雅工房 作品集

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生贄の女を救った王 ・ 今昔物語 ( 10 - 33 )

2024-04-23 08:00:16 | 今昔物語拾い読み ・ その2

     『 生贄の女を救った王 ・ 今昔物語 ( 10 - 33 ) 』


今は昔、
震旦の[ 欠字。「周」が入る。]の御代に、[ 欠字。「西門豹」らしい。]という人がいた。また、震旦の北の方に[ 欠字。国名が入るが不詳。]という大きな国があった。

さて、その人は、その国の王となり、すぐにその国に向かった。(国王ではなく、派遣される形なので、「郡の長官」といったイメージか?) 
国境を越えると、王はその国の人に、「この国には、一年の内にどういった事があるのか。また、どうして、国土は広いのに民の数は少なく、また、土地は荒れているのか」と言った。
その国の人は、「この国には、昔から今に至るまで、毎年一度、大変重要な儀式があります。その為に、国に人は少なく家も空っぽなのです」と答えた。
「それは、どういう行事なのか」と王が尋ねた。
国の人が答えた。「この国には、昔から神が強いのです。それ故に、年ごとに一度、祭を行います。その祭には、国内で家格が高くて身代が豊かな人の娘で、年齢が十五、六で、容姿が美麗でまだ結婚していない者を選び出して、今年の御祭の日より潔斎して、御注連縄を給わって一年の間精進して、明くる年の御祭の日
になると、神に供える多くの宝によって、その女を飾り立てて、御輿に乗せて大海の辺(ホトリ)に連れて行き、船に乗せて放ちますと、即座に海の底に入ります。そして、それを神の御使い人として奉りますと、それを神の御妻になさるのです。それで、国の人は、その事が辛く困ってしまい、国から逃げ出してしまうのです。また、精進が十分でなければ、その家は滅びてしまいます。また、国内に大水が出て人を流し、里をなくしてしまいます。それ故、人が住みつくことが出来ないのです」と。
王は、「それでは、十分な潔斎を怠らずに祭るべきである」と言った。
国の人は、それを聞いて、ますます恐れ惑うこと限りなかった。

その後、月日が過ぎて、次の年の御祭の日となった。
その時、王は、「この御祭には、私自ら参ろう」と言った。
すると、国内は大騒ぎとなり、錦を張り、玉の瓔珞(タマのヨウラク・珠玉を連ねた飾り物。)でもって飾り立てた。王の初仕事であり、すばらしいこと例年に勝っている。多くの官人は一人残らず皆奉仕している。国内の人は挙ってこれを見る。
王がその行列を見ると、玉の御輿に色々な錦を張って、多くの財宝の限りを尽くして飾っている。多くの人が前後を取り囲んでいる。側近くには、巫女が馬に乗って従っている。また、ある者は幡を持ち、ある者は鉾を捧げている。ある者は翳(ハ・御輿にかざす絹張り。)を差し、ある者は榊を持っているなど、その数は分らないほど多い。そして、その行列の最後には、父母・親族などの全員が車に乗って、泣きながら送っている。
王はこの様子を見て、「あの父母の悲しみはいかほどであろう」と思うと、気の毒で心も胆も潰れそうであった。

その時、王は、「その御輿、しばらく止めよ。我がこの国を治めて初めて奉る生贄(イケニエ)を、見てから奉ることにする」と言って、御輿を止めさせると、巫女は皆馬から下りて、色々と世話をする。
すると、王は近寄って、御輿の帷(カタビラ・垂れ絹)を掻き上げて見てみると、錦の帳の内に床(ショウ・机のような広い椅子。)を立てて、その上に十五、六歳ばかりの美麗な女人が、髪を上げて宝玉で飾り、宝玉の翳を差して姿を隠そうとしている。そして、泣き崩れている。
王は、これを見て、自分も大変悲しくなり、涙がこぼれるのを押し止めて、「しばらく待て。この女人はとても奇怪である。これは、きっと我を侮っての事だろう。最初の御祭を首尾よく勤めるために、我自ら参ったのだ。以前の者は、御祭にこのような不始末をしたのか。このような奇怪な女を選んで奉れば、国も滅び神もお怒りになるはずだ。この女は、我等にさえ近くで仕えられる者ではない。速やかに差し替えて奉るべきである」と言ったので、人々は怖れ惑うこと限りなかった。

そして、王は、一人の巫女を呼んで、「御神は何処に在(マシマ)すのか」と訊ねた。
巫女は、「御神は、海の底に在す。ところが、祭の日には此処に近付いて在して、奉る女を受け取られます。その時には、風が吹き浪が立ち、海面は極めて恐ろしい状態になります。そうなった時に、お受け取りになったと分ります。そうでない時には、受け取っていただけなかったと分るのです」と答えた。
王は、「なるほど。ただ、今日はこの御祭を中止して、その旨を申し上げて、延期して、吉日を選んで、生贄を差し替えて奉ろうと思う。速やかにこの由を申し上げよ」と言うと、巫女は、「どのようにして申し上げましょう」と言った。
王は、「汝らは、長年の間神に仕えていて、『御神の仰せられるには』などと言っているではないか。それなのに、どうして神の在す所を知らないのだ」と言った。

その時、海面が激しく荒れはじめて高い浪が立った。
王は、「さあ早く、御神がおいでになる前に、速やかに迎えに行って、この由を申して返ってこい」と言って、一人の巫女をぼろ船に乗せて、海に放った。
見ていると、その船は漂っていたが、巫女は海中に落ちて沈んだ。
その後で、王は、「もう、御神のもとに着いているだろう。それにしても、返ってくるのが遅いなあ」と言うと、また、次の巫女を呼んで、「日が高くなった。どうして返りが遅いのか。さらに汝が行って参れ」と言うと、首根っこを押えて、海に突き落とした。その巫女は再び姿を見せなかった。
「おかしいなあ」と言って、王は次々と巫女を呼んで、残らず海に突き落とした。

その後、王は、「御神の御返事を聞いて、吉き女を探してから御祭を勤めることにしよう」と言って、生贄の女を連れて帰り、妻として迎えた。国の人々は、これを見てたいへん恐れ惑った。
王は、国内に池を掘らせて水を貯めて、「干魃になれば、この水で以て田を作れ。もし雨が降って大水が出れば、溝を掘って水を逃せ」と命じた。
この生贄の女人の父母・親族はたいそう喜んだ。女人は后となって、大事に扱われた。

これより後、雨風は季節に従い、国の政は思いのままになり、民は平安に過ごし国は栄え、何も恐れる事がなくなった。そして、この国には巫女がいなくなった、
となむ語り伝へたるとや。

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