いまさらながらの原点回帰
あの世に聞いた、この世の仕組み
鬱
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
********************************************
遊ぼうと思ったのにさ、ボールが凹んでるんだ。
周りを見回しても、他に代わりになるボールもないし、しょうがないから、その凹んだままのボールで遊ぶことにしたの。
前だったら「ポンッ♪ポンッ♪」と軽快に弾んでいたんだ。
それなのに、今目の前にあるボールときたら、どんなに力強く床に投げつけても「ベコッ…。」と音を立てたきり跳ね返ってきてくれない。
こんなボールじゃ、草野球どころか、壁に向かっての1人キャッチボールだって出来やしないよ。
あーあ。がっかり。こんなボールで遊んでても、ちっとも楽しくない…。つまんないし、虚しさが募るばかりだから、遊ぶこと自体を放棄しちゃった。
鬱のバッドループの中に突入するきっかけは、多分上記みたいな感じだったと思う。(無意識だったけど。)
自分の意志(無意識)で、「凹みっぱなしで良し」と決めていた。
そんな状況がしばらく続く中で、いよいよ変化が起きだしたのは「僕」ではなく「周り」だったんだ。
凹んでるボールを見た、友達や家族や同僚達が「空気を入れよう」と近づいてくる。
だって、一緒にいて、つまんないから。
「空気を入れたら、また弾むよ!」「また一緒に遊ぼうよ!」って言うんだよ。
僕は凹んでるからさ、素直に「ありがとう」なんて言えない。
代わりにね、「じゃあ、どっかから空気入れを持ってきてくれよ。」って返すんだ。
元気もやる気も勇気も感情も無いからさ、その言い方は、どこか“ぶっきらぼう”で無表情。
そうすると周りは当然の事ながら「なんだよ!せっかく親切にしてあげてるのに!!」「勝手に凹んでろよ!」って、気分を損ねてしまう。
周りが怒ったり残念がっている姿を見て、ますます凹むゴムボール…。
そして、どんどん卑屈になる。
「そんな怒ったり残念がるなら、はじめから空気を入れようなんて思わなきゃいいのに。そんなの『親切』じゃなくて『余計なお世話』だよ。」
さらには、どんどん人との関わりがめんどくさくなる。
「もういいからほっといてくれよ。」
自分勝手に落ち込んで自暴自棄になってるこんな理不尽な人間を相手に、それでもほおっておけないのはその家族。
「ほおっておけ!?ドンヨリした表情の人間と一つ屋根の下に暮らして、毎日顔を合わせている人間の身にもなって頂戴。そんな暗い人の傍で一緒に暮らしたくは無いの!」
そう言われたところで、「おお!そうか!そうだよね!」なんて元気になれるわけじゃないし…。
…
こうして卑屈な思考回路が徐々にパワーアップしていくのです。
←空気入れ
********************************************
遊ぼうと思ったのにさ、ボールが凹んでるんだ。
周りを見回しても、他に代わりになるボールもないし、しょうがないから、その凹んだままのボールで遊ぶことにしたの。
前だったら「ポンッ♪ポンッ♪」と軽快に弾んでいたんだ。
それなのに、今目の前にあるボールときたら、どんなに力強く床に投げつけても「ベコッ…。」と音を立てたきり跳ね返ってきてくれない。
こんなボールじゃ、草野球どころか、壁に向かっての1人キャッチボールだって出来やしないよ。
あーあ。がっかり。こんなボールで遊んでても、ちっとも楽しくない…。つまんないし、虚しさが募るばかりだから、遊ぶこと自体を放棄しちゃった。
鬱のバッドループの中に突入するきっかけは、多分上記みたいな感じだったと思う。(無意識だったけど。)
自分の意志(無意識)で、「凹みっぱなしで良し」と決めていた。
そんな状況がしばらく続く中で、いよいよ変化が起きだしたのは「僕」ではなく「周り」だったんだ。
凹んでるボールを見た、友達や家族や同僚達が「空気を入れよう」と近づいてくる。
だって、一緒にいて、つまんないから。
「空気を入れたら、また弾むよ!」「また一緒に遊ぼうよ!」って言うんだよ。
僕は凹んでるからさ、素直に「ありがとう」なんて言えない。
代わりにね、「じゃあ、どっかから空気入れを持ってきてくれよ。」って返すんだ。
元気もやる気も勇気も感情も無いからさ、その言い方は、どこか“ぶっきらぼう”で無表情。
そうすると周りは当然の事ながら「なんだよ!せっかく親切にしてあげてるのに!!」「勝手に凹んでろよ!」って、気分を損ねてしまう。
周りが怒ったり残念がっている姿を見て、ますます凹むゴムボール…。
