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深呼吸

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※「極楽飯店」の第一話はこちらから。

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(  ̄Д ̄) 『とにかく吐け。とにかく吸え。まずはそこからだ』



最初は、難しい話も、具体的な方法論も、論理的な説明もまったくありませんでした。

ただ、吐くこと。

ただ、吸うこと。

初めは、そこからでした。

それもそのはず、その頃の僕は、普通に深呼吸することすら、ままならなかったのです。

普通に息をすることが、できていなかったんです。

でも、そのことにも、自分では気づいていませんでした。

それまで、妻から何度か「呼吸が苦しそう」と指摘されたことがありましたが、いつの間にかその呼吸が自分にとっての「普通」「当たり前」の呼吸となっていたため、どれだけ自分の呼吸のバランスが崩れているかということに、気づけずにいたのです。

ストレス、喫煙、姿勢の悪さなどなど、いま振り返ってみればその原因の数々を見つけることができますが、その時は、本当に無自覚でした。


で、いざ深呼吸をしてみようと思ったら……

自分でもびっくりするほど、出来ないんです。

あれ? 全然吸えない……

え?なんで? 全然吐けない……


自分がこんなにも深呼吸が出来なくなっているという事態に、愕然としたのを覚えています。


「深呼吸なんて、意識して深く呼吸すればいいだけでしょ」

そう思ってたんですけどね、それはただの思い込みでした。


これをご覧の皆さんはいかがでしょうか。

深呼吸、できます?

いつの間にか、気づかないうちに、呼吸が衰えていたりしませんか?


普段、あまり自分の呼吸を意識していない方は、是非試してみてください。


息を、大きく吸って、大きく吐く。

その時、できるだけ「ゆっくり」「丁寧」を心掛けてください。

腹式呼吸とか、吸うのに何秒、吐くのに何秒とか、鼻だ口だとか、何かをイメージしてとか、いや、考えるなとか、そういったことは置いといて、まずは「ただ、ゆっくり吸う、ただ、ゆっくり吐く」ということだけ意識してみてください。


吸う。吸う。吸う。もう吸えない、ってところまで吸う。

吸い込めなくなったら、吐く。吐く。吐く。ゆっくり吐く。

もう吐けない、ってところまで吐いたら、吸う。

ただ、その繰り返し。


たったそれだけのことでも、意外とできなかったりするもんなんですよね。

いまから2、3分で構いません。試しに「ただゆっくり深く呼吸する」ということにチャレンジしてみてください。


どうでしょう? 結構しんどくありません?


もし、「しんどい」と感じられた方がいらっしゃいましたら、まずは1週間、朝起きてすぐに、「ただゆっくり深く呼吸する(2、3分程度)」というこのことを続けてみてください。

バカみたいな話ですが、たったそれだけのことで、アナタの人生を大きく変える「気づきの波」のスイッチが入ります。

アナタと、アナタの雲さんとを繋ぐ回路が正常に動き出します。



人生に「行き詰まり」があるときは、大抵「息詰まり」になっています。

呼吸に余裕があるときは、心にも余裕が生まれます。

心に余裕が生まれると、世界の見え方が変わってきます。

世界の見え方が変わってくると、「いい流れ」がわかるようになってきます。

「いい流れ」がわかるようになると、人生がスムーズに流れ出します。

人生がスムーズに流れ出すと、精神レベル・物質レベルを問わず、豊かさが現れ出します。

豊かさの中にいると、さらに余裕が生まれます。

さらに余裕が生まれると……(この先は、ご想像にお任せします)



(  ̄Д ̄) 『Breathingの先に、blessing』


皆様のもとに、神の恩恵がありますように。




【トークライブのお知らせ】

「月イチ☆(3月開催)」のお申し込み受付を開始しました。

お陰様でご好評いただき、毎回告知後数日で完売となっております。

参加ご希望の方は、お早めのお手続きをおすすめします。


◎3月21日(水) 平日のお話会「月イチ☆」
 ※詳しくは【こちら】(携帯からお申し込みの方は【こちら】



いよいよ今週末の開催です!

雲黒斎講演会 in 福岡

先日の「月イチ☆」で初披露した瞑想ワークショップも合わせて開催するつもりです。

ご来場の際に「500mlペットボトル(空でもOK)」をご持参ください。


【日時】 2012年2月11日(祝・土)14:00(開場 13:30)

【会場】 春日クローバープラザ 508研修室AB
   福岡県春日市原町3丁目1-7(JR春日駅すぐ)

【参加費】 お一人様3,000円

【お申込み方法】
氏名、希望枚数、連絡先電話番号をお書きの上、下記メールアドレスへお申し込み下さい。

un.kokusai.fukuoka@gmail.com

【主催】 雲黒斎講演会 in 福岡実行委員会



←もう押せない、ってところまで押す。
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クラッシュ

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お世話になっていた会社を辞め、早1ヶ月が過ぎたのですが……

最近、どうも時間の感覚がおかしいのです。

1日1日、過ぎ去るのが、あまりにも早い。

「あれ? 24時間って、こんなに短かった? 1週間って、こんなに短かった?」って感じなの。

これ、僕だけの話でしょうか。

「独立して、自分でやることが多いから」、「毎日が充実しているから」などという理由だけでかたづけられるのは納得のいかない感覚なんです。

で、他の方にも「どう?最近なんだか時間の過ぎ去るのが早くない?」という質問をしてみますと、年齢・職業・性別など関係なく、やはり「うん。なんだか早いよね〜」とのこと。

で、単に「早い」というだけなのかと言うとそんな事もなくて、逆に最近の事がものすごく昔のことに感じられるという感覚もあるんです。

どうも日常での時間感覚が、日を追うごとに変化している……

そんな気がするのですが、このブログを訪れてくれている皆さんの感覚はどうですか?


