観劇メモ(1)からの続きです。
三幕目 天王寺南門前の場
同 万代池の場
<あらすじ>
彼岸の中日。天王寺の境内で「閻魔堂建立」に勧進を乞う老人がいた。元は鎌倉の
大名の倅で、今は世捨て人の合邦道心。実は玉手の父親だった。
一方、俊徳丸は目も見えなくなり、万代池の畔の粗末な小屋で惨めに暮らしていた。
彼岸の中日の今日、許嫁の俊徳丸を追って家出した浅香姫が偶然小屋にたどりつく。
浅香姫の家来である奴の入平もやって来て、俊徳丸と浅香姫は再会を果たす。
ここに浅香姫に横恋慕する次郎丸が現れ、浅香姫を連れ去ろうとするが、合邦道心
が通りがかって姫と俊徳丸を助ける。
小屋で暮らす俊徳丸が、彼岸の中日に極楽往生を願い、西日に向かって手を合わす
場面がある。イヤホンガイドによれば、天王寺の西門は真西を向いていて、極楽の
東門と向かい合っていると考えられていたそう。西日のほうに手を合わす俊徳丸は
天王寺とこんなふうにつながっていたのだと思うとキュンとなる。
三幕では俊徳丸と浅香姫の再会の場面がドラマチック。
はじめのうち浅香姫はすっかり面相の変わってしまった俊徳丸に気づかない。が、
俊徳丸のほうは浅香姫だとわかっていて、その人物は巡礼に旅立ったとか、池に身
を投げたとか嘘を言ってしまうところが切ない。その後、男が悲しみを吐露するの
を聞き、それが俊徳丸であることを知ると、姫は俊徳にすがりついて喜ぶ。
相手が変わり果てても態度の変わらない浅香姫の恋も本物だったのか。
浅香姫を次郎丸から救出する合邦道心。その隙に俊徳丸を合邦の荷車に乗せ、自分
で曵いて歩いてゆく浅香姫に、客席から声がかかる。
大詰 合邦庵室の場
<あらすじ>
ひとり娘のお辻こと、玉手御前は手討ちになったに違いないと、合邦の庵室で百万
遍の供養が行われた。俊徳丸と浅香姫を庵室に匿っているのはせめてもの罪滅ぼし。
その夜、この庵室に頭巾をかぶった女が訪ねてくる。娘だった。さっそく母親のお
とくが世間の噂を問いただすと、娘は「俊徳様と夫婦に」と繰り返すばかり。怒る
夫の合邦をなだめ、奥の部屋で説得を試みるおとく。
この様子を知った浅香姫が俊徳丸と逃げようとする。が、玉手が見つけて俊徳丸に
すがりつき、その顔を醜くしたのは自分だと告白、俊徳丸を強引に連れ去ろうとす
る。そんな娘に、とうとう自分の脇差を突き立てる合邦。
今際の際に玉手が言う。すべては俊徳丸の命を救うためにやった事、偽りの恋だと。
玉手の言葉に従い元の姿に戻った俊徳丸は、継母玉手の慈愛に感謝するのだった。
大詰は文楽でいう「合邦庵室の段」でよく知られているようだ。今回の観劇では
浄瑠璃と一体になった台詞、役者と一体になった語りにすごく惹かれた。
役者が浄瑠璃のように台詞をいう乗り地で一番印象に残ったのは、玉手のこれ!