そして、どんどん卑屈になる。
「そんな怒ったり残念がるなら、はじめから空気を入れようなんて思わなきゃいいのに。そんなの『親切』じゃなくて『余計なお世話』だよ。」
さらには、どんどん人との関わりがめんどくさくなる。
「もういいからほっといてくれよ。」
自分勝手に落ち込んで自暴自棄になってるこんな理不尽な人間を相手に、それでもほおっておけないのはその家族。
「ほおっておけ!?ドンヨリした表情の人間と一つ屋根の下に暮らして、毎日顔を合わせている人間の身にもなって頂戴。そんな暗い人の傍で一緒に暮らしたくは無いの!」
そう言われたところで、「おお!そうか!そうだよね!」なんて元気になれるわけじゃないし…。
…
こうして卑屈な思考回路が徐々にパワーアップしていくのです。
←空気入れ
コメント ( 40 ) | Trackback ( )
« 凹み癖 | 臨時休業? » |
(華麗なる)空気入れときましたから♪
(華麗なる)2位でしたよ♪
卑屈はウンコクサイの母なりω
それと同時に悩みもできました。このブログに出会うまで、私は「研究者」という肩書に憧れ、それになることを疑いもせず勉強に励んでいました。
でも本当の幸せは肩書や給料じゃないと気付きました。でも大学をやめる勇気もなく、今の社会は学歴も必要なので行っていますが無意味な気がしてなりませ
ん。
うまく説明できないけど、「生活を豊かにするには科学の進歩が必要だけど、魂の成長に科学の進歩は必要ですか?」ということです。
でもそんなこといいだしたら全ての職業にも同じことが言えそうだしなぁ。私の今回の人生の目標が科学の発展で人々の生活を豊かにするって事なのかなぁ。
へーこっきクラブ~♪
あ~ウンコクサイ!!
週末は家族との関わる時間を
大切にとるようにしたのね。
少し、安心しました。
多くの周りにいる人々は空気を入れようとするけれど、
押してダメなら引いてみな!
空気をそおっと、抜いてあげて!!
いきなり抜いたら壊れちゃうからね。
もし たけの名前使ってる方がいらしゃたら教えて下さい。
少しずつ黒斎さんと皆さんと仲良くなれれば幸いです。
少しずつ投稿しようと思いますので、よろしくおねがいします。
私の妹は重度の鬱病なんだけど、次の診察の結果では入院になります。
多分閉鎖病棟だと思う。
私自身が鬱になった時は、自分の障害を知らされた時だったなぁ。
「一生の付き合いなんだよ」って先生に言われて、一人ぼっちな気分でした。
でも、「一人ぼっちな自分」を作っているのは自分自身なんだって事に気付いて、
「皆分かってくれない」って頑固になってた自分を一生懸命見つめていた。
それから、
「自分を分かってあげられるのは自分自身。
私を知っている人にも、これから出会う人にも、
周りの人に、自分を教えてあげよう。
分かってもらおうと待つのではなく、
伝えていこう。」
って考えになったの。
今では自分が大好きで、
「一生の付き合い」の障害は友達。
障害を憎んだ時もあったけど、こんな素敵な神様からの贈り物のおかげで、色々経験出来てラッキーだと思う。
でね、私は妹を見ていて思うのですよ。
毎日、朝になって、目を覚まして布団を出られる事がどんなに凄い事なのか。
自分の口でご飯を食べられる事がどんなにスゴイ事か。
皆、「当たり前だし、普通だよ」って言うけど、
そんな「普通の事が続けられる事」が素晴らしい事なんだって事を知って欲しいんだ。
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/e2bcc88b794948508231415cb5769f86
悪を鬱と読み替えてみたよ。
空気を抜くのは、ほ~んのちょっとね。
そうっと、やさしく、ボールをつぶさないように
私の職場にも鬱の人がいるのですが
「空気を入れよう」として、ちっともよくならない様子を見て、勝手に諦めていました。
鬱の人って、バランスが悪くてちょっと怖いなって思う事もあったり。例えば、私が仕事で何やっているのかとか、横から無言でじーーっと見ているのですよ。
でもあれも、凹んでしまっているから、正常な判断(行動?)ができないせいなのですかね。
私が今こうしてここを読んでいるのは、鬱の人について学ぶ機会ということなのかもですね。
1ど抜けちゃうと、なかなか空気はいらないんですよね。
私はまさに空気いれを手当たり次第、探しているって感じです。
本だったり場所だったり、、たぶん 人から元気な空気もらえるんでしょうけど 空気が抜けたのは人とおもいこんでいる以上は なかなかむずかしい。