まぁ、それはさておき。

会社を辞め、僕的には広告やデザインの仕事から一旦離れようと思っていたのですが、ありがたいことに独立後も色々とお仕事が入っている状況です。

今は、札幌市内に今月末にオープンする予定の某美容室のブランディングとオープニングツールのデザインを進めています。

オープンも間近に迫っているため、スケジュール的には、今週中に形にしなければならないのですが……

進めていたデザインデータがですね、先ほどすべて吹っ飛びました(笑)(←いや、笑い事じゃないです)



:::::::::::.: .:. . ∧_∧ . . . .: ::::::::
:::::::: :.: . . /彡ミ゛ヽ;)ヽ、. ::: : ::  締め切りに間に合うんだろうか…
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 ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ヽ、_ノ ̄


これも、ここ最近我が家でブームの「吹っ飛ばす効果」でしょうか。(←オチの付け方にも心労が感じられます)


←最近、ポイントの減少も早いよね〜(←それは時間の問題じゃなくて、更新頻度の問題です)
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ウォルシュさんの講演会に行ってきました。

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昨日、帰宅するなり妻から「お、垢抜けて帰ってきたね」と言われました。

奥様、たかだか4日間の出張だったのですが…(笑)


東京でお会いした皆様、ありがとうございました。

この週末は、本当に沢山の刺激と貴重な経験をさせていただいた、濃厚なものでした。

まずは、初めて自分で主催・運営をしたソロライブ。

その節は、不慣れさと不手際で、本当に沢山の皆様にご迷惑・ご心配をお掛けしました。また、本当に沢山の方からご協力を賜りました。ありがとうございました。

改めて、お詫びとお礼を申し上げます。


さて、沢山の反省点を残したソロライブの翌日は、ニール・ドナルド・ウォルシュさんの講演会でした。

サンマーク出版さんからご招待いただき、僕も参加させていただきました。

それはそれは、とても素晴らしい講演会でした。

『神との対話』の発売以来、長年に渡り世界各地でメッセージを発信し続けているウォルシュさん。

その熱意・表現力・伝達力・コミュニケーション能力の高さに終始感動しきりでした。

講演内容は勿論のこと、メッセージを伝達する姿勢や、自分自身のあり方など、本当に勉強になることばかりでした。


さきほど某社長に「講演会のレポートって書いてもいいんですかね?」て聞いたら、「たぶん…いいんじゃない?」という裏付けのない返答を頂きましたので、何かあったときには「だって○○社長がいいって言ってたんだも〜ん」と責任転嫁することを前提に、記憶をたどりながら、その内容をちょっとご紹介します。

*****

自分とは何者なのか。

私はここで、何をしているのだろうか。

人生にとって、一番大切な事とはなんなのだろうか。

それらの疑問を胸に、私は世界を見回してみました。

……世界は常に苦悩の中にある……

私には、そういう風に見えます。

人々はいつも悲しそうで、そして怒っています。

個人と個人が、お互いに理解し合おうとしていません。

国と国が、お互いに理解し合おうとしていません。

文化と文化もまた、お互いに理解し合おうとしていません。

そして、それらに対して、私はみなさんと同じように、「それは何故なんだ」と疑問に思うのです。

なぜ私たちは、お互いに理解することができないのでしょうか。

我々が、みんなと平和に暮らすためには、何が必要なのでしょうか。

また、自分自身の内面においても、平和に暮らすためには、何が必要なのでしょうか。

私たちがいまだ理解できていないこと、つまり、「これさえ理解すれば世界が大きく変わる」というものは一体なんなのか……。


この地上において、数え切れないほどの「宗教」があります。

しかし、そのどれをとっても、その問題を解決したものは、いまだないのです。

また、アメリカには数多くの「リーダー達」がいます。

ブッシュ・クリントン・オバマ…、国家レベルでも、地方レベルでも、沢山の素晴らしいリーダー達がいます。

また、政治の世界だけではなく、ハーバード・UCLAをはじめ、沢山の優れた大学があり、「哲学」や「心理学」などといった分野でも、素晴らしい大学教授達が数多くいます。

しかし、その中の一人として、その問題を解決することができていないのです。

なぜ?


私はかつて、人間とは、世界でもっとも高度な知性をもつ生物だと思っていました。

しかし、私たち人間は、たった一日でさえ、誰かと口論せずにはいられないのです。


もっとも愛しているはずの配偶者・子供達・恋人達とも戦っています。

友人達やご近所さんとも口論します。

そして、戦争という形で、他国の人々と殺し合いをしているのです。

さらには、自分自身を責め、自分自身を許すことなく、自分自身と戦っています。


一体、問題は何なんでしょうか。

これらの問題の中で、何が一番異常なことなのか、わかりますか?

