いまさらながらの原点回帰
あの世に聞いた、この世の仕組み
極楽飯店.12
※初めての方はこちら「プロローグ」、「このblogの趣旨」からお読みください。
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初日の業務を終えた俺たちは、宿舎へ帰るバスの中にいた。
仕事から解放された今も、田嶋以外は肩を落としてうなだれている。
昨夜告げられていた通り、業務自体は過酷なものでもストレスを感じるものでもなかったが、何より、食にありつけないという想定外の状況に落胆していた。
業務終了後、田嶋が口にした「じゃ、戻ったら、みんなでメシでも食いにいきますか」という誘いにも、皆、答えられずにいた。「結局、どこの店に入っても、出てくるのは虫料理なんですけどね…」という言葉の後では、当然といえば当然な反応だろう。
前方座席に座る別チームの面々は、田嶋同様すでに虫料理に慣れているのだろうか。その様子は48班とは対照的で、和気あいあいとした雰囲気の中で、冗談交じりの会話が続けられている。俺たちもいずれはああなっていくのだろうか。
俺の周囲では、空腹を知らせる腹の音と、ため息だけが流れる。
と、沈黙をかき消すように、これまでほとんど声を出していなかった白井が、眉間に深い皺を寄せてしゃべり出した。
「私が、何をしたって言うんでしょうか…。なんだって、こんな仕打ちを受けなければならないんでしょうか…。懸命に、真面目に、生きてきたのに…。そりゃ、歴史に名を残すほどの善行を行ってきたわけじゃありません。ボランティア活動をしていたわけでもありません。でも、人並みには、優しさを持って生きていました。困っている人がいれば手を貸したし、誰かに手をあげたこともありません。仕事だって、出来なかったわけじゃない。むしろ、人一倍頑張っていた。人が嫌がる理不尽なクレームの対応だって、率先してやってきたんです。成績だって、ちゃんとあげていた…、なのに…」
その声は、徐々に怒りを帯び、次第に大きくなっていった。
「なぜ私が、地獄にいなければならないんですか!?何をしたって言うんだ!?幼いころから規律を守り、親に反抗することもなく、教師の教えに背いたこともない。先祖を粗末に思ったことも、悪事に手を染めたこともない。むしろ自分を押し殺し、自らが犠牲となって、人の為にと生きてきたんだ!それなのに…、なぜこんな目に遭うんだ!?クリスチャンとして、深く信仰していたにも関わらず、そんな私から、神は仕事を奪い、家族を奪い、何もかも壊していく!そして、死んでもなおこの有様だ!消えてなくなることすらできない。……なぜだ!?なぜ神は、これほどまでに私を苦しめる!?あんまりだ…」
両手で顔を覆い肩を震わせている白井の疑問に、答えられる者はいなかった。
その後の長い沈黙に耐えかねるようにして、藪内がしゃべり出す。
「坂本さん。天国って、どうやったら行けるんですか?仏教では、なんて言われてるんですか?」
坂本は不意の質問に「むぅ」と唸り、一呼吸置いて「知ってたら、ここにはおらん」と返し、藪内の思いも虚しく会話は終わった。
話が途切れ、沈黙が生まれるたびに、俺のアタマの中ではビエルの言葉が回り続けていた。
『誰のせいだ』
『耳がなくなったり、腕の一本が折れるぐらいならまだいいが、首が裂かれても死ぬに死ねんぞ』
その声が、何度も何度もリフレインする。
あの言葉の意味を探れば、ビエルの言わんとしていることは理解できた。
『誰のせいだ』
それはつまり、「お前のせいだ」という意味であろう。そして、なぜかはわからないが、ビエルは俺が考えていたことを全て知っている。口にも出していない、耳のことも、腕のことも…。
おそらくこの世界では、人に危害を加えようとすると、それがそのまま自分に返ってくる。
田嶋の耳をそぎ落としてやりたい、そう思ったから、俺の耳がなくなった。
腕を折ってやろうとしたら、資材が俺めがけて倒れてきた。あそこでビエルの助けがなかったら、俺の腕の骨が折れていた…、ということだろう。
自分の悪意は、すぐさま自分に返ってくる。たぶん、この世界はそういうルールで動いている……。
そう気づいた時、俺はある言葉を思い出した。
……因果応報。自分の行いが、自分に返る。
それが、安達の言っていた「宇宙の基本原理」なのだろうか。しかし、それでは一つ納得がいかない。
俺はまだしも、白井がここにいるのはなぜだ?