本当は自分で抜けていったのにね。。すぐ 治療しないで 穴があいた事にびっくりして そのままにしてたからかな。。。
はやく 抜け出したいなあ。。。。
自分は凹む事はあるですが、鬱の経験は無いとは思うのですが、自分では気が付いていない場合もあるのかもしれませんね。 自分だったらどうするか?と考えた時、日本茶と和菓子を渡して心を落ち着かしてもらう事が一番なのかもしれませんね。答えは全て自分の中にあると思うので
本当に辛くて兄に会社を辞めたいと相談したとき、カンカンに怒ってまきこさんが書かれているようなことを言われたのを思い出しました。
>毎日、朝になって、目を覚まして布団を出られる事がどんなに凄い事なのか。
>自分の口でご飯を食べられる事がどんなにスゴイ事か。
実際は↑とは違う内容だったけど、普通と思っていることがいかに普通でないのか、ものすごい勢いで言われました(怒鳴られました)。
なんて説明したらいいのか分からないけど、兄に言われた当時でもこのことは半分しか消化できてなかったみたい^^;。まきこさんのコメントを読んで消化が進んだ感じがします。
「【面壁九年の達磨大師】ごっこでも、やっているのかなぁ~」と、想っていたのですが
ちょっと、違うようですね
「今まで住んでいる、同じ世界のはずなのに、全てが灰色に見えるようになる」という
魔境に入ってしまったのかなぁ~
パラレルワールドの一つです
自分の意志で抜け出る事は、無理ですね
黒斎さんの語り口が素晴らしくわかりやすいだけに
読んでいると、私がうつだったころの当時を彷佛とさせます。
みなさんのコメントもすごいですね。
当たり前の事が当たり前にできなくなってしまう...そうなんですよね...
私の場合はまだまだ軽度だったんでしょうけど、人と話すのに、「あれ?いままで私はどんなふうにこの人と話していたんだろ?」って一生懸命思い出そうとしなきゃならなかった...
あのままほっといたらかなり危ない感じでした。
どうやって元気になれたんだろう?って自分でも整理してみているのですが、なかなか黒斎さんのように上手い具合に言葉になりませんね...
『卑屈』なインナーチャイルドさんとの対話は難解でしょうか。
私は不信者なので対話にまで及ぶか分りませんが、
魂が向上を望むのであれば、素直に受け入れたいと願うようになりました。
科学・宗教・芸術・技術・等、これらのアイテムは、
『魂の進歩・成長』の方向に、使う事が出来ます
また、
『魂の退歩・堕落』の方向に、使う事も出来ます
科学が進歩するほど、そのアイテムは、強力に成ります
要は、「自分は、それらのアイテムを使って、成長したいのか?、堕落したいのか?」
「どちらを望むのか?」ですね。
「私を凹ませたのは君たち周りの人間のくせに、なに他人のせいにして虫のいい顔して慰めてるのさ」
みたいに思って差し伸べられた手を払ってしまっていましたね。
何か、助けてくれる相手を選り好みしてしまうんです。
でも新たな人間関係を作るのは億劫だし、でもそうして足踏みしている間にどんどん凹みが酷くなって引き返せなくなっていたりして。結局自分で自分を苦しめて。
ただ、私は自身でそれに気付いていたから、本当に苦しいとは感じずに感情が死んでしまっていたのかもしれません。
えーと、何が言いたいとかではなく、それだけです;何の参考にもならないような…。
…あぁ、また長くなっちゃいました。無駄なスペースお借りしました~。
自分の価値をどこに置くかが変わった気がします。
以前は、なにもできない自分を認めてなかったけど、今はそれを認められるようになって、何もできない自分でも価値はある、という価値観になりました。
以前は、それが認められなかったから、毎日物凄い必死だった...必死にならざるおえなかったというか。
仕事でもなんでも、何かの役に立つ事が自分の価値なんだとずっと思い込んできたから、仕事も何もかも上手くいかなくなってしまった途端に自分の価値も大暴落して追い詰められてしまったの。
だから今は、自分の持ち物ではなく自分自身を磨いたり豊かにしていく事を目標にして、そこに価値を置いている感じです。
自分の持ち物である仕事自体に価値を置くのではなく、その仕事をやる事のできる自分自身の素晴らしさに価値を置くことにしたのです。
だから、今なら、たとえ突然仕事がこなくなったり、ダメになったとしても、たぶん以前ほどがっくりとはこないと思う。
ダメになったとしても、この素晴らしい自分がいるのだから、またいくらでも仕事は探せるだろうと割と前向きに考えられると思うんです。(そりゃ少しは凹むかもしれないけど...)