私たちは日々お互いに戦ったり、傷付けたり、口論したりしていますが、誰一人として、それを「したい」「されたい」と思ってはいないのです。

誰もが皆、「本当はそんなことはしたくない」と思っているんです。

我々は、自分でも「やりたくない」と思っていることをしているのです。

そして、我々にはわからないのです。

「やりたくない」と思うことをしないためにどうしたらいいのか。

「やりたい」と思うことをするにはどうしたらいいのか……


一体我々が「やりたい」と思っていることは何なのでしょうか。

誰もが皆心の底で望んでいるのは……

「お互いを愛し、愛されること」

ただそれだけです。

ただ、それだけなんです。


私はただ、あなたに愛して欲しい。

そして、私にあなたのことを愛させて欲しいんです。

私が望んでいるのはただそれだけです。


……


なぜそのことが、こんなにも難しいのでしょう。

私は今日、皆さんがこの会場をお帰りになる前に、その答えを差し上げます。


*****



質疑応答を含め、計3時間にも及ぶ講演内容の濃厚さは、とてもブログという媒体でレポートしきれるようなものではありませんでした。

ウォルシュさんは、そのメッセージを言葉だけではなく、まさに全身全霊を使って伝えてくれました。


その時に得た色々なことは、まずは直近に迫ったライブで直接お話させていただこうと思います。

来る5月29日(土)、広島市中区加古町4-17「アステールプラザ」にて阿部さんとのコラボライブを、

その翌日5月30日(日)、福岡市早良区百道2丁目3-15「ももちパレス 小ホール」にてソロライブを、

そのまた翌週、6月6日(日曜)は、東京都墨田区横網(よこあみ)一丁目6番1号「KFC(国際ファッションセンター10階)」にてコラボライブを予定しております。

お席にはまだ余裕がございますので、ご興味のある方は是非足をお運びいただければと思います。

僕も自分の記憶が新しいうちにお話しておきたいですしね。

広島開催は「いまここ塾」、福岡開催は「コチラ」、東京開催は「コチラ」にてお申し込みを承っております。

※それらライブでの内容も、後日このブログ上でもご紹介できるようにと思っておりますので、ヲタのシミに!


←なぜ押すことが、そんなにも難しいのでしょう。
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勇気はあるか

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2008年、ある冬の日のことです。

その日僕は雲さんを通じて、神様とお話をしました。


(  ̄Д ̄) 『なぁ黒斎。今日は神様から伝言を授かってきたのだが…』

Σ( ̄д ̄;) 「ええっ!?神様からの伝言!?」

(  ̄Д ̄) 『聞くかい?』

( ̄д ̄;) 「改めて『聞くかい?』なんて言われるとなんだか戸惑っちゃうな。聞きたいような、怖いような…」

(  ̄▽ ̄) 『あははは。別に怖いことなんてないよ』

( ̄д ̄;) 「で、神様はなんて?」

(  ̄▽ ̄) 『「覚悟はできたかい?」って』

ヾ( ̄Д ̄;) 「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待った! 何だ、何だ『覚悟』って!!」

(; ̄Д ̄) 『ほんとにビビリだよなぁ。おまえは…』

( ̄д ̄;) 「い、いや、普通ビビルだろう。神様から『覚悟はできたか』なんて言われたら」

(  ̄Д ̄) 『なんでだよ。あ、なるほど。よっぽど神様を怖い存在だと思っているんだね』

( ̄д ̄;) 「怖くないの?」

(  ̄Д ̄) 『怖いわけないだろ。愛そのものだもの』

ドキドキ( ̄д ̄;) 「じゃ、じゃぁ話の続きをお願いします」

(  ̄▽ ̄) 『神様からの伝言です。「君には、私からのプレゼントを受け取る勇気・覚悟があるかい?」だって』
 
( ̄д ̄;) 「プレゼント…。なんです?そのプレゼントって」

(  ̄Д ̄) 『さぁ、しらん』

( ̄д ̄;) 「……」

(  ̄Д ̄) 『どうする?』

( ̄д ̄;) 「……。あの…」

(  ̄Д ̄) 『なに』

( ̄д ̄;) 「僕、なんだって今こんなに悩んでるんでしょう?神様からプレゼントなんていただいちゃっていいのかなって、なんでこんなに躊躇しちゃってるんでしょう?」

(  ̄Д ̄) 『で、どうするの。わたしは、神様になんて伝えたらいい?』

( ̄д ̄;) 「……。えっと…じゃ、じゃぁ…有り難く頂戴いたしますってお伝えください」

(  ̄▽ ̄) 『わかった。じゃ、またな』


ヾ( ̄Д ̄;≡; ̄Д ̄)ツ 「え?それだけ? 雲さん!雲さ〜ん!」


…って、それからですよ。

多分、プレゼントってこのことだろうなっていうアレコレが現れだしたのは。

僕の想像を遙かに超えた出来事が、次から次へと…。


阿部さんうさぶろうさんアウルズエージェンシーの下野社長をはじめとした、たくさんの方々との運命的な出会い。

各地でのトークライブの実現。

CDデビュー。

ブログの書籍化。

トークライブのDVD化…。


で、お陰様で拙著も、アマゾンの予約開始時だけにとどまらず、先日の本発売直後も物凄い売れ行きなのだそうです。

実は、この連休中もサンマーク出版の担当さんからご連絡をいただいていました。

あまりの出だし好調ぶりに、サンマーク出版の社長さんが担当さんの携帯に連絡を入れ、「この動きはなに?なにか特別な手段を用いたのか?」と確認をしたほどなのだそうです。

東京都内でもすでに売り切れになっている店舗もあるらしく、今日の時点でさらにサンマークさんに受注が入るであろうという、そんな状況なのだそうです。


みなさま、本当にありがとうございます。<(_ _ )><(_ _ )>


で、昨日。

ヾ(≧▽≦)ノ 今度は、なんと!ニール・ドナルド・ウォルシュさんとお会い出来ることになっちゃいました!

ご存じです?ニール・ドナルド・ウォルシュさん。

24か国語に翻訳され、いまなお国際的にベストセラーを続けているという『神との対話』シリーズ著者の、ニール・ドナルド・ウォルシュさんですよ。

いえね、実は来る5月23日、サンマーク出版さんの主催で、ニール・ドナルド・ウォルシュさんの講演会が開催されるそうなんです。

で、ウォルシュさんの来日の交渉・アテンドをしているのがアウルズの下野さん。

それで、昨日下野さんからお電話をいただきまして、この講演会にご招待されちゃいました!