髪ふり乱しての「恋路の闇に迷うた我が身、道も法も聞く耳持たぬ」。
激しい。キョーレツ。でも、わからなくはない(苦笑)。
その後の「恋の一念通さで置こうか。邪魔しやったら蹴殺す」も凄まじい台詞だ。
フン!という顔、「ほれてもろう気ぃー」には客席から笑いが起きていた。
その逆で、役者がしゃべっているようにかぶってくる太夫の浄瑠璃も凄い。顔は
ぐちゃぐちゃ、汗唾を飛ばしながらの谷太夫さんの熱演に聞き惚れ、見とれた。
藤十郎さん × 谷太夫さんの絶妙の絡みが、緊迫した場面に拍車をかけてゆく。
我當さんの合邦には泣かされた。最後の最後に自らの手で娘を刺さざるをえなかっ
た父親の台詞が痛かった。「十年このかた蚤一疋殺さぬ手で現在の子を殺すも・・・
・・・・・・これが坊主のあらう事かい、これが坊主のあらう事かい・・・」
吉弥さんのおとくにも驚いた。目をしょぼしょぼさせた表情は「牡丹燈籠」のお国
と同じ役者さんとは思えない母親ぶり。ただただ娘を想う母親の無償の愛を感じた。
ここに来てまたまた最初の命題に戻る。
玉手の恋は本心か、忠義からか。
次郎丸の策略から俊徳丸の命を守るため。しかも次郎丸だけを悪者にしなかったの
は、どちらも自分にとっては同じ継子。先妻への義理を通すため。
父親合邦の矢継ぎ早の問いに、すべては忠義、義理立てのため、と答える玉手だっ
たが、「でかした、でかしゃった」と父が納得し喜べば喜ぶほど、玉手が忠義を通
せば通すほど、最初から玉手を見守ってきた観客の気持ちとしてはモヤモヤが募っ
ていった。
今は高安家への忠義のため、自分の親に迷惑がかからぬために、すべては偽りの恋
と告白しているけれど、本当は最初からずっと好きだったんでしょ、と。家に帰っ
て来ても、すぐに俊徳丸を探してしまうほど好きなのに。忠義の恋の芝居をしてい
た時は、好き好き!で通してきたのに、最後の最後に大嘘で包んでしまった玉手。
死ぬ間際に俊徳丸が自分に感謝の笑顔を向けるのを見ることができて、喜びながら
逝ったのだろうか?
玉手の本心の恋に気づいているのは、母親のおとくだけなのかもしれないと思った。
毒酒を飲ませた蚫の盃で、自分の生き血を飲ませれば俊徳丸が元通りの美形になる
と言う玉手。最初から自害してその血を飲ませればよかったのに、なぜ父親の手に
まかせたのか? とツッコんでみる。
大騒ぎして父の怒りに触れ、どうしても我が父の手にかかりたかったのかな。忠義
を重んじる父が娘を刺したという事実を残す事が、父へのお詫びの気持ちだったの
かな、と。成仏するようにと玉手の体を大きな数珠で囲って、念仏を唱え、鉦を打
つ父と最後は気持ちがつながったのだなと思う。
あ、思い出した!
その念仏の最中に主税之助が帰ってくるんだった(笑)。あーん、待ってたよぉ~。
無事、俊徳丸の家督相続が認められたとの報告を持って。
幕が閉まる直前まで舞台に愛之助さんの顔があって少しホッとできた最後だった。
通し狂言 摂州合邦辻 観劇メモ(1)(このブログ内の関連記事)
>玉手の恋は本心か、忠義からか......これはもう本心からだと思っています。しかしこの時代、それを明かすことは絶対にできないわけで、“義”で通すことでドラマになるのです。しかしその本心が何箇所か透けて見えるところがせつないですねぇ。特に浅香姫への嫉妬のあたりは絶対に本当の嫉妬心炸裂だと思います。そして理性が戻るとまた、“義”を通して死んでいく。愛する人のために死んでいけるのだから、玉手は本懐を遂げたんですね。
藤十郎さんの目尻の紅が流れてまっかっかのお顔でも私は贔屓だから気になりません。
前編後編の気合の入った記事アップにエールを送りま~す(^O^)/
ただムダに長い感想で恥ずかしいのですが、いちおう備忘録ということで(笑)。
藤十郎さんの玉手は本当に若くてかわいらしい女でしたね。今回は物語の中にすっかり引き込まれてしまいました。
> しかしその本心が何箇所か透けて見えるところがせつないですねぇ。
ほんとにそうですよね、隠そうとしても本心の恋が見えるし、それを隠さねばならない“義”の道は女にとっても辛いですね。
> 愛する人のために死んでいけるのだから、玉手は本懐を遂げたんですね。
あっ、そうか。俊徳丸は元通りになったし、命を救ったわけだから、望み通りなんですね。最期の顔がほっと安心したような感じでしたよね。本懐を遂げたんだ~。よかった(笑)。
文楽版、上方版、江戸版、いろんな「合邦」がありますが、
途中意識がとんだくせに、「藤十郎がイイ~!!」惚れたで!
歌舞伎の中に、くっきりと見える文楽、そうしてリアリティ。
通しで観たから、今までの視線とは違う角度からも観れたし、
ほんまHAPPY~♪でした。
藤十郎さん、かわいくて上手くて、ほんとに惚れちゃう舞台でしたね。
> 歌舞伎の中に、くっきりと見える文楽、そうしてリアリティ。
あ、それですね♪ リアリティって歌舞伎とは一番遠いものだと勘違いしてました、私。リアリティとその対極にあるものが入り混じってるというか、こういうのをナマで観るとますますハマりそうです。
いろいろと私も幸せでした(笑)。