うつを経験してからは、私も以前より自分を好きになって、人に対しても少しは思いやりを持てるようになった気がします。
今では逆にあの出来事に感謝したいくらいなんです。
自分を助けるのは自分以外に居ません。
どれだけ高尚な言葉をもらっても
どれだけ励まされても
それを噛み砕いて
理解して
納得する自分が居なければなりません。
鬱シーズンに入ると
「どうすれば(How)」を求めているのに
周りの人は「頑張れ(Do)」と言っているように見えました。
「頑張れ」と言う人に「どうすれば」と聞くと
それでも「頑張ればいい(やっぱりDo)」という人
「さぁ?(≒What)」という人。
上の2つはそのうち「駄目だこりゃ」と思えるんですが
「どうしたいの?(How)」と聞いてくる人が居ます。
本当はこれが一番重要な答えなんだろうけど
HowにHowで返ってくるかららちがあかない水掛け論に。
参考になりませんが私が抜け出たきっかけは
私が天邪鬼だったからです。
数ヶ月病院に通って薬を飲んでてふと
「この薬利いてなくね?」
「いや、プラシーボ効果でも信じたら意味あるんじゃね?」
「いやいや、だったら薬なんか要らんだろ」
と頭の中で纏まったときに
鬱スパイラルの階段が一段上がって小さい踊り場のような
小休止場所ができたところから変わりました。
長くなりましたが一つ。
「災い転じて福となす」
鬱を機会に自分と対話し
それを抜け出た経験は
必ず自分の力になります。
(説教ジジィとして他人の力になることも?)
「良い心で楽しく」いると幸せになれるとか書いてるけどね、それすらもう、脅迫に感じるのね。
明るく楽しい気持ちの「弾むボール」でないと、
どこに行っても商品価値が低くて、
うっとおしい奴になっちゃうからね。
他人に良く思われようとする行為がまた自分にとってすごく負担に感じるしね。
利他行とか心が全然ついてこないの。
頑張らないといけないのに頑張れない自分がもう辛くて辛くて。
負のスパイラルにどっぷり浸かっちゃったりしてね。
なったことないとわかんないかもしれないけど、
鬱の人がウザイからってあんまりいじめないでね。
太陽に当ててボールを温めてみました。
空気が膨張して自然にふくらみました。
春が恋しいですねえ・・・
そんな年明け。
琴似のフィットネスクラブでヨガ始めました。笑。
さっきツタヤで月刊ムー買いました。
雲黒斎どの。今年もよろしくです
平凡は非凡なんですよね。普段、何気なくしている行動の一挙手一投足のそれら総てが非凡…健康でいるとなかなか理解出来ません。そりゃ仕方ないですよ、だって理解する。出来る機会を与えられていないんだから、ね。食べ物の嗜好なんかでも皆が平気で口にしているものでも、世の中には口にすることが出来ない人が沢山います。事実です。それを見たり、聞いたりして可哀相とか大変だなぁ、なんてのはいっぱい見たり聞いたりします。でも、それは本当ですか?可哀相、大変ですか?当事者にならないと理解出来ません。バーチャルな体験は出来るでしょう、けどリアルは出来ないですよね。簡単には。ならば、何故か?から入ってみるのはどうですか?
で、何を?になり、どのように?いつ?と徐々になり、ある程度は勝手に回り始めそこからが創意工夫も合わさってくる。求めるだけでなく、あげる。簡単、だけど難しい。だから、思考する。だけど、自ら難しくする必要は無いです。
ありがとう、それを言ってみましょうよ。最初は気持ちが入らなくても、段々出来ますから!ありがとう。老若男女問わず、共通の詞なんじゃないですかね?