ヾ(≧▽≦)ノ すげー!


これまでコメント欄にて、たびたび「このブログって、なんだか日本版『神との対話』みたいですね」なんてことを言われたりしていたのですが…、まさかウォルシュさんとお会い出来ることになるとは。


最近ようやくあの時神様から告げられた「プレゼントを受け取る勇気があるか」という言葉の意味が見えてきました。

ああ、すげぇドキドキしてる。



←高鳴る鼓動のリズムに合わせてポチッと
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しかめっ面

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「ねぇ、パパ。あそぼうっ!」

先日、娘に掛けられた、そんな一言にハッとさせられました。


その時の竹彩の顔は、いつもと違っていたんです。

決して自分が遊びたいからではなく、僕を癒そうとして遊びに誘っている。

そんな目をしていました。


よっぽど面白くなさそうな顔して仕事してたんでしょうね。

重い空気を部屋一杯に充満させて、しかめっ面しながらパソコンに向かっていたんでしょう。


「そんなことしてないで、いっしょにあそぼうよ」

そのとき竹彩は、そう言って僕の所にきましたが、

もし僕が、楽しんで仕事をしていたら、きっと違う反応だったのだと思います。

「パパ、なにしてるの? ちょっと竹彩にも、それさせてくれない?」って、そうなったんだと思います。


そして気づいたんです。

あぁ、俺、また深刻になっちゃってる。

仕事するときに、しかめっ面になるのが、癖になっちゃってるって。

「会社の為に、額に汗しながら真剣な顔してパソコンに向かう会社員」

「家族の為に、自分を犠牲にして頑張るお父さん」

「生活のために、休日も返上して仕事するお父さん」

いつの間にか、またそういう自分を演じちゃってて、「頑張ってる俺を見てくれ!頑張ってる俺を認めてくれ」って、一生懸命アピールしてるぞって。

一歩下がって見てみれば、さほど凄い事をしているわけでもないくせに。

なんだって僕は、そんな自虐的なキャラクターを演じたがるんだろう。


ニコニコしながら仕事したっていいのにね。

ワクワク楽しみながら仕事したっていいのにね。

別に、自分を犠牲にする必要もないのにね。

「家族の為に、俺が犠牲になってるんだ!」だなんて、そっちのほうが、よっぽど家族に失礼だよね。


娘の一言で、僕の中に根強く残るカルマに気づかせられた土曜日でした。



P.S.

そんな調子だもの、「最近のこのブログには魂を感じない…」なんていうご指摘もいただくわけですよ。

いやはや、ごもっともです。^^;

よっしゃ! 気持ちを入れ替えよう!



「ウイスキー、ウイスキー、ウイスキー…」



←不甲斐ないブログに入魂!っと、背中を叩く勢いでプリーズ。
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耳をすませば

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シルバーウイークと名付けられた大型連休を利用して、我が家はサミットの開催で一躍有名となった洞爺湖畔へとキャンプに行ってまいりました。

雄大な羊蹄山と中島を背景に、夕焼けに染まりオレンジ色に輝く湖。

ハンモックに揺られながら聞く、秋の色に変わり始めた木々の囁き。

凜と澄み渡った空に輝く、数え切れないほどの流星。

そんな中、「なにもしないこと」をするために全国各地から集ったキャンパー達が、ただ椅子に腰掛け、湖を眺めながらゆったりと自然に帰っていく。

初秋の湖畔の美しさは、それはそれは素晴らしいものでした。


元気な子供達も寝静まり、時間の流れがますます速度を落としたその夜。

しばし焚き火と戯れた僕は、そんなステキな環境の中で瞑想を始めることにしました。

このキャンプ場で、きらめく星々の下、パチパチと鳴く薪の音を聞きながら瞑想することは、かねてからの念願だったのです。


こうして願いが叶っていることに、深く感謝をしつつ

焚き火台に薪をくべ、コールマンのチェアに腰掛けた僕は、スッと背筋を伸ばし、ゆっくりと目を閉じて深呼吸。

会社員・ブロガー・キャンパー・夫・父・男…と、日々演じている自分の役柄を一つ一つ、おりていきます。

毎日の喧噪から離れ、自分の奥深くへと帰って行く心地よさ…

そして、さらに意識を「いま」に向けるべく、耳を澄ませていきます。

湖から聞こえるさざ波の音、木の葉が奏でる輪唱、焚き火台で揺れる炎の音、木々の間に流れる優しい風の音…


その時です。






「ん…」




「ぁ…」




「ぁぁん…」





( ̄д ̄; )エェッ!?


焚き火台の向こうに見える、僕から一番近い位置に見えるテント。

そこからかすかに、喘ぎ声らしきものが聞こえてくるのです。


(-公-;) 「いやいやいや、まさかねぇ…これはあれだ、おなじみの煩悩ゆえの幻聴ですよ。」


「ふ〜〜〜〜〜」

気を取り直して、スッと背筋を伸ばし、ゆっくりと深呼吸。

そして、意識を「いま」に向けるべく耳を澄ませていきます。

湖から聞こえるさざ波の音、木の葉が奏でる輪唱、焚き火台で揺れる炎の音、木々の間に流れる優しい風の音…



「ああんっ!」



Σ(; ̄Д ̄) 「やっぱり!?」


明らかに「している」んですよ。僕の3メートルほど先にある、薄い布の向こう側で。


(-公-;) 「いや、いいじゃないか、いいじゃないか…仮に本当にしていたっていいじゃないか、人間だもの…」


「ふ〜〜〜〜〜」

気を取り直して、スッと背筋を伸ばし、ゆっくりと深呼吸。

そして、意識を「いま」に向けるべく耳を澄ませていきます。

湖から聞こえるさざ波の音、木の葉が奏でる輪唱、焚き火台で揺れる炎の音、木々の間に流れる優しい風の音、徐々にボリュームが上がってゆく喘ぎ声…



「パンッパンッパンッパンッパンッパンッ!(肉と肉がぶつかる音)」



ヾ(`Д´メ)ノ″ 「生々しいわ!」







てんで瞑想どころではありませんでした。



←これだけで生きていけます(阿部さん談)

