしのぶ (あやか)
2016-10-29 19:13:13
三笠宮崇仁親王殿下が、立派なお人柄であらせられたことは、もちろん、私は誰よりも存じあげております。殿下のご著書も拝読しております。
ブログ主は、三笠宮さまの、戦争に批判的なことやリベラルな面だけ論じておられます。
もちろん、お若いときには、そういう側面もおありになったかもしれませんが、殿下はなによりも、皇室を中心とする日本の国体をおもんじられ、皇室祭祀をたいせつになさっておられました。又、イスラエルやエチオピアなどとの友好親善にも多大の貢献をなされました。
又、三笠宮崇仁殿下の孫の瑶子殿下ご姉妹は、つねに靖国神社を公式参拝なさっておられますが、そういうお孫さまの姿勢にも、あたたかく見守っておられたことも事実です。
さらにまた、中国人から抑圧されていた内モンゴル人の指導者とも、交友関係をもっていられました。ーーーもちろん、戦時中からです。
三笠宮さまのお人柄や業績の偉大なところは、もっと広い視座でごらんになるべきです。

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