ありがとう。ありがとうございます。ありがとうございました。
まさに今回の文のような状況になりかかりです・・・
負けないぞ。負けるもんか。
とても興味深い内容で読んでるうちにもう朝です(泣)
僕自身、霊とかあの世とか、存在は信じているんですが、黒斎さんのような体験はありません。金縛りにあうくらい。
早くに母を亡くしているのですが、なかなか出てきてくれないので、あの世にもいろいろ事情があるんだろうなぁなんて思ってます。
ブログを読み進めているうちに感じたのは、黒斎さん自身の成長ですね。
人間と守護霊という関係から、だんだん雲さんと黒斎さんが重なってきて、2人(?)で一つの人格というか、同じ生なんだなぁと感じました。
これからも楽しみにしてますので頑張ってくださいね。ただお体には気をつけて。
「使命」も大事だとは思いますが、やはりこの世の人間、体が資本です。無理はなさらないでください。
でも慢性的にどん底落ちするので、昨年落っこちた時には、対症療法ではたぶんだめだろうと判断して、根っこを探るべく心理カウンセリングを受けました。
あと、黒斎さんが参加してるblogランキングの別カテゴリーの、ジョシーさんのblogでも少しお世話になりました。そしたらだいぶよくなったかな。自分の過去や心の観察点が変化して、殻を脱ぎ捨てた感じ。
(だから、真性の鬱、なのかどうか今でもよくわからないのだけれど)
そういうときの私は、ゴムボールの空気が減って凹んでるというよりは、ボールの皮がガツガツに硬く厚くいびつなものになって、凹んだところが変形して元に戻らなくなっちゃった、という感じでした。
押せば押すほど硬いところが皺寄せて、ますますガツガツになっちゃうの。
今まで生きてた中でどんなにひどい時にも、私の心の奥にはものすごく小さな一粒の輝く光があって、そこから「愛」は常に流れ出ていた。それだけは救いだったんだけれど…
ボールの皮が硬くいびつだから、どんなにあふれてきてもボールは膨らむことがなくて、行き場を失い閉塞した愛の空気はやがて変質して澱み、嫌なにおいまで発するようになってしまった…
そんな感じでした。
で、「このままでいたくはない」と気がついたとき
(そう思えたのも一粒の光のおかげなのだけれど)、私がしたことは、
空気を入れることではなくて、
ボールの皮をやわらかくほぐしていくこと、でした。
そっとひとりでおいてみたり、お日さまの光にあててみたり、おいしいものを食べさせたり。
少しやわらかくなる気配がしたら、本を読んであげたり、散歩したり、友だちと会ってみたり、理由なんかつけないですきなことにハマってみたり。カウンセリングを受けたのもこの状態かな。
他の力を貸してもらうことも覚え(それは決して弱味をさらすことではなく、自分で立とうとする気持ちの現われだと知って)、厚い鱗のような皮が少しポロリと剥がれ落ちたとき、薄いけれどしなやかで強い皮がその下にあることに気がついたのでした。
今でもまだカサブタがはがれたようにカサついてるところもあるけれど、ボールの皮は、中が見えるくらい薄くてよくのびるものになりました。
心の中の、ちいさなちいさな光の粒…
誰にも必ずあるものだと思います。
あまりに小さいので、ガラクタをたくさんよけないと、
見えなくなっちゃうこともあるんだけれど…。
これが自分には「ない」と感じているときは、
家族や友だちがどんなにやさしさを分けてくれても、
ひたすら頑なになっちゃうのかもしれません。
みんなにはあるものを自分は持ってない、と感じて。
>>なにがあったのかなぁ?
徐々に、書いていきま~す。
halさん
>>空気入れときましたから♪
ありがとうございます。^^
博士さん
>>「生活を豊かにするには科学の進歩が必要だけど、
>>魂の成長に科学の進歩は必要ですか?」
科学の進歩で出来上がった物は「ツール」ですよね。
問題はそのツールを「いかに使うか」だと思います。
原始的なツール、「ナイフ」一つ取っても、
使い方次第で、奉仕にも殺人にも使えるわけです。
科学の進歩はめざましいけど、それが進歩するほど
「使いこなせるのか?」という矛盾が生まれます。
それを理解したうえで、はじめて魂の成長に役立つと
言えるんじゃないでしょうか?
ねこってさん
>>空気をそおっと、抜いてあげて!!
>>いきなり抜いたら壊れちゃうからね。
ええ?余計凹ませちゃうの?