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絶望の向こう側

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えー。

なんだかコメント欄がとても面白くなってきました。

沢山のコメントありがとうございます。とても勉強になります。

あ。「面白い」なんて言葉を使うと、それはそれでご立腹の方もおられるかも知れませんが…。


折角なので、一旦、話の流れをここで一度大きく変えて質疑応答的にお話を進めていこうかと思っています。

お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。


今日は、前回のコメント欄で癌患者さんからご質問のあった「絶望」について、少しお話させてください。


2008年10月24日投稿「失敗は成功のもと」コメント欄 癌患者さんより

*****
はじめてコメントさせて頂きます。
今回の内容とは関係無いんですがど〜しても教えて頂きたい事があります。(黒斎さん以外でもわかる方はコメント頂きたいです)

僕は名前の通り癌患者なんですが預流果を迎えていない僕には「今の自分(=癌)があるのは、こういう理由(原因・条件)があったから」と言う原因がどうしてもわかりません。

黒斎さんがお話されてる事も頭では理解は出来ているんですが実感として何も感じる事はなくアハ体験も未経験です(-.-;)

癌になった原因は自分で預流果を迎え自分で解決しなければならない問題だとは思うんですが
黒斎さんが預流果を迎えたきっかけの「絶望(地獄を見る)」という経験をされた際、心の在り方としては地獄と向き合っていましたか?それとも希望(天国?)を見つめる事で預流果を迎えられましたか?

今自分は絶望的な状況です(>_ <)

絶望的な僕にヒントを下さい。

…(中略)…

絶望的な状況って書きましたがあくまで客観的な状況を書いたもので自分自身は病気に感謝しているくらいです。

癌は家族の大切さ、友達の大切さ、普通に生活する事の大事さや自分の体に対する感謝等様々な事を教えてくれました。

また、悲観的にならず病気を絶対治してやるって気持ちもあります。

そこで自然治癒で治った人の話を聞くと預流果を経験された黒斎さんと同じような在り方でいらっしゃる人が多く自分も同じ境地に到れればと思ってます。

黒斎さん、blogの内容と離れた書き込みしてしてしまって申し訳ありませんでした。

*****

コメントをお寄せいただいた癌患者さん以外にも、「病」に苦しみや悩みを感じて、このブログに辿り着いた方も多いと思います。

また、患われているご本人に限らず、看病する側でお悩みの方も多くいらっしゃると思います。

現実世界とは別次元の、奇跡や神秘などによる好転を求めて、宗教や精神世界の扉を叩いた方も多いかと思います。


ですが、残念なことに本当の宗教、精神世界は、現実社会以上に現実的です。

こと仏教においては、特に耳を塞ぎたくなる言葉に出会うことになります。

「一体何を考えているのか。 アナタは、自分が病気にならないとでも思っていたのですか? 死なないとでも思っていたのですか?」と。

そこには、一部の宗教や精神世界で語られる、奇跡を迎えるための方法論や、優しい言葉、慰め等はありません。

「徹底的に探してご覧なさい。病から、老いから、死から逃れ、延々と生き続けている人間などいるものですか。人間は、病に倒れて当たり前。死んで当然。だからこそ、“人生は苦だ(輪廻は苦の連鎖だ)”と言うのです。」


奇跡を夢見て相談したのにも関わらず、返ってくるのは受け入れがたい超現実的な言葉です。

お釈迦様に、「病気になったら、どう対処したらよいですか?」と聞いても、「医者に診てもらえ。」と返ってきます。


ええ。まさに「絶望的」です。

なのですが、本当の宗教は、「人間は、その絶望を超えることができるのだ」と説くのです。

身体の病みではなく、心の病みを改善するのが、宗教の仕事だからです。


人間は、絶望を超えることが出来る。

僕は、幸運にもこの言葉の意味を知ることが出来ました。僕自身が、実際に絶望を経験することによって。


人間は、絶望を超えることが出来る。

そうは言っても、やはり絶望を見ることは、あまりオススメしたくはありません。

ホントに痛いんです。辛いんです…。

自分からわざわざ見に行く必要はないと思います。

ですが、もし、今現在、正に「絶望的です」という人がいるのなら、どうか知ってください。

絶望は、超えることができます。「煩悩から離れる」ということによって。


人はよく、自分の苦境を「絶望的」と表現します。

絶体絶命の大ピンチ。にっちもさっちも行かなそう。

なのですが、人は、どんなに「絶望的」な環境に身を置いても、なにがしかの「望み」を抱いているモノなんです。

何か方法があるのでは…。誰かが助けてくれるのでは…。奇跡が起こるのでは…。

具体的な方法論は一切浮かばなくとも、どこかに光を探しているんです。

苦境の中で、自殺を選択してしまう人ですら、望みを持って死んでいくのです。

「死を選択したら、今より楽に違いない。」

「楽になるはず」という望みを持って死んでいくのです。それを信じて、死んでいくのです。


ですから、苦しみの中にいる時は、あくまで「絶望的」であって、「絶望」ではありません。「望み」は絶えていないのです。


「絶望」は、文字通り「望みが絶えた」状態です。

本当に望みが絶えると、人は、何も出来なくなります。(僕の場合、喜怒哀楽という感情すら、出すことが出来なくなっていました。)