…つづく。
←明日と明後日は、大阪・名古屋へお邪魔するため、更新はお休みさせていただきます。
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初日の業務を終えた俺たちは、宿舎へ帰るバスの中にいた。
仕事から解放された今も、田嶋以外は肩を落としてうなだれている。
昨夜告げられていた通り、業務自体は過酷なものでもストレスを感じるものでもなかったが、何より、食にありつけないという想定外の状況に落胆していた。
業務終了後、田嶋が口にした「じゃ、戻ったら、みんなでメシでも食いにいきますか」という誘いにも、皆、答えられずにいた。「結局、どこの店に入っても、出てくるのは虫料理なんですけどね…」という言葉の後では、当然といえば当然な反応だろう。
前方座席に座る別チームの面々は、田嶋同様すでに虫料理に慣れているのだろうか。その様子は48班とは対照的で、和気あいあいとした雰囲気の中で、冗談交じりの会話が続けられている。俺たちもいずれはああなっていくのだろうか。
俺の周囲では、空腹を知らせる腹の音と、ため息だけが流れる。
と、沈黙をかき消すように、これまでほとんど声を出していなかった白井が、眉間に深い皺を寄せてしゃべり出した。
「私が、何をしたって言うんでしょうか…。なんだって、こんな仕打ちを受けなければならないんでしょうか…。懸命に、真面目に、生きてきたのに…。そりゃ、歴史に名を残すほどの善行を行ってきたわけじゃありません。ボランティア活動をしていたわけでもありません。でも、人並みには、優しさを持って生きていました。困っている人がいれば手を貸したし、誰かに手をあげたこともありません。仕事だって、出来なかったわけじゃない。むしろ、人一倍頑張っていた。人が嫌がる理不尽なクレームの対応だって、率先してやってきたんです。成績だって、ちゃんとあげていた…、なのに…」
その声は、徐々に怒りを帯び、次第に大きくなっていった。
「なぜ私が、地獄にいなければならないんですか!?何をしたって言うんだ!?幼いころから規律を守り、親に反抗することもなく、教師の教えに背いたこともない。先祖を粗末に思ったことも、悪事に手を染めたこともない。むしろ自分を押し殺し、自らが犠牲となって、人の為にと生きてきたんだ!それなのに…、なぜこんな目に遭うんだ!?クリスチャンとして、深く信仰していたにも関わらず、そんな私から、神は仕事を奪い、家族を奪い、何もかも壊していく!そして、死んでもなおこの有様だ!消えてなくなることすらできない。……なぜだ!?なぜ神は、これほどまでに私を苦しめる!?あんまりだ…」
両手で顔を覆い肩を震わせている白井の疑問に、答えられる者はいなかった。
その後の長い沈黙に耐えかねるようにして、藪内がしゃべり出す。
「坂本さん。天国って、どうやったら行けるんですか?仏教では、なんて言われてるんですか?」
坂本は不意の質問に「むぅ」と唸り、一呼吸置いて「知ってたら、ここにはおらん」と返し、藪内の思いも虚しく会話は終わった。
話が途切れ、沈黙が生まれるたびに、俺のアタマの中ではビエルの言葉が回り続けていた。
『誰のせいだ』
『耳がなくなったり、腕の一本が折れるぐらいならまだいいが、首が裂かれても死ぬに死ねんぞ』
その声が、何度も何度もリフレインする。
あの言葉の意味を探れば、ビエルの言わんとしていることは理解できた。
『誰のせいだ』
それはつまり、「お前のせいだ」という意味であろう。そして、なぜかはわからないが、ビエルは俺が考えていたことを全て知っている。口にも出していない、耳のことも、腕のことも…。
おそらくこの世界では、人に危害を加えようとすると、それがそのまま自分に返ってくる。
田嶋の耳をそぎ落としてやりたい、そう思ったから、俺の耳がなくなった。
腕を折ってやろうとしたら、資材が俺めがけて倒れてきた。あそこでビエルの助けがなかったら、俺の腕の骨が折れていた…、ということだろう。
自分の悪意は、すぐさま自分に返ってくる。たぶん、この世界はそういうルールで動いている……。
そう気づいた時、俺はある言葉を思い出した。
……因果応報。自分の行いが、自分に返る。
それが、安達の言っていた「宇宙の基本原理」なのだろうか。しかし、それでは一つ納得がいかない。
俺はまだしも、白井がここにいるのはなぜだ?
…つづく。
←明日と明後日は、大阪・名古屋へお邪魔するため、更新はお休みさせていただきます。
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