ちょっと僕の思っていたことと違うかなぁ。
たけさん
ども。はじめまして。
よろしくお願いします。^^
まきこさん
>>色々経験出来てラッキーだと思う。
うん。僕も鬱を経験できて良かったと思う。^^
猫葉さん
>>凹んでしまっているから、
>>正常な判断(行動?)ができないせいなのですかね。
う~ん。一概に凹んでいるからというのとも違うかなぁ。
凹んだ結果、チューナー(脳)にエラーが出て、
判断や決断が出来なくなるって感じなんだけど…
なんて説明したらいいのかなぁ…。
ぴっしーさん
>>はやく 抜け出したいなあ。。。。
ねねさんのコメントを見てどう思われますか?
僕がこれから書こうと思ってたこと、
先に書かれちゃった感じなんですよ。^^;
ヒントになるかな?
絆さん
>>答えは全て自分の中にあると思うので
はい。同感です。^^
ららんさん
当たり前であることのありがたさ。
情けないことに、そう言った大切なことを
忘れがちになってしまうのです…。^^;
子羊のピッポさん
う~ん。ごめんなさい。
やっぱりピッポさんのコメントは、
僕には理解できないよ。。。
僕の今の心境を、「アミ 3度目の約束」という本の
冒頭にある一節から引用するね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
たしかにいまは、ぼくは神にとても関心をもっている。
だって、それはもう想像するだけのものじゃなくて、
ぼく自身で体験できる、身をもって感じられるなにかに
変わったからなんだ。愛が神だから、愛を感じるたびに
神を体験しているんだ。とても単純なことなんだけど、
それを頭のかたい、マジメなひとが話すと、むずかしい
神学の言葉を使ってすべてをややこしくしてしまい、
けっきょくのところは、ぼくたちをほんとうの神から
遠ざけてしまう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これを見て、ピッポさんはどう思う?
らいらいさん
>>ほんとうによくわかります...
そう言って頂けると嬉しいです。^^
僕自身も、こうして改めて言葉・文章にすることで、
心の整理になっているんですよね。
毎日、新しい発見の連続でとても楽しいんです。^^
シンプルさん
>>『卑屈』なインナーチャイルドさんとの対話は難解でしょうか。
いえ、話そうという気持ちがあれさえすれば簡単です。
話すこと以前に、面と向かって話そうという気持ちになるまでの
方が大変でしたね。
自分の気持ちに素直になりきれないって感じで。
プーさん
>>たしかに鬱には、原因は、あると思います。
鬱に限らず、物事には必ず原因がありますね。
原因が無い結果はありえない。^^
ビーラビットさん
ちょっとお聞きしたいのですが、
ビーラビットさんは「反抗期」ってどんな感じでした?
親御さんに、思いっきり反抗出来てましたか?
らいらいさん
頭では分かってるんだけどねぇ。
それでもやっぱり価値観が揺らいじゃう自分がいる。
まだまだだなぁ。
あかげさん
う~わ~!
すごく分かりやすい!
How Do What 、
すこーんっと入りました!^^
Aさん
>>「良い心で楽しく」いると幸せになれるとか書いてるけどね、
>>それすらもう、脅迫に感じるのね。
すご~く良く分かります。^^;
「良い心で楽しく出来ない自分」を知っているからね。
そうしろと言われても、どうしたらそうなれるのかが分からない。
あかげさんの説明の状態ですね。
西区のぴーよらんたんさん
>>太陽に当ててボールを温めてみました。
>>空気が膨張して自然にふくらみました。
うんうん。効きますよね~。日光浴。^^
僕もひなたぼっこが大好きです。
今はねぇ。寒さに負けちゃって長時間外に入れないけど…。^^;
でも、そんな冬があるから、春・夏のありがたみがあるんだよね。
バガボンドさん
>>ありがとう、それを言ってみましょうよ。
>>最初は気持ちが入らなくても、段々出来ますから!
>>ありがとう。老若男女問わず、共通の詞なんじゃないですかね?