それは、「悲観的な諦め」を通り越した、完全な「降参・降伏」という状態です。

そこまで行き着いてしまうと、後は「なるようになれ」という完全に無防備な態度しか残らない。


そうすると、どうなるかと言いますと…

「望み(欲)」はすでに諦めてますし、誰かや何かに八つ当たりして(怒りを発散して)何とかなるとも思っていません。

つまり「なるようになれ」となっている時、自分では意図せずに「欲」や「怒り」から離れていたんです。



「欲」や「怒り」は『煩悩』ですから、そこから離れてしまうと、ある瞬間…


「あれ?」


…ってなるんです。

不意に、気付いちゃうんです。「仕組み」に。


その頃は、仏教の「ぶ」の字も知りませんでした。精神世界にも興味も関心もありませんでした。

むしろ、嫌いな分野でした。

ですから、その時何が起こったのか、自分で理解出来なかったんです。

一体自分の身に何が起こったのか。

それを突き止めたくて、その後とにかく色んな勉強をしました。

信じていいんだか悪いんだかわからない、「インスピレーション」「自分のモノではない思考」の指し示すものに従って。

そこではじめて「煩悩」という言葉の意味を知ります。

「自業自得」という言葉の、本当の意味を知ります。


「ああ!あの時、僕の身に起きたのは、そういうことだったのか。」


偶然にも「欲」「怒り」という煩悩から離れることで、「智慧」が姿を現してくれたのだと、やっと理解できたんです。




どうでしょう。伝わりますかね。こんなんで…。



←ランキングは上がったものの、ちょっと寂しくなりました。


P.S.

病気でお悩みの皆様へ

今日お話した内容は、あくまで僕個人の経験を綴ったモノです。
ご覧になってどのような感想をお持ちになったかはわかりませんが、やはり、あまり参考に出来るようなものでは無いと思います。
本当は、もっと大切なコトをお伝えしたいのですが、一口に「病気」とは言っても、その方その方で状況が全く異なります。
それゆえ、具体的にあれこれと語るコトもできないのです。

ですが、このことだけは知っておいてください。
病気の原因は「天罰」でも、誰かの「怨念」でも、「祟り(たたり)」でも、「間違った先祖供養の仕方」によるものでもありません。
これまでの自分の生き方の中に理由の見いだせる、原因・条件によって発生する現象です。

「癌」においても、限られた方だけの病気ではありません。僕ら人間の誰もがなりうる可能性のある病気なのです。
癌患者さんは、「この原因がなにかわからない」とおっしゃいますが、ここ最近の日本を眺めてみれば、癌にならないことの方が不思議なぐらい、原因に溢れているのです。
あまりに原因が多すぎて特定できないぐらいです。

どうぞ、誤った宗教観や精神世界のあれこれに振り回されることのないよう、ご注意下さい。

また、仏教の解釈は「超現実的なもの」と書きましたが、それは「諦めなさい」という悲観的な話ではありません。「治りません」という話でもありません。

健康に健やかに生きるすべ、治癒力を向上させるすべ、病気を改善させるすべ等のお話も、シッカリと語られています。

病気になる人・ならない人の違い、治療に時間のかかる人・かからない人の違いなども、明確に示されています。

ですが、これも以前お話したとおり、「方法論」というよりも「存在論」なんです。

簡単に言ってしまえば「病は気から」という一言になってしまうのですが、その言葉を目にしても、その明確な理由や本当の意味を捉えるのは難しいと思います。

僕も未熟故、上手く説明できません。

一応、この後引き続きお話してみようかとも思っていますが、僕の表現の未熟さでは、的確にお伝えできないかもしれません。

なので、代わりにオススメの本をご紹介します。もし、病床にて本を読むことが出来る方であれば、この本を読んでみてください。(患者さんのお世話をされているご家族の方々にもお勧めです。)

こんな、拙いブログとは比べものにならないほど、確実に参考になるものと思います。

『まさか「老病死」に勝つ方法があったとは-ブッダが説く心と健康の因果法則-(アルボムッレ・スマナサーラ著/サンガ:1,680円)』

本屋さんでは宗教カテゴリー(仏教系)の棚付近に置かれているコトが多いかと思います。

コーナー自体もマニアックだし、なんだか難しいそうなタイトルだし、ということで、なかなか手に取る類の本ではないと思います。

ですが、これほど病と心の因果関係がわかりやすく説明されている本は、他に見たことがありません。

何となく取っつきにくいタイトルかもしれませんが、内容は決して難しいモノではありません。ご一読をオススメします。


皆様の一日も早い回復を、心よりお祈りいたします。

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投薬

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アルコール依存症の治療に使われるお薬が、どんなモノかご存知でしょうか?


前々回お話したとおり、この病は、アルコールの摂取を経つことでしか完治させることができません。

「病の元となっている原因を取り除くだけ」という、とても単純な理屈。

でも、この簡単そうに見えるこのことこそが、この病から逃れづらい一番の要因となってしまいます。

なぜなら、「病の元となっている原因を、自ら好んで摂取している」という、困った現象が起きているからです。

※この病気の仕組みを知ると、「アルコールを好んでいる」という自分の意思と思われることが、実は自分の意思ではなく、「アルコールの罠である」ということに気付けるのですが…(この話は追々)


さて、そんな特殊な病気なものですから、治療も他の病気の場合とは、ちょっと違うんです。

アルコール依存症の治療に使われるお薬には、「シアノマイド」と「ジスルフィラム(ノックビン)」という2種類があります。

こちらのお薬、実は「ウコンの力」や「ソルマック」のように、体調の改善を促したり、清涼感を与えてくれるようなお薬ではないんです。

お酒呑んじゃいけない人に対して、呑み易い状況にしてあげるなんて、本末転倒ですからね。

だから、その反対。

この2つのお薬は、「抗酒剤」と言って、お酒から離れるためのお薬なんです。

ぶっちゃけていうと、お酒を呑むと、めっさ具合が悪くなり、例え微量のアルコールでも、徹底的に悪酔い状態を満喫できるという代物。

これでお酒好きなアナタでも、思う存分苦しめます☆


「酒飲みが、酒を呑んで死ねるなら本望だ。」なんて言って治療を怠ってると…


(  ̄ー ̄)  『じゃ、そろそろ投薬治療始めましょうね♪』


って、ドクターから処方箋渡されるのでご注意ください。



←気合入れに、よく効きます。

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ウコンの力

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私たち人間が自分勝手な欲望にまみれ、私利私欲を追求し、煩悩三昧の生活を送ることは、いわば「病院で酒盛り」をしているのと同じことです。

お酒を止めるために入院したのに、そこで「酒が飲める飲めるぞ〜♪酒が飲めるぞ〜♪」ってワイワイやってるんです。

そりゃドクター(守護霊)もいい加減呆れるって話ですよ。


さて、そんな呆れ顔のドクターでも、患者の事をホントに大切に思ってくれています。

だからこそ、ベッドに縛り付けて無理矢理お酒を飲ませなくするなんてことはしたいと思っていません。

出来るだけ、自主的にお酒から離れてくれることを望んでいます。

無理に止めさせても、その反動で「呑みたい欲」がますます出てしまうことを知っているから。


でね。実は…

ドクターは患者を酔いから醒めさせるための「ウコンの力(悟り光線)」を持っているんです。

でも…

そう簡単にはその「ウコンの力」、飲ませてもらえません。

と言いますのも…

(  ̄Д ̄)担当医 『これ飲む以前にさ、まずはお酒控えてよ。お酒と一緒に飲まれても効かないんだよね。ましてや何度も渡してたら、ますます効かなくなっちゃうし。』

だからね、ずーっと、患者が自主的にお酒を控えてくれるのを待って、「ウコンの力」を渡すタイミングを窺っているんです。

_| ̄|○ 「ぁー…呑み過ぎて具合悪い…。せんせ〜い、ウコンの力飲ませてよぅ。」

(  ̄Д ̄)担当医 『今これ渡しても、二日酔い治ったらまた酒呑み出すべ? だからまだあげない。』

人(ノДT )アゥゥ 「先生!そんな意地悪言わないで、どうか!どうかこの悪酔い(苦しみ)から救ってください!」

こうお願いしても、ドクターは

(  ̄Д ̄)担当医 『だからさ、酔うのがいやならお酒呑むの止めなさいって。』

って言うんです。当たり前ですよね。

それなのに僕たちったら

・゚・(ノД`;)・゚・ 「ちょ〜だ〜いょぉ…ウコンのちから〜…。どうしてくれないの〜!このままじゃお酒呑み続けられないじゃ〜ん!!」

なんてバカな事を言い出す始末。

(; ̄Д ̄)担当医 『お酒で苦しんでるのに、まだ呑みたいって…なんだそれ? わけわからんわ。』



そんなこんながありまして、僕の場合、懲りずにずーっと飲み続け、数度にわたってオーバードーズを起こしてしまったんです。

オーバードーズ【over dose】
化学物質(多くの場合、薬品やいわゆるドラッグ)を、生体のホメオスタシスがそこなわれるほど多量にまたは集中的に摂取することによって起こる。深刻な症状を引き起こし、死亡する場合もある。本質的には生体における毒の作用の一例である。「薬の多量摂取」を意味する。

煩悩の多量摂取。つまり、自業自得の「地獄」を経験したんです。

それに加えて竹彩も生まれ、「あ、このままじゃホントにやばい…」ってなりましてね、

そこで初めて

<(_ _;)>  「ごめんなさい…もう懲り懲りです。本気で禁酒はじめます…。先生、よろしくお願いいたします。」

って観念したんです。^^;


と、いうことで、

「ウコンの力」を受け取れるのは、「ある程度準備が出来てから」ということになります。

その日のために今出来ることは、とりあえず自主的に禁酒をしておくこと、です。^^




《内緒話》

この、ドクターが持ってる「ウコンの力」。

実は僕らもある方法でズルをすれば、勝手に持ち出して使うことも出来る代物なんです。(大きな次元から見ると「担当医=患者」だから)

※勿論ズルができないよう、その方法は皆さんには内緒にしときます。

このズルをして手に入れた「ウコンの力」…自分で使うだけならまだしも、自分以外の人にも勝手に配布しちゃう人がいるんです。相手の担当医の許可も取らずに。^^;

※俗に「一斉遠隔○○○○○」なんて名称で頒布会が開かれてますね。
※実を言うと、僕も一度頒布会を開こうとして、雲さんにコッテリ叱られたことがあります。^^;

酔っぱらい相手に「ウコンの力」を配布するんですから、そりゃその人だって悪いことしてるつもりはありません。むしろ親切のつもりのはずです。

配布された側も一時的に二日酔いが弱まるから、「ありがとうーーーー!」って大喜びすることになるんですが…

これって相手の担当医にしてみれば、とても迷惑なことなんですね。

だってそうでしょ?