その通りですね。^^
あっがいさん
再就職おめでとう。^^
>>負けないぞ。負けるもんか。
ま、あんまり力まないでね。^^
~-==○ ( ̄Д  ̄ )「肩の、肩の、肩の力を抜け~♪」
gereenさん
ども。はじめまして。
gereenさんも、やはりこの世の人間、体が資本です。
徹夜など、無理はなさらないでください。^^
ねねさん
ぐわ~~~。(汗)
これから書こうと思ってたこと、
そのまんま書かれてもうた~(笑)
>>ボールの皮は、中が見えるくらい薄くてよくのびるものになりました。
ま、そのまんまと言いつつも、
僕の場合、ねねさんのように上品な言葉ではなく、
「コンドーム」という単語にするつもりでしたが…(自爆)
僕には理解できないよ。。。
一口に、『鬱』と言っても、各自、その現れ方が違うようです
私の場合は、世界が灰色のように見え、自分も他人も、悪人のように感じられました
>・・・・・それを頭のかたい、マジメなひとが話すと、むずかしい
神学の言葉を使ってすべてをややこしくしてしまい、
けっきょくのところは、ぼくたちをほんとうの神から
遠ざけてしまう。
哲学者・神学者・僧侶などの人々が
自尊心や、見栄や、自己保身の心から
自分の言葉を、立派に見せようとすると
エゴが自己主張している事に、気づきません
神の心は、エゴには、存在しませんよ
忘れてましたぁ~
私の妻が、結婚当初、【鬱】に成った事が、有りました
「『良い妻』に、成るね!」と、言ったので
「やめとけっ!」と、言ってたのですが
つい、「良い嫁に成ろう~」と、していたらしいのです
結果・・・・、ある時、妻の態度が、冷たく・硬く成っていたのです
理由を言わずに、すぐ、ハグしました
文字通り、はがい締めに近い、抱き締め方です
最初は、「何をするの?!」ですが
しばらくすると、「放せぇ~!!」と、暴れ始めます
それでも、抱き締めていると、「ギャァァ~!!!」
それでも、抱き締めていると、フワ~っと、軟らかくなります
そこまで行くのに、何回か、波がありますので、絶対、油断をしないで下さい
元に戻ったら、離してよろしい
まあ、1~2時間は、覚悟して下さいね
腕力が必要です
数週間・数ヶ月をおいて、再発しますので、その都度、行って下さい
なお、最後の殻は、自分自身でないと、取れませんので
本人の、修行課題です。
(今はけっこうぐうたらしています。笑)
うつになるとどうも人と話すことさえままならなくなりますので、ピッポさんが奥様にしてあげたように、無言で包み込むような愛情で支えてあげるというのは、とてもいいかもしれませんね。
最後の殻は自分自身じゃないと取れないとはいえ、
そういった身近な人の適切な支えがあると、かなり違うでしょうね。
素敵な御夫婦ですね。^^
あはは!
私自身も、ぜんぜんまだまだできてないっすよ☆ ^^
でも、以前に比べたらかなり奇跡的に良くなったかなって。
以前は、ほんとうに自分、魂が真っ黒だったと思うんです。
人を疑うのは当たり前っていう...愛を鼻で笑うような悲しく汚れきった人間でした。
ほんとによくそんなんで生きてきたねぇって、人に言われた事があります。
だから今は、ひとつひとつ、普通に大人になれる事が
もう、嬉しくて嬉しくて嬉しくって、しょうがないんです。
大人の階段の~ぼるぅ~♪(H2O)
今、ここにいられる事も、自分にとってはある意味奇跡で、とても嬉しく思います。
ありがとうございます。
やっちゃったー。空気読めよ私!!!
しかしコンドームだ!
ボールの皮なんてぇ中途半端な表現した自分こそまだまだ青二才!(違?)
極寒滝行して出直してきます!うぉぉ!!(違…)
コンドーム篇、楽しみにしてます(^^)
中には何が見えるんだろう…(ワクワク)
>>ビーラビットさんは「反抗期」ってどんな感じでした?
>>親御さんに、思いっきり反抗出来てましたか?
ホギャア。すみません、質問されていたことに全っ然気付きませんでした。返信遅くなりましたが以下回答です。
難しい質問ですね。なぜならば、今が私の「反抗期」真っ最中だからです。
う~ん。頑張って自分を見つめて考えるなら、私は他の子供と比べて周囲に対しての反抗したい衝動自体が少ないと思います。
反抗期の子供って、親とか大人に対しては理不尽なことですぐ怒って反抗したがるじゃないですか。(←周りの子を見ての印象ですが)
でも私はそれなりの理由がないと大人には反抗しません。「それは違う!」と思えば思いきり反論するし、大人が正しいと思えば素直に従ってます。
というか、私は「親」も一人の人間だと思ってますから、「親だから」とか、あんまり関係無いです。
自分は高校女子で親は父(もうすぐ60歳)だけなんですけど、他の子がすることとは違って、洗濯物は一緒で構わないし、後風呂にも平気で入るし、一緒に夕飯だって買いにいきます。箸が触れても取り替えません。
父は放任主義なので、私が反抗期らしく髪を染めたりピアスホールを開けたりしても何も言いません。だから衝突が少ないのかな?とも思いますが。(あ、でも学校サボると怒られます←それなりに不良やってます)
結論。
他の子供に比べて控えめだが、まあそれなりに?