せっかく渡すタイミングを窺ってたのに、そのチャンスを棒にふることになっちゃうんだから。

それに、そんなことを何度も続けていると、そのうちドリンクの効き目も薄れちゃうし。

いやね、それが切っ掛けでお酒をやめられるって言うなら問題ないですよ。でもね、やっぱほら、相手は「依存症患者」だからさ…

体調が少し良くなったら、またすぐお酒呑み出しちゃうって。^^;



<本日のまとめ>お薬の用法用量・服用タイミングは、担当医の指示を守りましょう。



←1日1回の服用をお願いいたします。

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あの日

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今日は、新テーマ「アルコール依存症」にのせて、「あの日」のことを書いてみたいと思います。

「あの日」のことを書きますが…

お母さん、お赤飯を炊くのは早とちりです。そっちの「あの日」のことではありません。

僕の人生観が裏返ることとなった「あの日」のことです。



このブログをご覧の皆様の中には、僕の話している内容を見て、「こいつ何様のつもりだ?あれこれ知った風に偉ぶりやがって。」なんて感じで読まれている方も少なくないと思います。

「自分で自分のこと酔っ払いと言ってる割には、アレコレ偉そうに講釈たれてるじゃねーか。なんだその矛盾?」

とかね。

僕がこうしてこのようなBLOGを綴っているのは、「アルコール依存症」が完治したからではなく、自分が「アルコール依存症」であるという自覚を持てたからなんです。





これまで、僕が「覚醒体験」と呼んでいる経験のことを、どのように説明したらいいか、ずっと考えていたんです。

僕が「覚醒」と呼んでいる「それ」は、何か特別な能力を身に付けるわけでも、ありがたい知識を得ることでもないんです。

単に、「酔いから醒めた」だけなんです。(前は、「目が覚めた」という言い方もしていました。)

それだけのことなのですが、この経験は、僕の人生を大きく動かすほどの影響力がありました。



あの日、僕は生まれて初めて、「酔いから醒める」という出来事に遭遇しました。

それまで、「自分が酔っている」などとは微塵も思っていなかったのです。

だから、何の前触れもなく、不意に「酔いから醒める」ということに遭遇したのは、それはそれはびっくりな出来事でした。

びっくりしましたが、「酔いから醒める」ことで、それまでずっと、自分が「酔っていた」ということに初めて気付くことができたのです。


ちょっと想像してみてください。

物心ついた時からずっと泥酔状態で、それが自分の「健康な状態」だと思い込んでいる酔っ払いの姿を。

身体は重く、頭は朦朧とし、真っ直ぐなものも歪んで見え、慢性的に胸焼けで、五感は全て麻痺し、何かを理解しようにも正常な判断が出来ない泥酔者。

そんな男がある日突然、「初めて“ウコンの力”を飲んだ時のようなスッパリとした軽さ」を経験したとしたら…。


おいおいおいおい!なんだよこの爽快感!!!!

なにこれ!なんでこんなに身体が軽いの!?

なんでこんなに頭がパッキパキに冴えてるの!?


…ってなると思いません?


例えは変だけど、そんな感じなんです。


初めて「酔いから醒める」という経験をした僕は、その経験ゆえ、「自分が酔っていた」ことを思い知らされます。


すると、その爽快感による高揚のあとには、大きな罪悪感が襲ってきます。

自分が酔っていた時にしでかしたあらゆるトラブルを振り返って、後悔が山のように迫って来るんです。

ペロンペロンに酔っ払って理性が飛んだ次の日の

ヾ(ノДT)ノ 「あーーっ!!! やっちゃったーーー!!」

っていう、あれの大きいやつだと思ってください。


爽快感と罪悪感の繰り返し。

しばらく、そんな感じが続きました。


そして、ちょっと落ち着いてきた時、周りの世界を見て大笑いすることになります。

「あーー! やっちゃったーーー!!」って思ってたけど、なんてことはない、

見渡す限り、そこらじゅう「酔っ払いだらけ」だったんです。^^;


「あ、そーか。周りのみんなも僕と同じように自分が酔っ払っていることに気付いていないんだな。」ってことが分かりました。

面白いもので、自分が酔いから醒めると、周りの酔っ払い様が、手に取るようにわかるのです。

「この人は笑い上戸だな。」とか、「あの人は泣き上戸だな。」とか、「あ、あの人はあんまり酔ってない!」とか、「あの人はやたら絡んでくるぞ」とか、「やべぇ!あの人すでにオーバードーズだ!」とか。


(結婚式の3次会から参加して、会場についてみたらそこらじゅう出来上がっていて、シラフでいるのが自分だけ、みたいな状況を想像してみてください。)


もし、友達がヘベレケに酔っ払って、ぐちゃぐちゃになってたら、介抱してあげたくなりますよね?

そんな感じなんです。

で、

「もしもし、あなたかなり酔ってますよ。」って声をかけるんですけど…

ヾ(`⌒´メ)ノ″ 「なんらとぉ、このやろー!人を酔っ払い扱いしやがって!ヒック!」

って感じで逆切れされるんですわ。^^;

相手も、いかんせん酔ってる自覚がないから。

自分もついさっきまで同じ状態でいたから、相手が逆切れする気持ちも良く分かるんです。^^;

でも、やっぱりこのまま呑み続けてたら大変なことになりそうだから、どうにか教えてあげたいと思うんだけど…

そんな中、「さあみんな!自分のために、禁酒しよう!」なんて声を大にして運動を起こしたら、

ヾ(`⌒´メ)ノ″ 「あのやろう!俺らの幸せを奪うつもりだ!酒を取られる前にやっちまえ!!」

なんて感じでお酒好きの方々から猛烈な弾圧を受けることにもなりかねませんし…。


そんなこんなで、どうしていいか分かんなくなっちゃいましてね。^^;


試行錯誤しながら、こうしてキーボードを叩いています。。。




ってことで、もう少し「アルコール依存症」シリーズを続けてみます。

偉そうになってしまい申し訳ありませんが、お付き合いいただけると幸いです。<(_ _;)>

一緒に依存症克服を目指しましょう。



←あ、お母さん! お赤飯がわりに。

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