って感じでしょうか。
えーと…ちゃんと回答になってました;?あ、因みに、髪染めたりしてますが服装自由の学校なので問題は無いのです。
では、お役に立てれば良いのですけど…;
あなたは「人の話の主旨を受け取り間違う傾向がある。」という、ご自身の「癖」に気付いていますか?
今回の僕の問いかけに関しても「見当違いな応答」をしていることに気付いていますか?
僕も、ぽろぽろさんも、その他、あなたにコメントを残してきた数名の方々も、あなたに「変化球」など投げていないよ。
むしろ「直球ど真ん中」だ。
なのにあなたは、「やや!変化球が来た!」と勝手に判断し、自分でミットをずらしてしまう。
だから、ちゃんとボールを受け取れていない。
さらには、こぼしてしまったボールは拾わずに、別の新たなボールを投げ返すから、コミュニケーションが成立しないんだ。
…、
ピッポさん、神を信じるのもいいけど、人を信じるのも大切なことだよ。
(ま、これは僕にも言える事だけどね。)
どうだろう?今回は通じてるかな?
らいらいさん
少女だったと、いつの日か想う時がくるのさ~♪
ねねさん
やられたよ~。^^
>>コンドーム篇、楽しみにしてます(^^)
プレッシャーを与えんといてください…
ビーラビットさん
わ~い!レスありがとう!
そうですか!真っ最中ですか!
反抗はね、出来るときに、目一杯しておいた方がいいよ。^^
いま反抗期なのか~と違和感無く読んでたわ~。
だからどうしたっちゅ~ことやねんけどな~。
親不孝者にならない程度に励んでおきます(笑)>黒斎さん
kt2さんへ
紛らわしくて、すみませんでした!!(笑)
自分で女子高生を名乗るのは詐欺でしょ~(笑)、
と思ったまででした~。
どんどん、反抗しちゃって~。
ゆーっくり深呼吸を9回してみてください。
気持ちを落ち着かせるように9から1まで数えてください。
準備ができたらアホになったつもりで↓を最初から最後まで読んでみてください。
http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/38aae400c2765f9e094ae11a57b4d1fb
>>いま反抗期なのか~と違和感無く読んでたわ~。
ビンゴ。いま反抗期なのさ~。
だから違和感ないんだな。^^
ビーラビットさん
>>反抗期は親から自立するためのものですからね。
僕はベストタイミングでの反抗期を逃してしまいましてね…。
ああ、もったいない。
kt2さん
>>いくらウンコ臭い黒斎さんとはいえ(?)、
>>自分で女子高生を名乗るのは詐欺でしょ~(笑)、
>>と思ったまででした~。
じゃ、女子大生にしときます。
あかげさん
えー。ごめんなさい。
アホになりすぎまして…
自分自身につっこみどころ満載なのですが、
どの部分で解釈したらいいですか?
という意味で使わせていただきました。
以下を一回長々と説教臭く入力してる間に「粗挽き」を読みまして
「ま、いっか」思ってしまいました。
諦めの意味では無くてです、もちろん。
省いて言わせていただくと
私がこちらを知って半月なので一気に読ませていただき
(ほとんどコメント無視で)
「なるほどなー」といつも思います。
その中で何となく、あのプロローグに見られた瑞々しさ
(他に良い言葉が見つかりませんでしたがエロい意味じゃないっす)
が薄れているような印象を持ったので。
『あなたがこのblogを訪れたのは、やはり、ただの偶然なのでしょうか?
もし、あなたのその行動も、あなたの守護霊の誘導だったとしたら…?
なんだか、ちょっとワクワクしませんか?これから始まることに。』
ウツ症状のプレーヤーとして
(解説者ではなく、既に症状は無いというか自分で復帰させれるというかの感じですが)
気になって
コメントも全て読んでしまいました。
皆真剣に生きているんだな~
周りから
誰もが離れていく日々。
求めるだけ求めて
何もなくなっていく日々を
懐かしく思ってます。
いつもありがとうございます。